Shattered nightmare

Shattered nightmare


 暗雲の下、絶叫が谺する世界

 ぬるついた触手植物の群れが、武装生徒達の付けた不可思議な形状のミレニアム製特殊マスクの穴に吸い込まれていく

 それは生徒達の子宮から生まれ直した人型植物達も変わらず、本質的にサラダであるという彼女達は本能に抗えず、マスクが近付くと自然に全身が解けて穴へと飲まれてゆく

 それでも得てしまった自我が覚える自己の消滅に対する恐怖は如何ともし難いらしく、総じて死にたくないと泣き喚きながら消えてゆく

 服を破かれほぼ全裸に近い姿で、他トリニティ生徒と同様に粘液に包まれ、呆然としていた私の目の前で、命が消えてゆく

 命が……


「母様! 皆を助けて! 母様ぁ!」


 同族達を救護すべく武装生徒達に挑みかかっている、私の子宮から生まれ直した触手植物……私の、娘

 例えその始まりがバイオテロによる歪なものであっても、存在そのものがこのキヴォトスに騒乱を齎すとしても、命がぞんざいに扱われて良い筈がない

 人々への背信になると理解しながら、傍らに転がる救護の証明と、防弾盾を手に、救出対象であろう私の行動に惑乱する武装生徒達へと、飛びかかっていった




 でも私は


「食べないで! 殺さないで! 私の仲間殺さないでええええええええ!!!!! ああああああああああああ!!!! 嫌あああああああああああ!!!」


 誰一人、救えなかった




 最後の同族を守れず、打ちひしがれ頽れていた我が娘が顔を上げ、私を睨み付ける

 その瞳には底無しの絶望と焦げ付かんばかりの憎悪の炎が溢れ、その全てが、私1人に向けられていた

 娘の有様に思わず気圧された私に向け、髪が触手である以外は瓜二つの彼女が、呪詛を吐く


「母様が……母様が本気で戦ってくれていれば! 例え1人だけでも助けられたのに!」


 何を言うのですか、私も本気で救護をしようとしていたのです、力不足であっただけで


「母様を信じていたのに! 命を差別するなんて!」


 反論の言葉を紡ぐ、だが私の娘はまるで言葉が聞こえていないかのように、顔を真っ赤にして、一方的にまくしたて、怒鳴り付けてきて


「母様も所詮ニンゲンなんだ! 私達を命と認めてくれないんだ!」


 そんな事はありえません、どうか私の話を聞いて


「そんなに私達に死んでほしいなら、母様の望み通り死んでやる!」


 そうして私の娘は、説得の言葉も聞かず、言葉が駄目ならと伸ばした我が救護の手も届かず、命を吸い込む無限の暗黒の穴へと自ら身を投げ出して、跡形も無く消えて




「母様……母様!」


 気がつくと、其処はトリニティの中に数ある保健室の内の一室

 そしてつい先程私の手を振り払い、闇の底へ堕ちていった筈の私の娘が、心配そうに覗き込んでいた

 どうやら、質の悪い悪夢であったようだ

 脳の髄が凍ったように錯覚し、酷い動悸で呼吸が乱れ、全身が寝汗でしとどに濡れている

 壁の時計を見ると、仮眠時間はとっくに終わり、次の人員と交代しなければならない時間になっていた

 今はお正月、ただでさえ救護が必要なキヴォトスであるのに、羽目を外して普段よりも横暴な振る舞いをする者が多くなる

 しかも植物触手達がキヴォトスの住民として加わって初めてのお正月である、きっと去年よりもトラブルや負傷者も増加するだろう

 救護騎士団長として、一刻も早く現場に赴き、救護に当たらなければならない

 それを理解していながらも、私は思わず、我が娘を抱き寄せ、その実在を実感せずにはいられなかった


「うひゃあっ!? か、母様!? どうしたんですかいきなり!?」


 初夢は正夢になるという伝承がある

 それを避けるには、誰かに内容を話せば良いとも伝えられている

 でもこんな内容を、一体誰に話せるだろう

 まだ完全にサラダ達を受け入れているとは言いがたいこの世界で、あの悪夢と似たような事態が起きないと、誰が言い切れるだろう

 恥ずかしそうに頬を赤らめ暴れる娘を、どうかあの悍ましき悪夢が現実にならないように、この温もりが決して奪われないように祈りながら、力いっぱい抱き締めた

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