SS 星は見ている

SS 星は見ている



 喧騒が海を波立たせていた。

 ルフィの一声で始まった宴は佳境に差し掛かっている。酒も回りきり、枷の外れた野郎どもの馬鹿騒ぎが甲板を賑わせた。

「ぎゃははは!!ペンギン、また負けてら!」

「うるっせェ!もう脱ぐモンねーよ!」

 自船のクルーの笑い声を肴に、ローは盃を傾ける。明日の惨状を思うといささか頭が痛むが致し方ない。今日ばかりは、ローも羽目を外したい気分だった。

 そこで彼の思考はぐるりと巡る。

 ロー率いるハートの海賊団が同盟相手の船を拝んだのは実に三ヶ月ぶりのことで。浮上前に知った、今回寄港する島の名物。そのことを思い出したのは、再会早々弾丸の勢いでローに飛びついてきたルフィの笑顔を目にしたからだった。

 タイミングが合えばあるいは、と思ってはいたが。今の体力と、往復距離。季節、空模様などを素早く判断して、ローは頷いた。イケる。

 おもむろに立ち上がったローは、恥じらいもなく服を脱いで笑う男どもを泰然と見守るルフィのもとへ歩いた。

「麦わら屋、少し付き合え」

「えっ、トラ男?どうしたの?」

 戸惑うルフィの手を取り、お決まりの詞を誦じる。ブウン、と音を立てて広がる色彩に目的地を出力し、手頃な石と“入れ替え”た。

 一瞬景色が歪み、資料と同じ崖が目に映る。

 数瞬周囲を見渡したローは、ほっとした顔でルフィに促す。

「ほら、空を見てみろ」

 声に導かれるようにして空を見上げ、ルフィは息を呑んだ。


 一面に、光のカーテンが広がっている。

 深い藍色の空に、宝石にも似た輝きの星が無数にまたたく。その上から光のカーテンがふわりとかけられ、突き抜けるような白さの月に縫い止められていた。その端境から、きらきらとしたものが流れ落ちていく。光の尾を、曳くようにして。

 しゃらしゃらと音がしそうな美しさ。

 まさに絶景と称するほかない、目を見張る星空の奇跡。

「きれい」惚けたようにルフィは言った。

「でも、……なんで?」

「だってお前、こういうの好きだろ。……気に入ったか?」

 ローの双眸がルフィを見下ろしてゆら、とゆらめいている。月明かりが反射して琥珀色が濃くなっていくのを、ルフィは夢見心地で見ていた。

 その心遣いが、どんな贈り物よりも嬉しくて。こくこくと頷き、火照る頬を誤魔化すようにローの腕にぴとりとくっつく。

「ありがと、トラ男」

 ルフィは、ほとんど顔を埋めるようにして感謝を伝える。今はまともにローの顔を見れる気がしなかった。ぐり、と額を擦り付ける。

 それじゃ空なんて見えねェだろ、と笑いを含んだ声が囁きかけて、ルフィの髪をさらりと梳いた。

 そういうとこなのになぁ、と胸を締め付けられる。こんなにかっこいいのに、ローはオンナゴコロってやつに疎いらしい。

 ただ、やられっぱなしは性に合わないので。

「明日は私に付き合ってね、トラ男」

「あ?別に構いやしねェが……」

「ふふん、今日のオカエシ!今度は私が冒険に連れてくから!」

 このお礼は海賊らしく、未知を。

 にっこりと笑って、ルフィは宣言する。そんな見て回るようなモンはもうねえよ、と目を細めるローにぐるぐると腕が巻き付いた。

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ出すふたりの声が、夜の静けさを壊して、楽しげに響く。


 世界を揺るがす海賊たちの逢瀬を、星だけが見ていた。


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