【R-17?】喧騒とヒミツ
暮れなずむ夏の日、散りばめられた提灯がひっそりと輝き始めた。家族の温もりに包まれて育った彼の父母の故郷のその一角で、オモテ祭りは賑やかに繰り広げられていた。露店が軒を連ね、子供たちの歓声が飛び交い、古き良き時代の風情が色濃く残るこの場所で、妹はふと、懐かしさと新しさの狭間で心揺れていた。一度も来たはずのない土地のはずなのに。
「じんべえ似合うね ちょっと 動きづらいけど」
彼の声は変わらず、懐かしい木漏れ日のように心地よくい妹の耳に響いた。幼いころから何度も父の仕打ちに共に耐えてきた兄は、父よりも家族らしい存在だった。
「兄ちゃんも 似合ってるよ…」
提灯の光が兄の顔をやわらかく照らす様子に、妹は見惚れる。彼もまた大人びて、昔の面影を残しつつも、どこか新鮮な輝きを放っていた。
「ありがとう …おれたちの故郷って こんな感じなんだね」
と、兄は微笑みながら答える。心臓の鼓動は、祭りの太鼓の音に紛れても際立っていた。
露店から漂う焼きそばの香り、りんご飴がてらてらと明りに揺れる様子、そして彼の安定した存在感。すべてが懐かしく、そして新しかった。
「…まさかこうなるなんて思ってもみなかったよ」
と兄が言い、童心に返ったように笑う。縁日の賑わいの中、二人の距離はまるで昔に戻ったかのようだが、妹の中には甘く切ない感情が芽生え始めていた。
「そうだね 子供の頃はただ…ただ 怖かった でも 兄ちゃんといるときだけは …楽しかった」
と、妹は控えめに、しかし確かな声で呟いた。
「…でも今はちょっと違う 兄ちゃんと一緒にいると 特別な感じがするの」
兄は一瞬、言葉を失った。それから、父に殴られたときのように優しく彼女の手をとった。
「おれも そうだよ」
兄は、人目を忍んで祭りの喧騒から少し離れた静かな場所へと導いた。
そこは湖のほとりで、水面に映る月が二人だけの秘密のように輝いていた。
「お前がそう言ってくれるだけで …おれも嬉しい ずっと昔から一番特別な存在だって気づかなかっただけなんだよな」
その言葉に少女の頬は朱色に染まる。
祭りの灯りが遠ざかり、湖のせせらぎが二人の会話を優しく包む。夏の風が涼しげに吹き、二人は手を取り合って、言葉ではない何かを確かに感じていた。
それは夏の終わりを告げるような、始まりの予感。両親の故郷、いや、姉と弟の故郷で、何かがはじまろうとしていた。
「兄ちゃん お母さんにそっくりだよね」
「あ? …何してるんだよ」
妹はそう告げると、そっと兄の目の前でじんべえを解き始めた。