SS未満

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通りすがった字書き


 ────昔、『糸師冴』は壊された。

 それは親戚の男に無理やり股を開かされた時だったかもしれないし、タバコの火を背中に押しつけて消火された時だったかもしれないし、わざと体液を混ぜた水を飲まされた時だったかもしれないし、真冬の夜空にずぶ濡れで放り出された時だったかもしれないし、女物の服を着せられてあられもない写真を撮られた時だったかもしれないし、キツく手足を縛られて丸一日押し入れに閉じ込められた時だったかもしれないし、可愛がっていたベランダの雀を面白半分に目の前で殺された時だったかもしれないし、弟にも手を出すと言われて泣きながら自分だけにしてくれと抱き縋った時だったかもしれないし、そんな出来事を録画した映像たちをアイツが凛に見せていたと知ってしまった時だったかもしれない。

 あるいは他の思い出せないほど些細な責苦や、思い出したくないあまり脳味噌が履歴を消してしまった重大な辛苦のせい、という可能性もあれど。

 おおよそはそのような経緯で、当時まだ小学生だった幼い少年は人間ではなくなった。

 人間のままでは耐えられそうにない現実に耐えるため、都合の良い人形として己の精神を作り変えたのだ。

 死んでしまいたかったけれど。

 自殺衝動に負けて死んでしまっては全ての被害が防波堤の亡くなった弟に及ぶだろうから。そうすることで人間性を失うとしても、生きるために……弟を庇ってやれる存在であり続けるために、まともに傷付き泣き喚くことのできる健全な『糸師冴』は壊すしかなかった。

 だってまともなままでは生きられなかった。とてもじゃないが耐えられなかった。もう死なずにいられる気がしなかった。

 だから『糸師冴』は、糸師冴そのものとあの男の手によって壊された。

 今となってはただそれだけの話である。

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