Ruwenzori turco
requesting anonymityコンゴ民主共和国とウガンダの国境線上に存在する「月の山」ことルウェンゾリ山地の山体の内部に位置するアフリカ最大の魔法学校ワガドゥーを訪れている、高級そうなドラゴン革のスーツを着た背の高い男性とその助手であるゆったりしたローブの若い魔女は、男性の古い友人の案内でワガドゥー内部の「魔法生物飼育繁殖場」を見学していた。
「あ、ナッちゃん!」
もうひとり旧友を見つけた男性が嬉しそうな声を上げるが、周囲の生徒たちは男性の呼び方に衝撃を受けた様子で、ナッちゃんと呼ばれた怒ると怖いその教授の顔を2度見3度見していた。
「ホントに変わんないねアンタは。じゃ早速で悪いけど、その飼い主の菜食主義を押し付けられてたっていうヌンドゥを見せてくれるかい?」
ワガドゥーで教授をしている魔女にそう促されて、男性は「検知不可能拡大呪文」がかかったスーツの内ポケットから旅行かばんを取り出し、助手の魔女にその場を任せて旅行かばんの中へと消えた。
「アンタはアイツの助手をしてるんだね?」
ワガドゥーの教授がその場に取り残された若い魔女に訊く。
「はい。色々あって、拾っていただきました」
「……………変なことされてたりしないかい?大丈夫?」
その教授は旅行かばんの中でヌンドゥを誘導しているであろう旧友の、ホグワーツ時代の奇行と誰彼構わないスキンシップの多さを思い出しながら目の前の美しいお嬢さんを心配していた。
「いえ、そんな。私の意思に反するようなことは何も。むしろとても良くしていただいています。お給料も闇祓いしてた頃より多く頂いてしまっていますし、休暇を急に申請しても快く受け入れてくれますし、使わせて頂いているお部屋も広いですし、それに可愛いお洋服たくさんいただきましたし、いろんなこと任せてくれますし。まあでも休暇って言っても最近はずっと一緒にいるので、休む時は店自体をお休みにしてゆっくりするか、ペニーさんも一緒にみんなでどこか出かけるかですけど」
そう言って笑う若い魔女に、その雇い主の旧友である2人は同じ事を質問する。
「「住み込みで働いてるの?」」
「はい!お部屋をひとつ使わせていただいています」
その答えを聞いて、2人はまた同じリアクションをする。
「「アイツ…………」」
それだけが理由ではないと理解しつつも、そんな事をする人間ではないとわかってはいても、2人は学生時代からの共通の友人の下心を疑わずには居られなかった。
2人の心にある疑念は共通のもので、それはアリゾナの魔法生物保護施設に居る友人の魔女が抱いた疑いとも同じものだった。
((美人だから雇ったなアイツ……………))
そこにその当人の「お待たせしましたー!」という声が旅行かばんの中から響き、助手の若い魔女の足元に転がっているその旅行かばんの中からドラゴン革のスーツを着た男性と、その後に続いて「泡頭呪文」をかけられたライオンのようなヒョウのようなトゲだらけの巨大な獣が現れた。
「『ヌンドゥは吐息に毒を含ませるかどうかを自分で決められる』って前にスキャマンダー君がなんかの本で言ってたけど、この子、体調悪いからなのかその切り替えが苦手みたいだからちょっと気をつけてあげてね」
そう言う男性の後ろで、故郷の空気を感じ取ったのか匂いで気づいたのか、アフリカに来られた事を理解したらしいそのヌンドゥは素人目にもわかるほど嬉しそうにそわそわとその場で立ったり座ったり歩いたり止まったりを繰り返している。
「言ってた通り、結構痩せてるねぇ」
先程ナッちゃんと呼ばれていた教授の魔女がヌンドゥを眺めながら言う。周囲ではワガドゥーの生徒たちが手際よくヌンドゥに首輪を取り付け、鎖に繫いでいく。凶暴極まる猛獣である筈のヌンドゥは、悪意がないのを理解しているのかそれとも暴れるほどの元気が無いだけなのか、大人しく繋がれて生徒たちに従っている。
「わりと食欲はあるんだけど、いかんせんだいぶ長期間お野菜ばっかり食べさせられてたみたいだからねー。あ、好物はドラゴンの肉です。ハンガリー・ホーンテイル」
「グルメだねえ~……まあでもご機嫌損ねられるよりはマシか………必要経費だな」
旧友である天文学講師の魔法使いに引き継ぎ事項を伝えているドラゴン革のスーツの男性の横では、その助手の若い魔女がさっきから自分をじっと見ている女の子と、どうにか交流を試みていた。
「な、なあに?お嬢ちゃん………?」
しゃがんで目線の高さを合わせる若い魔女だが、ワガドゥーのお嬢ちゃんは英語がわからない。様々な母語を持つ生徒がアフリカ全土から集うワガドゥーは領内全域に「自動翻訳魔法」がかかっているが、彼女の雇い主の「覚えた言葉を使いたい」という要望によってその男性と助手の彼女は魔法の効果対象から外されているのだ。
「…………………」
ワガドゥーのお嬢ちゃんは若い魔女の顔の、少し下をじっと見ていたがやがてスルリと姿を変え、暗い灰色の蛇になってそのまま若い魔女のローブの襟首から服の中に入り込んでしまった。
「ええぇ?!!!ちょ、待っ、何何何なになに????!!」
ローブとその下の衣服の間ではなく、さらにその服の中に入られたらしい若い魔女が大いに慌てて立ち上がるが、当の蛇の姿になったお嬢ちゃんは若い魔女の衣服の襟首から顔だけ出して舌をチロチロと時折覗かせながら満足そうにしている。
「ホントにあんな小さい子でも『動物もどき』なんだね。僕いまカリキュラムの違いを改めて実感してるよ。『君達もあの子と同じようにアニメーガスなのかい?』」
その光景を見て呑気に感想を述べた男性はヌンドゥを診ている生徒たちにショナ語で問いかけ、生徒たちはそれに「そうだよ」と返す。そして戸惑いつつも落ち着きを取り戻したらしい若い魔女に男性が近寄って、その襟首に顔を近づける。
「君ブラックマンバなんだねえ。素敵だ」とショナ語でお嬢ちゃんを褒めた男性は、蛇の姿のお嬢ちゃんが占有している己のローブの襟首の隙間から服の中を覗き込まれる恥ずかしさにどうにか耐えて平常心を取り繕っている若い魔女に、英語に切り替えて忠告する。
「この子は大丈夫だと思うけど、ブラックマンバって魔法生物を除いて考えればかなり強いほうの毒を持ってるから一応気をつけてね」
蛇の姿のお嬢ちゃんの使用言語がわからない故にちょっと血の気が引いた若い魔女に、雇い主の男性の旧友である天文学講師の魔法使いが話しかける。
「そういえば君、住み込みで働いてるんだったらさ、あの話は知ってる?コイツが昔『住人の現在地が自動で反映されるホグワーツの地図』を作ろうとした話。あれ結局現物を僕見られなかったから未だにすごく気になってるんだけど」
それにもうひとりの当時を知る旧友である教授の魔女も続く。
「あれアンタ見たこと無いんだっけ?あの場に居なかったっけ?」
そこで襟首から小さなブラックマンバの姿のお嬢ちゃんを覗かせた若い魔女が一気に好奇心に目を輝かせて「え、なんですかそれ!その話知りません!」と反応した。
「恥ずかしいから内緒にしてたのに…………」
ドラゴン革のスーツを着た男性はモゴモゴと旧友2人に異議申し立てるが、助手である若い魔女は「見たいですせんぱい!見せてください!」と止まらない。
「僕も見たい。あれ聞いた話じゃ無駄に防護呪文かけまくったから破壊も廃棄もできないんだろ?それとも『悪霊の火』とかで処分したのかい?……してないだろう?」
学生時代からの旧友の物持ちの良さと蒐集癖を熟知している天文学講師の魔法使いはその行動方針を完全に見透かしていた。
「わかったよぉ………………あんまり笑わないでよ??」
観念した男性は旅行かばんを少し開けてその中に杖を差し入れ、折りたたまれた1枚の年季を感じさせる羊皮紙を「呼び寄せ」た。そしてそれを気が進まなさそうに助手の若い魔女に差し出す。
「わあー!せんぱいがこれ作ったんですか?!すごい!かわいいです!」
その反応を見て男性の旧友2人も、周囲のワガドゥーの生徒たちも寄ってくる。
「うわあ、なんだいこれ………」
天文学講師魔法使いが若い魔女の背後からひと目見てそう漏らしたその羊皮紙には、おそらく部屋を示しているのであろう可哀想な楕円と、おそらく廊下なのであろうと推察されるみじめな線がよくわからない配置で描き込まれていた。
なにせこの地図は、このドラゴン革スーツの男性が学生時代にコレを自信満々で皆に見せて「旧石器時代の原人でももう少し上手に描く」という評価をとある箒飛行が好きなスリザリンの女生徒から貰い、泣いてしまったという曰く付きの代物なのだ。
しかしせっかく苦労して色々魔法をかけて作った思い出の品ではあるので破棄する気にもなれず、さりとて誰にも見られたくないので「検知不可能拡大呪文」をかけた旅行かばんの中の奥底に今日までずっと封印していたのだった。
「いつ見ても最高だよ、これ。せっかく『ホムンクルスの術』なんて高度な魔法使ってんのにアンタ、字まで下手なんだから…………どれが誰だいこれは?これは………『ネビウ・ルングヴォツォム』?これスペルも間違ってないかい?」
もうひとりの旧友である教授の魔女は笑いを堪えているが、その後ろのワガドゥーの生徒たちは腹を抱えて笑い転げているし、若い魔女の服の中に収まって襟首から覗いている蛇の姿のお嬢ちゃんも、蛇の姿ながら面白そうにシュルシュルと蠢いている。
「せんぱい!!かわいい!のびのびと描けてますよ!」
若い魔女はどうやらその、制作者は地図だと主張している落描きが気に入ったらしいが、その褒め方は完全に親戚の3歳児が絵を描いて見せてくれた時のそれだった。
「おうちかえる」
一気に萎れてしまったその「地図なのであろう物」の制作者であるドラゴン革スーツの男性に、天文学講師の魔法使いが思い切り話題を変えて1つの提案をする。
「ね、このワガドゥーの『闇の魔術に対する防衛術』に相当する教科の教授が前から君とお手合わせ願いたいって仰ってたんだけど、せっかく来たんだからどうだい?」
かつて秘密の決闘クラブ「杖十字会」に所属していた、決闘好きのその男性にとってそれは断る理由など無いとても魅力的な提案だった。
「やる」
しかしそれでも元気いっぱいというほどではない男性の様子を見た助手の若い魔女は、帰りの移動中にでも思い切り慰めてあげようと心に決めた。