SS>抱いてほしいと言われたから
Mそう来たか、と思った。
つくづく訳が分からないし、極端な子だと思う。
「抱いてください」とか「滅茶苦茶にしてください」とか、どこで覚えたんだか。
でも、私もこういう時になんて言えば良いのかは知らない。
「分かった」
だから、唯一知ってるやり方で返すことにした。
「抱き締めてあげる」
手をスレッタの肩に回す。
私より大きな肩。
その肩を、その背中を何度頼もしいと感じただろう。
だけど今の彼女は、とても小さく感じる。
「泣いていいよ。……というか泣くまで離さないから」
震えてくれれば、泣いてくれれば、少しは彼女の気持ちも分かるだろうに。
だけど彼女は動かない。糸の切れた人形のように。
「今のあんたにはそれが必要。それまで一緒にいるから」
必死に言葉を紡ぐ。なるべくいつもの調子で。
だけど、口から何かを吐き出すほどに焦りは募っていく。
離してはいけない。いまこの子を離せば———
それは考えるだけでも恐ろしい結末。
人が人を抱きしめるとき、抱いている方は意外とやる事が無い。
そんなどうでもいいことに今気づいた。
仕方がない。だって、こんなこと誰にもしたことが無いから。
宙ぶらりんになっていた右手を頭のうえに乗せてみる。
くしゃくしゃの髪が手を押し返す。赤い髪。
色の無かった私の世界に、突然飛び込んできた赤い色。
「うう……」
声ともうめきともつかない音がした。
その時の私の心の浮き立ちようといったら、
はじめて言葉を発する子供を見る母親のそれだった。
「いいよ、泣いて。お願いだから、泣いて」
なんと変なお願いだろう。
「う、う、うわぁ、あ、あっ……」
つたない泣き声だった。
当たり前だ。泣くことに慣れている人なんていない。
そんな人がいたとしたら、その人の人生は、あまりにも悲しすぎる。
でも、もしかしたらこの子は今夜で、泣くのが得意になってしまうんじゃないか。
徐々に大きく、激しくなる彼女の振動を腕の中に感じる。
長い夜になりそうだ、と思った。