SS未満2
通りすがりの字書き本物を見たことは無くても、凛はソレの呼び方を地獄以外に知らなかった。
親類と呼ぶにも烏滸がましい男が真横に座って幼い凛の肩に腕を回し、こちらの顎を掴んで真正面に固定している。
決して目を逸らすことを許さない動きの意味は推し量るべくも無い。
名前も覚えたくないこの男のやることなどいつも同じだ。
兄か、自分か、そのどちらかを。もしくはどちらをも弄び虐げ辱めたいだけ。
「あ゛っ゛……ぐ、ぅ……え……」
暗い部屋で見せつけられている大きなテレビ画面。
煌々と光る液晶の中で。兄は今凛がいるのと同じリビングのソファーに押し付けられ、今凛の隣にいるのと同じ男に首を絞められていた。
わななく唇から漏れ出る苦悶の呻めき。まだか細い成長途中の脚が陸に打ち上げられた魚のようにバタバタと跳ねて、けれど馬乗りになった男の体重を退けることは出来ない。
顔色からは血の気が失せて。汗と涙と涎の混じった液体が、頬を伝い落ちて革張りの生地の上で混ざり合っていた。
少しでも息苦しさと圧迫感を逃がそうと、白い指先は気道を締め付けてくる男の手を必死に掻きむしっている。
かわいい子猫が爪を立ててじゃれついてくるのを愛しむようにそれを眺めて、映像越しの男は恍惚とした笑みで熱い吐息をこぼしていた。
「冴ちゃんカワイイ、カワイイね」
興奮で兆したものを兄のアザだらけの太腿の隙間に何度もこすりつけて、首を絞める手に込める力に強弱をつける。
それで震える脚の強張り方を調節して、便利なおもちゃみたいに扱いながら自分の快楽だけをひたすら追っていた。
リアルタイムじゃない。
映像だ。済んだことだ。
……だからどうした。
今こうしている間にも部屋で泥のように眠っている兄が苦しんでいる気がして、凛は彼に会いたくて堪らなくなった。
これ以上映像の中の助けられない兄を見続けるのは辛くて、本物の兄の布団に潜り込んで抱きついてしまいたかった。
でも肩に回された男の腕を外せない。
だからといって目を瞑れば、兄の痛々しい悲鳴と生々しい水音がより一層脳内で反響するだけで。
きつく瞼を閉じたまま涙をこぼす10にも満たぬ少年の苦悶と葛藤を、男は映像の傍らチラチラと盗み見て悦に浸っていた。