SS供養

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CASE:少女の初恋


「知ってた?トラ男。一目惚れって、ホントにあるんだよ」

 エース、サボ、ダダンたち。マキノにシャンクス。ウタ。私の仲間たち。身内以外で、はじめて打算なくその手を差し伸べてくれたよその人。二年前も、今も。

 馬鹿なふり、知らないふりばかり上手くなって、だってそうした方が怖くない。みんな困った顔をしないって知っていたから。

 つらい。さびしい。なんでみんな、私をどろどろした目で見るんだろう。今度こそはと信じた人が、私を縛って支配しようとする。

 そうして向けられる『愛』にほとほと嫌気が差してしまって。

「トラ男だけだったの。命懸けで助けてくれたのに、あんなふうに私を見た人は」

 元気そうじゃねぇかって、ふっと微笑んだ顔を見た瞬間、ああ本当にこの人は、ほんとに私を助けてくれただけなんだって、そう思って。

 私をどうにかしたいんじゃなくて、自分がそうしたかっただけなんだって。太陽に照らされるその顔が眩しくて、どきどきして。

 そうして私ははじめて、胸を高鳴らせる恋を知ったのです。



*・*・*


CASE:温度差が酷すぎるプロット(抜粋)


# 未来ロー登場。

ルフィにあまあま、ローには激辛の未来ロー。その眼差しは蜂蜜よりもどろりと甘い。

野生のカンで危険を察知するゾロ。

「お前に限ってないとは思うがルフィを泣かせるなよ」「おうとも(のちの誘拐犯)」


# ダンスをするロール。

「ずっとお前とこうしたかった」と笑うロー。

→この話は未来ローの妄想、あるいは狂気の狭間で見たウタカタの夢。

・ルフィには絶対喋らせない。

→このローは『麦わら屋』がどう反応するのか想像できない。しない、したくないのではなく「できない」



*・*・*


CASE:話の流れ上カットしたやつ


 ローたちをどちらも置いておくと喧嘩になる。ルフィを挟んだ喧嘩を止めた後も、早々にいがみ合い始めたふたりのローにさっさと匙を投げたクルーたちは、

「連れてきた責任持ちなさい」

「まぁ歳くってもトラ男だしな。なんかあってもルフィのことは守るだろ」

 と口々に言い募ると、ぽいと未来から来たというローとルフィをサニー号から放り出したのである。

 食事中だったルフィは大変不服な様子で、すっかりふくれっつらだ。


「うぅ〜、まだお腹空いてるのに……!ねぇトラ男、何か買ってもいい?私まだ食べ足りないわ」


 ぐぅ〜、と腹の虫を鳴らしながらルフィが訴える。



*・*・*


CASE:EP L概念吸い立ての頃にガッと書いたけど続き書く見込み薄になった捏造エピソード導入文


 月のない夜だった。

 空に広がる無数の光は宝石を織り込んだベルベットのよう。眩しさはないけれど、夢に嫌われた者を慰める慈しみがそこにはあった。すっかり凪いだ空気を吸い込んで、ルフィは船頭で膝を抱えて縮こまる。

 近頃はずっとこんな夜を過ごしていた。

 ふと気づけば、コルボ山で泣いていた小さな女の子がルフィをじっと見つめてくる。今よりずっと非力で幼かった頃、義兄たちに隠れて泥水のような目でべたべた見てくる大人たちから隠れていた頃の自分が。

 せっかく忘れていられたのに──空を仰いだルフィは固まった息をこぼした。


 先日ドレスローザで義兄のひとり、サボと再会してからずっとこんな調子だ。

 目を逸らしていた記憶とは固く結ばれた紐のようなもの。ひとつに目がいくと、次々に記憶の墓場から抜け出してくる。とうとう二年前から考えないようにしていた呪いまで鎌首をもたげる始末だ。

 大好きな兄の言葉がぐるぐるとめぐり出す。

 この世でたったふたりだけ存在する、ルフィのことを妹と呼んでくれるひと。

 少しぶっきらぼうな口調も。庇ってくれた背中の広さも。私を女として扱わなかった優しさも。本当に大好きだった。

 それなのに、私は。

 お兄ちゃん、と幼い声がまろび出る。


「私、いつからエースのこと苦しめてたの?」


 逃げ続けてきた「どうして」が、耐えきれずあふれ落ちた。




 ごぽりと空気が揺れる。

 ポーラータング号、操舵室。

 普段は潜水艇独特の静けさに満ちているのだが、今は浮上準備に駆け回るクルーたちの声でにわかに騒がしくなっていた。

 ローは背負った愛刀を抱え直す。思い詰めたように虚空を睨む彼のそばにすす、とシャチが近寄った。

「珍しいこともあるもんですね」

「何がだ」

 普段より凪いだ声は彼の機嫌を如実に示している。シャチはくちびるをほころばせた。

「麦わらですよ。キャプテンの方から会いたいなんて、どういう風の吹き回しですか?ハクガンが明日は嵐かってビビってましたよ」


 麦わら──モンキー・D・ルフィ。

 キャプテン、トラファルガー・ローの判断のもと、ハートの海賊団が同盟を組んでいた同業の船長。齢十九という若さで、新世界を統べる四皇の一角に名を連ねる少女海賊。

 彼女が巻き起こす惚れた腫れたの事件は数知れず、ローがブチ切れた顔で「いい加減にしろ麦わら屋ァ!」と叫んだ数も、両手を指を超えたところで数えるのを辞めてしまった。



*・*・*


CASE:SNOWのミンゴ登場プロットを変えたために全ボツになった、なぜか亜空間で気ぶってるミンゴ(お前そこはどこなんだ)


「フッフッフッ……」

 海原に昏い笑い声が響いている。


「ロー、たしかにお前は麦わらの信用と愛を手中にした男だが……それは何も今のお前に限った話じゃないんだぜ?」

 愉悦に顔を歪めた大男は歌うように囁く。


「お前以外の誰も麦わらを手に入れることなんざ出来はしないが……それはつまり『お前であれば』あの女を奪い去ることができるということでもあるわけだ」

 これほどに面白い話もない、とドフラミンゴはにやりと笑った。


 間違いなく、今回の“敵”はローの地雷だ。あの男が健気に目を背けているものを眼前に突きつける、特級の嵐。

「だから言っただろう、ロー?お前はおれと同じだと!!フッフッフッ……あの眼……!」

 哄笑を響かせて、ドフラミンゴはにたりと唇を吊り上げる。間違いなく、今回引き起こされる嵐はドフラミンゴが望むものを招き寄せてくれるはず。


「これからお前が呼ぶ嵐を……そして愛を!今回はここで観覧させてもらうとするぜ、ロー!フフフフフ……!」



*・*・*



※SNOWロー過去編の一幕

※執筆中に別案が浮かんだのと「いやこれしきじゃまだローは病まねぇな耐えるわ」と自己解釈違い起こしてあえなく全ロスしたやつ

※世界政府の闇とやらかし政策に強い信頼を置いているオタクの書いた文章

※地雷がない人向け

※尻切れトンボ




 砲撃に晒されるサニー号が、ごうごうと燃え盛っている。あと数刻もあれば、この船は完全に沈むだろう。

 こんな状況で戦争も何もあるか。双方立て直しが必要だし、モタモタしていると海軍に完全に取り囲まれる。

「おい、一時休戦だ!死にたくなけりゃ全員ポーラータング号に乗れ!もう船は諦めろ!!」

「トラ男!」

「麦わら屋の居場所はさっき確認してる!おれはあのバカを回収してすぐに戻るから、テメェら先に行け!」

 じっとこちらを見たゾロ屋が頷いて、連中はばたばたと手招くシャチたちの元へ走り出す。

 まさかこのタイミングで海軍が介入してくるとは。おれはともかく相手の女は四皇、しかもあの“麦わら”だ。

 迂闊に手を出せば、彼女からだけでなく、周囲から手痛い報復が来るような生きた地雷原のような女である。

 それを知らぬ政府でもないだろうに、いったいなぜ?海軍は何を考えてるんだ。

 ぐるぐる思考を巡らせながら、一息にシャンブルズで跳ぶ。直後、眩暈がしてげほりと咳き込んだ。

 能力の濫用による反動が身体を苛む。

 クソ、息が詰まりそうだ……!

 乱雑に息を整え、燃える海賊旗を見上げる女の肩を掴んだ。ああもう、なんだってこんなところでぼけっとしてやがる。惚けてる場合か。

 がくがくと揺さぶって麦わら屋に呼びかける。

「麦わら屋!もう戦争どころじゃねェ、おれの船に乗るんだ。逃げるぞ!」

 おれの言葉を聞いた麦わら屋は、のろのろとこちらを見上げ──耳を疑うような言葉を口にした。


「ごめんトラ男。私は行けない」


 ──息が、止まるかと思った。

 穏やかに笑う麦わら屋の目は真っ赤に腫れていた。頬に張り付く涙の痕がひどく痛々しい。泣いていたのだろう。

 この顔を見るのは二年ぶりだった。

 ……無理もない。こんな形で自船を失うことになるなど、そりゃあ辛いに決まっている。


 深く息を吸う。

 落ち着け、おれまで動揺するな。今やるべきは麦わら屋を説得して、この船から離脱させることだろ。

「ゆっくり息をしろ、麦わら屋……頼むから冷静になれ。今は自分の命のことだけを考えろ」

 言葉を重ねながら、おれは吐きそうだった。

 代わりの船なんてない。そう思う気持ちは痛いほどにわかるから、その辛さを想像するだけで胸が軋む。

 だが本当に時間がない。海軍が陣形を完全に組んでしまったら、包囲網を突破する難易度は桁違いに跳ね上がるのだ。

「掴まってろよ、麦わら屋」

 麦わら屋はじっとおれを見る。やっぱりトラ男は優しいね、そう呟く声は細く震えていた。

「いいから、早く行くぞ。……勝手で悪ィが、お前のとこのクルーも全員回収した。恨み言なら後で聞かせろ」

「……そっか。全員……」


 その瞬間、右腕に衝撃が走る。

 おれの腕を振り解いた麦わら屋は、とびきりの笑顔を浮かべていた。

 柔らかな声が言葉を紡いでいく。


「──勝負はトラ男の勝ち。……ごめんね、助けて貰うことができなくて。好き、ずっとずっと大好き。トラ男に恋をして本当によかった。幸せだったわ!」


 おれは解けた腕を軸にされ、高く空に投げ飛ばされた。咄嗟に踏ん張りきれずポーラータング号目掛けて落下する。

 さかしまの視界に映る灰色の空が、煌々と無数の光に埋め尽くされた。おれを見つめる少女が逆光で覆い隠されていく。

 海軍大将がおれ達を見下ろしていた。


「八尺瓊勾玉」


 飛んでくる無数の鉛玉が、彼女が立っていた場所を貫いて爆ぜた。全身を焼き尽くすような熱を感じながら、おれの耳は消え入りそうな麦わら屋の声を拾う。

「──ばいばい、とらお。愛してるわ!」

 ごうごうと音を立てる炎の中、取り残されている小さな身体に黄猿が放った光の矢が降り注いだ。人影はふらりと傾ぐ。

「ふざけるな!こんな終わり認めてたまるか、麦わら屋は渡さねェ……!!」

 おれが死なせない、絶対に──!!



 ──ばしゃん。



「──“ROOM”、“シャンブルズ”!!」



*・*・*



 ローが乗り込んだことを確認したポーラータング号はすぐさま潜水。海軍の猛追を振り切り逃げおおせた。

 ルフィの身体を回収した瞬間を目撃されたからだろう。一度深く潜り込まなければ振り切れない執拗さだったが……。

 ぞっとするほどの紙一重で、彼らは命を拾ったのである。


 ──だがルフィは。ローが手を伸ばした時点で、既に事切れてしまっていた。


 小さな身体に刻まれた無数の傷が、先ほどまでさらされていた蹂躙の凄まじさを物語っていた。べったりとこびりついていた血を拭う。

 ただでさえ小さな身体がひとまわり小さくなったような気さえして、ローはぎりぎりと歯を食いしばる。彼女の死に顔が微笑みであることさえ、心底恨めしかった。

 ──何満足そうに死んでるんだ。

 ──夢半ばで、しかもあんな形で殺されてるのに。なんで嬉しそうなんだよ……!

 叫び出したいのを必死に堪えた。沈黙したローは、じっとルフィの顔を見つめる。

 そうして、昔ルフィの命を拾った痕に触れたローは、そのまま心臓の真上に手を滑らせた。

「“ROOM”──“メス”」

 取り出した心臓は燃えるように冷たい。耳を澄ませても、鼓動が再びこの耳を打つこともなくて。


 二年前に触れたとき感じた温度は、もうどこにもなかった。



 黙して船長に祈りを捧げたルフィのクルーたちは、そのままローたちハートの海賊団にも頭を下げた。

「おれ達のことまで悪ィな、トラ男」

「あの状況ならお互い様だろ。……麦わら屋のこと、すまなかった」

 ローは目を伏せた。

 啖呵を切っておきながら、みすみす目の前で死なせてしまった。きっと彼らだって船長を案じていたはずなのに。

 彼らの信頼を最悪の形で裏切ってしまった。そして、そのために失われたものは、もう二度と帰らない。

 失われてしまった命は、どんな名医にも取り戻せない。たとえ悪魔の実でも不可能だ。

「トラ男が気にすることじゃないわ。私たち、もともと覚悟の上だったんだから」

 静まり返る船内に、ナミの穏やかな声が響いた。いや、ナミだけではない。

 麦わらの一味は皆、その起伏の差はあれ諦念と納得のにじむ表情をしていた。

 ロビンが囁く。

「トラ男くんとぶつかるまでもなく、どの道私たちは死ぬかもしれなかったのよ」



 海軍大佐・コビーから秘密裏に、と鳴らされた電伝虫が全てのはじまりだったのだという。

 それは恐ろしい凶報だった。

 ──フーシャ狩り。

 幼いルフィが過ごしてきた、故郷に生きる全ての人間が殺される。表向きの大義名分こそ用意があったものの、事実上の虐殺作戦。

 まだ具体的な日程は決まっていないものの、実行はほぼ確実。無辜の民の血がいったいいくつ流れるのか、想像するだけでもおぞましい。

「人を惑わし、己の虜とする魔女を生む村を排除する」

 その宣言のもと、地図上からひとつの営みが消え去るのだという。

 コビーは涙ぐんでいた。

「こんな……こんなの許されることじゃあない!なんの罪もない市民の命まで…!!それだけじゃない!お願いです!ルフィさん、逃げてください!何より貴女が一番危険なんです、今は絶対に海軍の軍艦へ近づいちゃダメだ!!」

 一方的に切られた電伝虫を呆然と見つめたルフィは、すぐさま一味を集めて己の決断を話した。


 罠である可能性。誤報である可能性。あらゆる可能性を考慮したとしても、これはどうしても看過できない。

 この魔女はどう考えても自分のことだ。自分のせいで故郷の人々が危険にさらされるというのなら、絶対に守らなくては。

 東の海に戻るのは距離も時間も現実的ではない。しかしこのままでは、故郷の人々が全員殺されることになる。

 それだけは阻止すべき事態だった。


「マリンフォードに乗り込む」


 静謐とした声で、麦わらの一味を従える船長は告げた。

 海軍のお膝元、その総本山。二年前起きた時代を揺るがす戦争とその顛末を思えば、正気の沙汰とは思えない話である。

 本部詰めの全ての海軍を敵に回すということは、ルフィにとっては兄の仇ともいえる赤犬との対峙を意味していた。

 それだけの戦力を相手取れば、さしものルフィといえども無事ではすまない。

 故に、考えがあるとルフィは言った。

「自覚してるもの。こんな……訳わかんない体質は初めて見たってトラ男も言ってたし。……私も、わかってるんだよ」

 使えるものはなんでも使う。

 普段ルフィを苦しめる体質であっても、役に立つというなら利用してやる。たとえそれが己の信条を裏切り、未来を縛る選択だとしても。

 考えたのは、魚人島やワノ国の再現。

 海軍の本拠地に乗り込んで全力の覇王色を使い、無差別に海軍を狂わせる──。


 無理に着いてくる必要はないと笑う船長の頭を、旅の始まりから寄り添ってきた剣士はぽかりと叩く。

 ──それが、彼らの無言の答えだった。



 ルフィの頬を撫でるロビンが語り終えると、ぐすりと鼻をすする音が響いた。

「頑張ったんだなぁ〜、麦わらぁ……」

 ぼろぼろと涙をこぼすベポが、そろりとした手つきで眠るルフィの頭を撫でる。

 それを皮切りに、ハートのクルーがルフィの周りにわらわらと集まった。

「麦わら、本当にキャプテンのこと好きだもんなぁ。そりゃこんな顔にもなるかぁ」

「やっぱ肝座ってるよお前、普通マリンフォードに乗り込もうとするか?」

「ゆっくり休めよぉ、麦わらぁ〜!!」


 一気に騒がしくなる船室。

 空元気の海賊たちが口々にルフィに弔いを送るあたたかな雰囲気。それを眺めながら、ローは咄嗟に能力を発動させた。

 転がるようにして飛び込んだ船長室で、手近にあったものを壁に投げつけた。がしゃんと音を立ててグラスが割れる。

 猛烈な破壊衝動がローを支配していた。


「……れ、の」


 ぼろぼろと涙があふれる。

 壁伝いにずるりと蹲ったローは、奥歯が砕けるほどに歯を食いしばった。そうでもしなければ、発狂してしまいそうだったから。


「おれ、の」


 ぐちゃぐちゃにかき混ぜられる脳内で、この二日間疑問を抱き続けた不可解な出来事が線で結ばれていく。

 行く先々に現れた軍艦。舐めているといっても過言ではなかった手緩い威嚇射撃。攻勢に転じれば逃げを打つ海兵。じわじわと募るストレス。余儀なくされた航路の変更。──風に舞う麦わら帽子。


「、ふっ……は、ぐ……ぅう、っあ、」


 眩暈がする。

 意図が読めなかった海軍の不可解な行動と今しがた聞いた話が結びつき、脳内で最悪のシナリオを描いていく。


「ぁ、ぁあぁあ、……」


 燃える船の上で誰かがローに囁いた。

 何を言っているのだろう。聞こえない。何か大切なことを、言っているはずなのに。


「ぁあ゛ぁあ゛あ゛あ゛!!!!」


 白く焼けた眼裏で、古びた麦わら帽子を被った少女が手を振っている。夏に咲く花によく似た笑顔。軽やかに響く声。

 そのすべてが、炎に包まれたフィルムのように焦げ落ちていく──。


 その日全てを悟ったローは、世界を呪うように吼え続けた。



*・*・*



 人を狂わせる魔性は、世界政府にとっては厄介な代物だった。さらに先のカイドウ戦で起きた、悪魔の実の覚醒。

 もはや一刻の猶予もなかった。

 ルフィに倒されたものは、人も動物もすべて彼女への恋の奴隷に成り果てる。狂うほどにルフィを求めて彷徨う彼らに彼女がひと言囁くだけで、国家転覆だって起こせてしまう。

 今やルフィは、最悪の革命の芽だった。

 彼女自身にその気がなくても「可能性がある」ということが、政府にとっては罪でしかなく。「抹殺せよ」という指令が海軍に下された。


 とはいえルフィは四皇のひとり。

 麦わらの一味も、一人ひとりが一騎当千の戦闘力を持つ賞金首たちだ。討伐といっても一筋縄ではいかない。

 さらにルフィが持つ覇王色が起こした集団魅了の事例を鑑みて、海軍はひとつの策を弄した。

 彼女が看過できないものを餌に、海軍のホームに誘い込む。そこで総攻撃を仕掛け、“麦わらの一味”ごと彼女を亡き者にする。

 ギリギリまで海兵が介入しないその作戦は、正義を背負う者たちが海賊に狂う可能性を最大限排除した形に調えられていたのだが……。


「伝令!伝令!“麦わら”がマリンフォード方向へ急航中!」


 誤算だったのは、ルフィと一味の行動の速さであった。

 四皇・麦わらを動かすため元帥や世界政府らが考案した「ダミー情報」の威力は確かに絶大だったのだが──

 それを耳にした海軍大佐が相手側に情報を漏らしたがために、海軍側が包囲網を組み上げる前にルフィがマリンフォードに到達してしまう計算となった。

 主戦力となる大将格は襲撃時に間に合わない距離で現在仕事中。このままではルフィ討伐どころか、マリンフォードが再び壊滅的な被害を受けることになってしまう。

 それでは、二年前の焼き直しだ。


 凍りつく会議室で、ガープが口を開いた。

「……ハートの海賊団の航路はまだ捕捉しているか?」

「“死の外科医”の?ええ、居どころは掴んでおりますが」

 海兵の言葉を受け、英雄は目を閉じた。

 まぶたの裏でじいちゃん、と彼を呼ぶ幼い少女が満開の笑みで見上げてくる。

 だから海兵になれと、何度も何度も言っただろうに──。

 再び開かれた彼の双眸には、ただ正義の二文字だけが映っていた。


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