Sing a Song
Name?「ルフィお兄ちゃん!」
「いや……」
「ルフィ兄ちゃん!」
「うーん……」
「ルフィにい」
「ちがう」
「……にいに?」
「──はァ……」
「ぶゥー!!」
場所はフーシャ村の酒場。
シャンクスたち“赤髪海賊団”がフーシャ村に寄港してから、もう二日が経っていた。
酒場を切り盛りするマキノに出してもらった昼食を突きながら、ルフィはしかめ面をしていた。
「……なァ、お前らいつまでここにいるつもりだ?」
質問の相手は、ルフィの隣に座る、赤い髪の男。シャンクスだ。
「“東の海”に用があると言ったろ? しばらく骨を休めたら、ここを拠点にあちこち回ってみるつもりなんだ。何か問題あるか?」
同じくマキノに出してもらったピラフを突きながら、シャンクスが言う。
あるに決まってるだろ、とルフィが苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「なんでこの村なんだよ。別の島に行け。おれが休めねェ」
「漁師の仕事を昼間から休めてるんだから良かったじゃないか」
「海賊が村をうろついているのに、気を休められるかってんだ。こうやって昼間っからお前を監視しなくちゃいけねェ」
ははは、と大口を開けてシャンクスが笑う。
「おいおい、お前はおれたちを何だと思っていやがる」
「海賊だろ? 悪党だ」
「──まァ事実だがな……。なァ、頼むよ、娘の前でその言い方は止してくれ」
シャンクスが少し困ったようにそう言って、視線をルフィの向こうへと向ける。
ルフィが振り返ると、椅子にちょこんと座ったウタが、頬を膨らませてルフィを睨みつけていた。
ふい、とルフィはシャンクスの方へと視線を戻す。
むきー、と怒ったような声が聞こえるが、ルフィは努めてそれを無視した。
シャンクスが苦笑しながら言う。
「おれがロジャー船長の船に乗っていたから、警戒するのもわかる。だがな、ルフィ、言っておくがおれたちは略奪なんかしたこともないし、今後もするつもりはない。それに、この世界をどうにかしようというつもりもないんだ。お前たちにも危害を加えないと約束しよう」
ルフィがシャンクスを睨みつける。
「海賊の言うことを信じろって?」
「おれの言葉を信じてくれ、と言っているんだ」
真っ直ぐなシャンクスの視線と睨み合い、ルフィは小さく舌打ちをして視線を逃がした。
「マキノ、ジュースくれ」
「はいはい」
ルフィはジョッキに注いでもらったジュースを一息に飲み干してから言う。
「何を懸ける?」
「ん?」
「その約束に何を懸けるのか、って訊いたんだ」
ああ、とシャンクスは頷いた。
「おれが約束を破ったら、おれの首でも海賊旗でも、好きな物を持っていけ。お前の信頼と比べりゃあ安いもんだ」
笑いながら、シャンクスが言う。
ルフィは眉根を寄せた苦い顔のまま、溜め息を吐いた。
カラン、とジョッキの中の氷が音を立てる。
「なんでそれほどこの村にこだわる?」
その質問に、シャンクスは肩を竦めた。
「一昨日も言っただろ? この村は良い村だからな。居心地がいい。ま、あとはうちのお姫様が誰かさんを気に入ってしまってな」
「…………勘弁してくれ」
ルフィが頭を押さえてちらりとウタの方を見た。
悔しそうに、あるいは怒ったように口角を横に引き、吊り上げた目尻には微かに涙が溜まっている。
「……ルフィお兄ちゃん、なんで無視するのよォ……」
怒りか悲しみか、声を震わせながらウタが言う。
いや、だって、と困ったように口をへの字に曲げて、ルフィが言う。
「おれ、お前のお兄ちゃんじゃねェし……」
「呼び方だけじゃん!」
困った様子のルフィが愉快なのか、だははとシャンクスが笑い、それに対して「シャンクス!」とウタが声を荒らげる。
それによ、とルフィが続けた。
「呼び方だけでも、その呼び方を認めると、こいつらがうるせェんだよ。ウタの兄貴なら仲間になれとかなんとかよ」
「実際、入ってくれれば戦力的にも人員的にも、ウタ的にも助かるからな」
「ほら見ろ」
勝手をのたまうシャンクスに、匙を向けながら、ルフィが言う。
「大体お前、なんでおれにそんなにくっついて来るんだよ。海賊なら海賊のこいつらと遊べばいいだろ?」
「わたしはルフィお兄ちゃんと遊びたいの!!」
「だから兄じゃねェ」
うんざりと言わんばかりの声色に、ウタは椅子から飛び降りて、ルフィの背中をポカポカと殴った。
「一昨日はあれだけカッコよく助けてくれたのにィ! 少しくらい構ってくれたっていいでしょ! なんでだよー!!」
半べそをかいて、ウタが叫ぶ。
シャンクスはそんなウタとルフィを微笑ましそうに眺めながら言った。
「ルフィ、うちの娘にこれだけ好かれているんだ。少しは嬉しくしたらどうだ」
「だからお前の娘だってのが問題なんだけど……」
「むー!!」
殴るのをやめたウタが、今度はルフィの服を引っ張り始めた。
ギリギリまで伸ばして、そして握力が足りなかったのか、それとも手が滑ったのか。
「わ、わっ」
パッと離れると、ウタはそのまま後ろへもんどりうって倒れてしまった。
「おっと」
さすがに頭から倒れたらまずいかと、ルフィは少し心配するように立ち上がりかける。
しかし、バタンと音を立てて倒れたウタは、けろりとしてすぐに起き上がった。
そんなウタの様子に、ルフィはついに観念したようだった。このままでは食事も満足に取れそうにない。
そして、もし“赤髪海賊団”が悪さをしたときに、腹が減って止められませんでしたでは洒落にならない。
両手を上げて、降参の意を表明する。
「わかった、わかった。メシが終わったら少し遊んでやるから。ただ、そのお兄ちゃんってのはやめてくれ」
「じゃあ、なんて呼んだらいいの?」
「呼び捨てで良いだろ。シャンクスも呼び捨ててるんだし」
それを聞いて、ウタは小さく「ルフィ、ルフィ」と何度かルフィの名前を呟いてから、嬉しそうにへへへと笑った。
「じゃあルフィ! 一昨日のお礼に、わたしが歌を歌ってあげるね!」
そう言ってウタはぴょんぴょんと店内を飛び跳ね、手ごろな樽の上に登った。
「歌うゥ?」
ルフィの怪訝そうな声に、シャンクスがああ、と頷いた。
「言っていなかったか? ウタは“赤髪海賊団”の音楽家なんだ。あいつの歌は最高だぞ?」
「ふゥーん。……ま、海賊と慣れ合うつもりはねェよ」
つれないルフィに、シャンクスはにやっと笑うと「聴けばわかるさ」と言う。
「じゃあ、ルフィ、しっかり聴いててね!!」
ウタが両手を上げてアピールをしてから、大きく息を吸い込む。
「────♪」
そして、ウタの口から子供とは思えない程に豊かな音が溢れたかと思うと、店内を暖かな空気に染め上げていく。
「…………へえ」
ルフィが食事の手を止めて、その歌に耳を傾けた。
食事なら、この歌を聞き終わってからでも遅くはないだろう。
彼女が海賊だとしても──、その歌声は海賊ではないのだし。
そんなルフィを、マキノが驚いたように目を開いて見ていた。
何故なら、この村に帰ってきたルフィが、本当に久しぶりに口に笑みを浮かべていたのだから──。