SSと呼ぶ程でもないモノ

SSと呼ぶ程でもないモノ


(※いきなり始まっていきなり終わる)

(※國神×雪宮にもなりきれていないナニカ)


 國神は思わず目を閉じた。

 鼓動が早まる。過呼吸になる。罪悪感に耐えきれず、頭の奥がぐわんぐわんと重苦しい鐘の音色のように鳴り響いている。頭痛と口の渇きは過度なストレスの確たる証拠。冷や汗がこめかみから頬を伝い落ち、ぐっしょりとユニフォームの襟ぐりを濡らす。

 ──自分はこれから、目の前のチームメイトを抱かなくてはならない。

 何をしようとその事実は変わらないというのに、こうしていれば逃げられると脳味噌が悪足掻きをしているのか、体調の悪化が止まらなくて。

 ついには吐き気さえ訴え始めた胃袋を、肉と服の向こう側から白い手が優しくさすった。


「大丈夫。國神くんが悪いんじゃないって、俺もみんなもわかってるよ」


 男のものだが、モデル業にも従事する者らしく先の先まで丁寧に手入れされたなめらかな指。凹凸のヤスリがけられた艶のある爪。

 そんな雪宮剣優の美しい手が、國神の内臓を慰め宥めるように緩く上下に動かされている。泣く子の頭を撫でるのに近い仕草だ。


「君だってやりたくてやるんじゃないんだから、この状況の被害者だ。罪の意識なんて背負わなくていい。気を病む必要も無い」


 子守唄を思わせるゆったりとした言葉運び。淡々と、しかし温かく言い聞かせる口調は、少しずつ國神の神経を解きほぐし、痙攣じみた緊張を和らげていった。

 しかし。こんなイイ奴に今から乱暴を働かなくてはならないのだと現実を直視してしまえば、開いた双眸に知らず涙の膜が滲む。

 正体不明の部屋の主。絶対的な存在に強要され、何故か性的な命令ばかりを下されるブルーロックの面々。それをこなし窶れていくみんな。歪な空間で、それでもこれから自分のナカに男のモノを咥え込む運命のチームメイトは穏やかだった。

 嘆き喚き取り乱すどころか、どこか落ち着きさえ感じさせる様子で続ける。


「目を潰せとか、脚を切れとか、そういうんじゃなくて良かったよ。性行為したってサッカーができなくなったりしないしね。……それにホラ、俺って一応モデルだから。事務所のお願いで業界の偉い人に相手させられたこともあるんだ。初めてじゃないよ。安心して」


 にっこりと完璧な微笑みを作った雪宮の、語る言葉が真実かは読み取れない。瞳に表情があるとするならばそれさえもが整えられた仮面の笑みであり、喜怒哀楽のいずれをも國神に嗅ぎ取らせはしなかった。

 腹を撫で摩っていた手が國神の手を引き、用意されたキングサイズのベッドに導かれる。天蓋でも付いていれば気休めの目隠しになるのに、部屋の主人の趣味なのか囲いはゼロで周りから丸見えだ。

 執拗な、情欲を伴う視線が監視カメラの如く部屋のどこかから注がれる。仲間達はこんな目をしない。これはきっと、部屋の主人の不埒な眼差しだ。

 今もどこかで、國神が雪宮を犯すのを舌なめずりをして見守っている。


 心臓か胃液が口から飛び出そうな國神の前で、まずは雪宮がマットレスに乗り上げた。

 スプリングは軋まない。こんなシチュエーション以外で使いたかった高級なベッドだ。

 「初めては好きな女の子と両想いになってから」。幼き頃の淡い夢想を、埋葬するように胸の内に沈めてゆく。

 これから傷付けられるのも、穢されるのも雪宮なのだ。……傷付けるのと、穢すのは、自分なのだ。だのにいつまでもうじうじしていては雪宮の思いやりを踏み躙ることになる。

 覚悟を決めて、手を引かれるまま國神も雪宮に覆い被さる形で寝台へ体を預けた。真っ黒な髪が真っ白なシーツに散らばっている。

 冷えた國神の指に熱を分け与えるために己の指を絡めたまま、もう片方の手でメガネを外してベッドの端に置く雪宮。初めて障害物無く見つめることになった彼の瞳は、汚れた悪意に包まれたこの部屋で、窓から差し込む朝焼けの光みたいに美しかった。

 國神錬介への赦しに満ちていた。

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