ぶらり途中脱線迷走激闘落下の旅

ぶらり途中脱線迷走激闘落下の旅

春風

「これは……うぅむ。参った。完全に迷子ではないだろうか」


報恩の両手剣使いこと、冒険者〈飛彗星〉。本名ジェイド・アダン──彼はなんと、迷子になっていた。


────


さて、どうしてこうなったのだったか。ジェイドはまず順序立てて今に至る経路を洗い直そうと考えた。さすれば迷子の原因も明らかとなり、原因が分かればすなわち対処が可能である。先日そのような話を聞いたのだ。


「まず今朝はいつも通りに起床したな。それからすぐに顔を洗い、服を着替え、窓を開け、朝食を準備し──」


そこまで詳細に振り返る必要は無いんじゃないか?


「む?そうか。ではそうだな、外出の動機を思い返そう。今日は……たしか、特に予定が決まらずとりあえず散歩に出ようとした。そしてそこに妹からお使いを頼まれたんだったな」


この日は特に依頼などに出る予定も無ければ、そうする気分でも無かった。そういう時、冒険者はその日を休日と定めるものだ。さて、となると休日の"使い方"を考えなければならない。

そこでふと、彼の頭に一つの名案が浮かんだのだった。


"折角の休日なのだから、恋人を誘い共に時間を過ごそう"


──しかしその思惑は、個人連絡用スクロールでかけた誘いに一分と経たず返ってきた『ちょっと厄介な依頼中……ごめんね、今日は無理かも』という返信により挫かれてしまった。


「うぅむ、今日はタイミングが悪いな」


それから何人かの友人にも声をかけてみたが、皆「今日は無理だ」との返事ばかりであった。なんとも間の悪いことだと肩を竦めつつ、今日は「一人の日」にしようと考えを切り替えるジェイド。

故郷の田舎ならばいざ知らず、大都会セントラリア王都においては"やること"が尽きることはそう無いと言っていいだろう。一人で街をぶらついているだけでも"有意義な休日"が過ごせると言っても過言ではない。


「というわけで散歩に行ってくるぞ」


『あっ、出かけるならついでにお夕飯の材料も買ってきてくれる?』


「ああ、分かった。なら夕飯までには帰ってこないとな!」


ははは!と朗らかに笑いながら家を出るジェイド。

無論、彼自身も妹も彼の方向音痴っぷりは理解している。しかし今回の目的にお使いが含まれている以上、活動範囲は王都内に概ね限られる。であれば致命的なことにはならないであろうと彼らは踏んでいた。故に妹も気軽にお使いを頼んだのだ。……「まあ、もし買ってこれなくてもどうとでもなるし」ぐらいには思っていただろうが。


────


「ああ、誰かお助けください!近くの森に魔物が出て、家に帰れないんです!」


「それは大変だな……!よし、私に任せてくれ!」


「ありがとうございます、ありがとうございます……親切なお方……!」


案の定と言うべきか、彼はトラブルに行き合った。というか首を突っ込んだ。困っている人を見捨てないのは美徳ではあろうが、しかしそれは多少寄り道したところで問題なく目的を達せられる者に限るのではないだろうか?そうでもないのだろうか。

無論、ジェイドとて何も考えていないわけではない。先述した通り彼自身も己の方向感覚がどうもおかしいらしいという事実は認識していた。妹のために遅くならないうちに帰るつもりでもいた。

──だが。それでもなお、困っている人を見捨てるという選択肢は彼には無いのであった。全くこっちは困った英雄である。

かくしてジェイドは王都を出て近くの森、その名も『キンコーの森』を目指したのであった。


────


「ここが例の森だな……」


誠に驚くべきことだが、ジェイドは迷うことなく『キンコーの森』へと辿り着いていた。どうやら緊急の用件であるということもあり、彼自身他に意識を割くことがなかったのが功を奏したのだろう。

ともあれ、だ。目的は魔物の駆除。ジェイドは大剣の柄に手をかけつつ奥へと踏み込むことにした。


「……ふんっ!ざっとこんなものか」


森に現れた魔物はいずれも下級相応のもの。一般人にとっては恐ろしい脅威だが、上級冒険者ともなればものの数ではない。血に飢えた凶暴な気質であったのも逆に幸いし、特に探して回ることもなく駆除を終えることができた。


「よし。それじゃあ早く街へ戻…『キャアーッ!』


概ね街の方角を向いたジェイドの耳に届いたのは、絹を裂くような悲鳴。女性の声だろう。剣呑な調子から、まさか目的のものに出会った歓喜の声というわけではなさそうだ。


「事件か……!?」


大方の想像通り、一も二もなく声の方向へと駆け出す。果たして声の主はすぐに目に入った。

何せ、"木の上"に顔が見えたのだから。


「た、たす、たすけて……!」


声の主は如何にも村娘といった格好の女性。手にかごが引っかかっている辺り、草花でも摘みに来ていたのだろう。そんな彼女がいるのは……上空数メートル。


「あれは……魔物か!?」


その女性の腕を掴み宙を飛ぶのは、翼開長5mはあろうかという巨鳥。この近辺ではあまり見かけない類の魔物である。衝合か、はたまた自然の摂理として追いやられたか……ともあれ、本来の生息域を離れたはぐれ個体といったところだろう。

もはや一刻の猶予も無い。しかしジェイドは生憎自由に飛行するような能力は有していない。故に──まず手近な木に駆け上がる。


「今行くぞ……!」


そして──木を思い切り踏み込み、バネのように跳躍。一気に怪鳥へと肉薄した


(このまま鳥を仕留めるのは問題ない、だがそれでは彼女が落下してしまう恐れがあるな。私ならばこの程度の高さは問題ないが、一般人の彼女は厳しいだろう……まずは彼女の安全確保が先か)


一瞬の思考。道には迷えど、判断に迷う暇はない。ジェイドは片手を女性へ伸ばし、そしてもう一方の手で女性を捕まえている脚を掴む。


「ふんっ……!」


そして、鳥の脚を思い切り"握る"。普段から身の丈ほどの大剣を振り回す握力が、鳥の細い脚へと集中する。それは屈強な人間やオークの類ですら耐えることもできないであろう圧力として襲いかかる。況や鳥の(比較的)細い脚であれば──程なく、ペキペキと呆気ない音を立てへし折れてしまった。


『ギェェェッ……!』

「きゃあっ……!」


へし折れ弛緩した脚が女性を取り落とす。すかさずジェイドは彼女を抱き寄せ、抱える体勢になる。


「むっ……!」


そのまま──女性に衝撃が及ばぬよう注意を払いつつ──両脚で確と着地。腰を抜かしてしまったらしい女性を地面に下ろした。


「ふぅ……怪我は無いか?」


「あっ……ありがとう、ございます。あの、あなたは……?」


どこか熱っぽい目で見上げてくる女性に対し、そんなことは意にも介さずジェイドはにかっと笑う。


「私か?フッ、通りすがりの冒険者だ!名前は『キェェェェェェェ!!!』


おお、見よ!片脚を砕かれ怒り心頭の怪鳥による疾風の如き不意打ちだ!


「うおぉ!?しまった──!」


「ぼ、冒険者様ぁーっ!?」


なんという怪力であろう。あるいは怒りによりタガが外れてしまっているのか。怪鳥は片脚で軽々とジェイドの身体を持ち上げ、瞬く間に上空へ飛び上がってしまったのであった。


────


「むぅ……これは困ったことになったな」


怪鳥により上空へと連れ去られてから数十秒後。ジェイドはなんと100m近い高さにいた。

このまま巣にでも運ぶつもりなのか、怪鳥はこちらを離す様子は無い。とはいえ彼にはこの状況からでも切れる手札がいくらでもある……のだが。


「この高さから落ちたら流石に危ないからな……」


妹はこちらが迷子になって帰りが遅くなることぐらいは想定しているだろう。だが流石に大怪我をして帰れば心配させてしまうかもしれない。そしてこの高さからの落下は怪我の危険が十分にある。魔術などを駆使し着地の衝撃を軽減してもなお、だ。

ならばこのまま身を任せ、どこかに降り立とうとするタイミングで脱出する。それがベターだろう。

無論、その判断は全く的外れではない。事実この怪鳥は巣へと持ち帰るために獲物を掴み運んでいるのだから。誤算があったとすれば──


「……むっ?なんだこの影……は……」


──いや。これを"誤算"と呼ぶのは些か酷なことだろう。


『………ギィエッ!?』

「うおっ!?これは、マズイな……!」


影が差す。それはある一つの事実を意味する。つまりは、"上に何かがある"。そして何遮ることもない上空において、影を生む"何か"と言えば──


『………グオオオォォォォ!!!』


──鳥よりも高く飛び、鳥よりも強靭であり、そして鳥よりも……よほど凶暴なもの。

即ち"竜"が大口を開け──怪鳥へと喰らいついた。


────


「参ったな、これは……」


哀れ飛竜の餌と成り果てた怪鳥。しかし掴まれていたジェイドはすんでの所で拘束を逃れ、今度は自発的に竜の脚にしがみつき健在であった。

とはいえ問題は解決していない……むしろここからだ。何せ、高度は上がっていってしまっているのだから。

いよいよ以ってただ飛び降りれば怪我は免れない状況。何より、飛竜に連れられ飛んでいけば事態は悪化しかねない。先ほどの怪鳥ならば群れていたところでものの数ではないだろうが、強靭な飛竜ともなれば話は別だ。やはり怪我は覚悟しなければならないだろう。

ならば……どうするか?


「私ならばこうする……!」


覚悟を決めたジェイドは大剣を握り、勢いよく飛竜の腹に突き刺す。それを足がかりにしつつ、悲鳴を上げ暴れる飛竜の翼や尾、爪に打ち据えられぬよう慎重──かつ迅速に躱しながら背中側へとよじ登った。


「恨みはないが、倒させてもらうぞっ!」


そして──大剣を振るい、いとも容易く飛竜の首を斬り飛ばす。当然絶命した飛竜は動きを止め、やがて逃れ得ぬ自然の摂理に従い落下を始めた。


「よし──後はこのまま……!」


飛竜の身体にしがみつきつつ水魔法を発動。溢れんばかりの魔力により行使されたそれは、周囲に水の無い環境においても十分な量の水を生み出すことができる。

ジェイドはそれを操り、飛竜と自分の身体の間に滑り込ませる。共に自由落下する飛竜の身体と水、そしてジェイドは位置関係を変えることなく高度を下げてゆく。やがて──


「……う、おぉっ!?」


ジェイドの身体を衝撃が襲う。まるで高所から水に飛び込んだかのようなそれは強かに全身を打つ──が、無策に地面に叩きつけられるよりは遥かに"マシ"である。


「ふぅ……上手くいったようだな。いやぁ、また水魔法に助けられたな」


時に「両手剣使いっていうかもう魔法使いじゃね?」と言われていたなぁなどと思い出しながら、濡れた服を払い飛竜の様子を見る。

……首を切り落とされた上で地面に叩きつけられたその身体は、なんとも無惨な状態となってしまっていた。


「うむ……こうなると少しだけ申し訳ない気もしてきてしまうが、しかし捕まえられてしまっては仕方がないからな……」


──今回ジェイドが採った方策は至ってシンプル。落下する飛竜と、その間に挟んだ水の塊を以って衝撃を和らげ、分散させたわけだ。衝撃の大部分は飛竜の身体と水に作用してしまい、ジェイドの身体にまで伝わるのは本来の衝撃に比べれば微々たるもの。かくして、彼は特に怪我もなくこの状況を乗り切ったのだった。


「……いやぁ、しかしこれは……うぅむ」


一難を乗り越え辺りを見回す。

無論、見覚えなどあるはずもない。飛竜の飛行速度は相当なものだ。今、自分がどこにいるのかなど分かりようもない。つまりは。


「参った。完全に迷子ではないだろうか」


いつもの如く、迷子である。

さて、しかし彼にはこのような状況における切り札がある。『ホームレコードキー』だ。依頼の任地への往路ならばどうしようもなかろうが、後は帰るだけという状況ならば一発で『ホーム』に帰ることができる。すごい。

だが……彼にはそれを使えない理由があった。


「一度帰って"まだ食材は買えてない、もう一度行ってくる"はなんというか、不自然じゃないだろうか?」


彼とて妹に心配させまいとする兄心自体はある。できれば今日この"休日"は何事もなかったのだと、そのように終わらせたいのだ。そのためには「食材を持って」帰らなければならない。

しかし今いるのは辺りに人気も無い僻地だ。それも何やら荒れ果て、なんか……地面の亀裂からあまり良くなさそうな煙も出たりしている。このようなところで食材調達など望むべくもなく、しかし歩いて人里まで行くのにどれだけかかるかも分からない。

さぁ、どうしたものか?頭を悩ませるジェイドだったが──


「…………ん?」


その目に、先ほど仕留めた飛竜の死骸が映った。


────


「あっ、このお肉美味しい。煮込みにして正解だったね」


「……むっ?あっ、ああそうだな。美味いぞ」


その夜。ジェイドと妹(と同居人(神))たちは穏やかに食卓を囲んでいた。並ぶメニューは……ほとんどが肉料理だ。


「それにしても兄さん、まさか"ワイバーン肉が安かった"からってお肉ばっかり買ってきちゃって……野菜の残りがあったからよかったけど」


「そ、そうだな。いやぁそこまで気が回らなくてすまなかったなぁ」


「…………それに、なんか思ったより早かったね?正直迷子になってもっと色々彷徨って帰ってくるものだと思ってたんだけど」


「それはだな……何というか、やっぱり一人で街を歩くより、家でゆっくりした方がいいかと思ってな……」


「ふーん。まあいいけど。お肉美味しいし……」


(……よし!上手く誤魔化せたな!)


──こうして、冒険者ジェイド・アダンの休日は穏やかに更けていったのだった。

そう、"休日"である。誰が何と言おうと、これは休日なのである──


Report Page