Space cat
軽やかな靴音たちが、放課後の訪れを祝福するようにアンサンブルを奏でる。
アイリもまた、廊下を打ち鳴らす楽器の一つであり、部室へ向かえる時間を待っていた一人だ。
きっといつも通りに、いつものみんなが揃っている。そんな当たり前の毎日は、かけがえのない幸福だと――一度、それを失いかけたアイリは実感している。
(あのままカズサちゃんも…レイサちゃんも居なくなってたら…)
つい数日前まではあり得た、最悪の未来が脳裏を過る。三人だけの部室、ぽっかりと空いた隙間に漂う、虚ろな空気。
誰一人、何一つ、口に運ばなかった。何かを口にすることで、部屋に滞留する喪失感を一緒に飲み込んでしまう気がして、喉が拒絶反応を示していた。
頭をぶんぶんと大きく振って、昏い思考を振り払う。虚無感に支配された日々は、もう終わったことだ。
いつの間にか辿り着いた扉の前。このドアを開けば、きっと皆が迎えてくれる。
頭で分かっていながらも、室内を見るのがなんだか怖くなってしまったアイリは、潜入でもするかのように物音を殺して部室を覗き込む。
(…………え?)
室内に居たのは、カズサとレイサの二人だった。
カズサが頭を差し出して、レイサはその後頭部、猫耳の付け根あたりを撫でている。
色々な意味で予想を裏切った光景に、アイリの脳が処理落ちを起こす。
「マァオ」
(マァオ…?カズサちゃんが?今??)
今の音が人の声帯から出たと言われて、信じる人が居るだろうか。どう考えても、それは猫の鳴き声だった。
脱力しきったカズサの頭が、レイサの胸元に預けられる。レイサは彼女が倒れないように、空いた方の手を添えて、慈しむように微笑む。
確かに最近の二人は、なんというか、距離感が近かった。常に隣り合わせの位置を確保していたり、アイコンタクトだけで完璧な意思疎通をしていたり――
「マァァァアアオ」
僅かに処理速度を取り戻そうとしていたアイリの脳は、エラーを吐いて動作を停止した。