Sie Hubertの頭痛の朝

Sie Hubertの頭痛の朝


光の帝国(リヒトライヒ)星十字騎士団(シュテルンリッター)副団長の朝は早い。

夜明けと共に起床し、洗顔・着替えを手早く済ませてからパンと卵とスープの決まった朝食を摂る。規則正しい生活は帝国に仕える騎士として当然の嗜みである。

そして執務室に移り、処理すべき書類の数々に目を通すのだが──ヒューベルトはある一枚を憎々しげに睨むと、手にしたまま部屋を出て廊下を進む。

豪奢な扉を開けた先では、ここ最近の彼の完璧なルーティンを乱す元凶が同じように書類に向き合っていた。


「──いい加減にしてもらいたいものだな、団長殿。君が記入した文書の記載ミスは今月に入ってもう5回目だ。私の管轄まで降りてきたものを再提出するこのやり取りこそ、陛下のお嫌いな時間の無駄そのものだと思わないか、えぇ?」


嫌味をたっぷり塗り込めた言葉に、若き騎士団最高位は金色の眉を顰めた。

鉄面皮に見えるこの青年だが、意外と感情が顔に出やすいことにヒューベルトは気付いている。これだから腹芸もまともにできない平民出身と舐められるのだろうが、と心の中で舌打ちをした。


「…手間をかけて申し訳ない。確認を徹底します」

「そんなお決まりの謝罪など要らん。根本的原因の方を何とかしろと言っているのだ色ボケ小僧」

「い、いろっ……」


そう、原因に察しは付いているのだ。突如としてユーハバッハの側近に選ばれ、心無い中傷にも晒されてきたハッシュヴァルト少年は──ヒューベルトにとっては腹立たしいことに──三年という僅かな時間で団長の座を実力で勝ち取ってみせた。

単純な戦闘力のみならず政務能力も評価されての人事である。その彼が些細なミスを連発する理由は、数ヶ月前に騎士団入りした一人の新人の存在にあった。


「片想いで仕事が手に付かないなどと、恋に恋するご令嬢か貴様ッ!無駄に大きな図体をして今さら思春期か、まともな青春時代を過ごせなかったのか!?」

「……ここ数年は、鍛錬と政務の勉学ばかりで私的な時間は殆ど無かったので……」

「……そうだな。それはそうだ」


端正な顔の男2人が死んだ魚の目で見つめ合い、澱んだ空気が執務室に流れた。控えていたハッシュヴァルトの側近が無言で窓を開けて換気する。有能な女性である。


「…オホン、とにかくだな。あの無礼な田舎猿の何が良いのか私にはさっぱり理解できんし興味も無いが、仮にも最高位の座を預かる身がこの体たらくでは陛下にもご迷惑となる。さっさと部屋に連れ込んで押し倒すなりしろ」

「ですから、私はバズ…ビーとそのような関係になりたいわけではありません。…なれるはずもない。貴方ならご存知のはずですが」


三年前、ユーハバッハがハッシュヴァルトを見出した場にまだ団長だったヒューベルトも居合わせていた。天才の少年と不全の劣等生の立場が逆転し、二人の心が決定的に擦れ違う瞬間を目の当たりにしていたのだ。


「知ったことか貴様の罪悪感など、鬱陶しい。これ以上業務に差し障りが出るようなら、あの男の方を処分──……おい、殺気を撒き散らすな。女中が当てられているぞ」


 ハッとしたように霊圧を抑え、崩れ落ちかけた側近を支える青年を呆れた目で眺める。

『あの時はすまなかった、今でも君を大事に想っているんだ』の一言で解決する甘ったるい恋のお悩み如きに何故星十字騎士団の副団長が頭を痛めなくてはならないのか。

あまりに腹が立つので、ハッシュヴァルトの下衆な噂を流していた聖兵たちをバズビーが締め上げ『努力してきたアイツを侮辱するのは許さねぇ』と啖呵を切っていた事実は黙っておくことにする。禁止事項の私闘を見逃すなど私は何と寛大なのだろう…とヒューベルトは己の器の大きさに感服した。


「ついでに言っておくがな、来たる尸魂界への遠征には私が同行することになった。私が死神共の首級を挙げて陛下から褒章を頂く間、せいぜい色恋に現を抜かしているがいい」

「な…」

「これは陛下のご決定だ。留守を任されたのだから、我々が戻るまで帝国は貴様に懸かっているということだ。理解しているな、団長殿?」

「──はい。騎士団最高位の名に恥じぬよう、陛下不在の間は私が同胞たちを守り導くと誓います」


真剣な顔をすると多少は威厳が出てきたじゃないか、と城に連れてこられたばかりの彼を思い返しながら内心で呟く。

…事実上選択肢など無い状況で、悪意と妬みに晒されながら、それでも自分を追い抜いていった憎たらしくも懸命な後輩騎士。

この心身共に美しい姿を長年隣で見てきた人間が、想いを告げられて落ちないわけがないだろうに。団長として人心を読み取る力は致命的に不足しているな、とヒューベルトは溜息をついた。

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