RUN、HUNT、RUNRUNRUN
階段を一足飛びに駆け上がり、瞬く間に2階の廊下へと辿り着く。
緑色の不定形生物……サラダちゃん……が屯っていた廊下を走るも彼らがそれを阻むことはない。
逆に何かに怯えたかのように繋がったままの生徒ごと廊下の端に寄って窓や部室へと逃げだしていく。
それを見て咄嗟に社長と課長が右へ、平社員が左へと寄った次の瞬間、硬い何かを削るような音が床下から響き渡り、碧色の弾幕がコンクリ製のはずの床を撃ち抜いて崩していった。
「しっぽをまいて逃げる?」
崩れた床から蔦のように伸びた一対の翼が柱を掴み、それに牽引されるようにゆっくりと雛が母の愛銃を構えたまま登って来る。
そのままその銃身が便利屋たちを向けられる刹那にその額へと社長の撃ったライフル弾が激突。
数時間前には巨大なサラダちゃんさえも揺るがしたそれも、翼に吊られていた身体が少し揺れる程度で潰れた弾丸がからりと落ちるに留まるのみ。
雛自身は当たったおでこが多少赤く…否、血液の関係で“碧く”なった程度で至って無傷だ。
「そんなの許されるわけないでしょう」
そのまま放たれた碧の弾幕が廊下を突き抜けていくも、ほんの僅かに稼いだ時間は便利屋たちが3階への階段に辿り着くには十分で。
乱射される弾幕によって崩落していく踊り場を見ながら、雛は苛立ったように銃身を天井へと向け、3階の廊下を穿っていく。
髪が巻き取られるように弾倉へと吸い込まれ、銃身が更に唸りを上げた。
キヴォトス最強たる少女の神秘と頑丈さを受け継いだ娘の肉体を直接叩きつけるその威力と射程は、“普段の”空崎ヒナが放つそれを大幅に上回る。
カイザーPMCのヘリ群を叩き落とした事と疲労していたとはいえRABBIT小隊をほぼ一撃で戦闘不能に追い込んだ事がそれを証明していた。
当てれば勝つ。そしていずれ逃げ場もなくなる。
「逃がさない、絶対に」
翼を腕のように動かし、少女の姿をした怪物は崩れた天井から上へと昇って行くのだった。
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「本当に冗談じゃない」
階段を駆け上がりながら苦々しく社長が呟く。
便利屋とて考え無しに上へ逃げたわけではない。
外へ逃げるのは“空崎ヒナ”相手には悪手にしかならないからだ。
遮蔽物の無い空間で広範囲への機関銃掃射を得意とする相手と戦う等、無理が過ぎる。
だからこそ遮蔽を用意しやすい屋内で相手の隙を見ながら立ち回る予定だったのだが、
「威力は風紀委員長より上でリロード不要、もうちょっと加減なさいよ」
ちらりと見える崩れかけた3階の壁面に見えるのは着弾して擬態が解けた緑の触手。あの空崎ヒナの“娘”は自分自身を撃ち出しているのだ。
それゆえのあの威力、そして弾切れの隙さえもないとなれば自棄っぱちのプランも半壊しているが、かと言ってもう足を止めることもできない。
先生とジュリたちをこんな火力の鉄火場に置くなど危険すぎる。
願わくば、彼らが少しでも遠くへ逃げてくれる事を祈るのみである。
「カヨコ。ハルカ。屋上に着いたら……」
見えてきた屋上への扉を見ながらここについてきた部下たちに指示を出す。
(頼むわよムツキ、できるだけ大火力なヤツをお願い)
残された時間は、そう長くはない。
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昨日のゲヘナ学園は昼間は騒がしく、夜は静かだった。
今日のゲヘナ学園は朝は静かに、昼下がりは騒がしく、そして夜の帳が降りようとしている今、いつにないほどの狂騒に包まれていた。
グラウンドに燃える残り火に照らされるのは数多のサラダちゃんとそれに繋がった、捕えられたままの生徒たち。
それらが半ばパニック状態で轟音鳴り響きあちこちが崩れていくサークル棟から距離を取るように逃げているのだ。
逃げる途中で新たなサラダちゃんをひり出したり産気づく生徒の悲鳴や嬌声も相まって、まるでこの世の終わりが来たような光景の中をそれらに巻き込まれぬようにジュリたちは走る。
便利屋たちが時間を稼ぐ間に、少しでも遠くへ――それで良いの?
先生の事を優先しないと、そのために彼女たちは半ば囮に――自分達を受けいれてくれたのに?
葛藤がある。まだ15歳の、鉄火場と縁遠かった少女が割り切れないものが。
それでもと背負った先生と、傍らを走る我が子を守る為に走っていたはずだった。
逃げ続ける自分達の上を轟音と共に、あちこちから火花を上げながらヘリらしきものが飛んでいく。
自分達の進路とは逆の、先ほどまでいた場所を目指して。
それを見て思わず足を止めたのがいけなかったのか。
気付けば、我が子がじっと自分と先生を見て、そしてくるりと向きを変えた。
元来た方向へと走り出す、その手に黒く焼け焦げた一枚のカードを手に。
悪寒がする。
このまま行かせたらもう二度と会えなくなってしまうような、そんな不安。
だがサークル棟から響く音はいよいよ大きくなり、逃げ出すサラダちゃんたちの勢いは波濤のよう。
もし巻き込まれれば、先生どころか自身の命さえも危ないかもしれない。
どうするか、ほんの僅かに迷った末に彼女は――。
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彼女に与えられた記憶は幸せの色。
誰かの為に頑張ることの喜び。
彼女に与えられた記憶は責任の重さ。
誰かの為に自分を掛ける事。
責任。
誰かが背負わなければいけないもの。
彼女が産まれた事を背負おうとしてくれた母。
彼女と母を背負おうとしてくれた“しゃちょー”たち。
彼女とは違う誰かの為に生きる同胞(ひな)。
何も背負わないでいるには、父から与えられた記憶は眩しすぎた。
そして。
そしてその手に、その誰かが背負ったものをどうにかできる力があるのなら。
気付けば彼女は走り出していた。