Pretty and Cure Valentine

Pretty and Cure Valentine

空色胡椒

『コホン』

 

マイクを通して響いたのはとある少女の小さな咳払い。その音を聞いて集まっていた人々の視線がさっと壇上に立っている彼女へと向けられる。その視線を受けながらも臆することなく、少女は微笑みを浮かべながら、口を開いた。

 

『皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。私がご用意させていただきましたこの場、是非とも皆様が存分に楽しみ、活用していただけたらと思いますわ。長い挨拶もいいですが、皆様待ちきれないと思いますので、本イベントのリーダーから開始の挨拶をいただきたいと思いわすわ。いちかちゃん、お願いしますわ』

 

そう言って彼女、四葉ありすが横にずれ、1人の少女がマイクの前に立つ。ありすと違って若干の緊張は見て取れるものの、その表情からは楽しみで仕方がないという気持ちが見て取れる。彼女の後ろに並ぶのは数名の少女たち。いずれもお揃いの衣装を身に着けており、マイク前に立った少女を見守るように、それでいて楽しむように見ている。

 

『皆さん!宇佐美いちかです!こんな大きな場所で、みんなと一緒にスイーツづくりができるなんて、すっごく嬉しいです!みんなも待ち遠しいと思うので、早速始めていきたいと思います!キラパティプレゼンツ、プリキュア大バレンタイン準備会!レッツラ・クッキング!』

 

最後に彼女の名の通り、テンションが上がったのかピョンと飛び上がりながら音頭を取ったいちかの声に、その場に集まっていた彼女達プリキュアとなる少女たちがイエーイ!と盛り上がるのだった。

 

そう、本日はバレンタイン前日。プリキュアたちみんなで一緒に、バレンタインスイーツを作ろうという大規模な規格である。

 

───────────

 

事の発端は数週間前。キラキラ☆プリキュアアラモードのメンバーたちのお店、キラキラパティスリーに数名のプリキュア達が偶然客として訪れたことだった。

 

「お待たせしました~。キラパティ名物、今週のアニマルスイーツ!今日はこれ、カンガルーカップケーキ!召し上がれ」

「待ってました。キラパティのカップケーキ、ずっと気になってたんだ」

「すっごい美味しそうだね、奏!いただきま~す!」

 

そう言ってトレーに乗っている2つのケーキを受け取ったのは南野奏、スイートプリキュアの1人であり、実家がカップケーキショップ・ラッキースプーンを経営している。その隣でワクワクした表情でケーキを早速ほおばっているのはその相方、北条響、同じくスイートプリキュアの1人。今日はメイジャーランド出身組が帰省中であるため、2人だけでの訪問である。

 

「うわぁ~!奏での作るカップケーキとはまた違うけど、すっごく美味しいよ!」

「動物をモチーフにした飾り付け、やっぱりすごく可愛いな。でも見た目だけじゃなくてちゃんと使われているものに合うように、ベースのケーキも工夫されてるんだよね?ちゃんと美味しさと見栄えを両立させているの、改めてすごいなぁって思う」

「いやぁ~、そんなに褒められると照れますぞ~」

 

かぶりついた正直な感想を述べる響と同じく作る側からの視点から評価点を伝える奏。それを伝えられたアニマルスイーツの原案を基本的に担当するいちかが嬉しそうに頭をかいた。

 

「でも、ほんとに美味しいよ!あたしの家族もキラパティのスイーツ大好きだもん」

「いつも厳しいマナのお祖父さんも、ここのスイーツを食べると笑顔になるしね」

「ええ。わたくしも、何度も食べたくなる美味しさですわ」

 

そう言うのは別のテーブルでケーキを食べている3人組。相田マナ、菱川六花、四葉ありす。ドキドキプリキュアのメンバーであり、幼馴染トリオである。なお、売れっ子アイドル剣崎真琴はお仕事中、小学生の円亜久里は祖母の茶道教室のお手伝いをする関係で本日不在である。

 

「そう言っていただけると、私達も励みになります」

「うふふっ。あの四葉財閥のお嬢様にも認めてもらえているなんて、光栄ね」

「けど、過度な宣伝はやめてよね。今も十分忙しいんだから、これ以上広まりすぎても手が回らなくなっちゃうし」

「うふふ。もちろんですわ。わたくしとしても、今のこの雰囲気を気に入っておりますから」

 

そのテーブルに飲み物を運んできたキラパティの店員、有栖川ひまりと琴爪ゆかり、そしてシエルのアシスタントと言う立ち位置にいるビブリー。ひまりは真っすぐな笑顔でマナと笑顔を交わし合う一方で、ゆかりは少々含みのありそうな笑顔でありすを見る。とはいえそこに深い意味はない。あくまで事実として、世界に名を轟かす四葉財閥のお嬢様を自分たちのスイーツが満足させることができたこと、そこに対する自信も喜びもある種のプレッシャーも、すべて飲み込んだうえでの表情なのである。一方少々とげとげしい態度のビブリーであるが、それが彼女の素であり悪意はないことはみなわかっているので、安心させるようにありすは了承の意を伝えた。

 

「はにゃ~、どのスイーツも可愛さ増しましで、全部紹介したくなっちゃうよ~」

「うん。食べるのが、ちょっともったいない」

「私も飾りつけにはこだわりのある方だが、こんなにも老若男女問わずに心をつかむようなスイーツのデザインはそう中々思いつかないな。これを1つだけでなく、あんなに沢山思いつくあたり、本当にすごい発想力だ」

「デリシャスマイル~!プリンもアイスもマカロンもパフェもドーナッツも、全部美味しい~」

 

「いやぁ~褒めてもらえるのはすっげー嬉しいんだけどさ。ほんとにすごい量食べるんだな、ゆいは。ルールーやプリキュア5のみんなといい勝負かもな」

「C'est bon!こんなに嬉しそうに食べてもらえたら、パティシエとしても、スイーツとしてもこの上なく嬉しいことよね」

 

そしてまた別のテーブルから聞こえてくる賑やかな声。和実ゆい達デリシャスパーティプリキュアもまた、アニマルスイーツに感激したりほおばったりと満喫しているのだった。ゆいの様子を見てやや苦笑気味の立神あおいに対して、隣に並んでいるキラ星シエルは満足そうにうなずいている。

 

特に示し合わせたわけではない、なのにどうしてか今日はプリキュアのお客さんが集まっていたのだ。

 

「あたし、ドッグチョコレートとタートルワッフル1つ追加で!」

「って、ここで追加注文!?」

 

「ふふっ。ゆいちゃん本当に美味しそうに食べてくれるから、見てて気持ちいいよ。はい、お待たせ」

「ドッグチョコレートとタートルワッフル。注文されるかもしれないと思って焼いておいて正解だったな」

「あきらさん、ありがとうございます。リオも客のことよく見てるんだな。というかわざわざ新しいのを焼いてくれたのか?」

「ま、折角店内で食べるんだったら、ワッフルはアツアツの方が美味しいだろ?大したことじゃない」

「そっか。サンキュー」

 

ゆいが追加で頼んだスイーツを運んできたのはキラパティ話題のイケメンコンビ、剣城あきらと黒樹リオ。食べるのに夢中になっているゆいに代わってそれらを受け取ったのはデパプリチーム唯一の男子、品田拓海。彼も料理やスイーツを作るのは得意であるが、ここのスイーツからは学ぶことが多いため、ゆいが頼んだものを少しずつもらっているような形で味わっているのだった。

 

そんな賑やかで和やかな雰囲気の中、チョコレートを口にしたゆいがふと放った言葉が全てのきっかけだった。

 

 

「あ、そういえば。拓海、今年のバレンタインはどんなチョコがいい?」

 

──────────

 

「な、なんだよ急に!?」

「急かな?毎年バレンタインとホワイトデーでチョコレートの交換っこしてるし、折角なら拓海の食べたいものを用意しようかなって思ったんだけど」

「いや、今ここでする話か!?」

 

唐突に話を振られた拓海が思わず赤面しながら立ち上がってしまう。今の発言は周りに対して、ゆいが拓海にチョコレートを上げることが確定事項であることを告げているようなものである。もちろん、拓海としては嬉しい。そういう意図で渡されたものじゃないとしても、意中の幼馴染からチョコレートをもらえることも、そのお返しとしてホワイトデーに自分があげたものをとても幸せそうな表情で食べるのを見ることも、どちらも嬉しいことには違いない。とはいえこの場で─知り合いのプリキュア達が何人もいる中でされる話だとは思っていなかったのだ。

 

慌てて周りを見ると反応は様々である。何やら赤面しているのはひまり・あおい・六花・ここね。キラキラした目をして見ているのはいちか・シエル・奏・マナ・らん。何やら微笑ましいものを見ているようなのはあきら・ありす。シラーっとした目を向けているビブリー。そして面白そうなものを見つけたと言わんばかりのゆかりとあまね。

 

「ふむ、そうだ。折角だから私もバレンタインに君に何か用意しようではないか」

「は?」

「なんだ?それとも私からの物は不満か?ゆいから以外は受け取るつもりは毛頭ないと、そういうことか?」

「いや、別にんなこと言ってないけど!?というか急になんだよ、菓彩まで」

「別に不思議でもないだろう?私とて君とは友人であり、君に世話になってきたんだ。感謝の気持ちとして、チョコレートの1つを送っても不思議ではないだろう?」

「あ、じゃあじゃあ、ここねちゃんとらんちゃんも一緒に、みんなで拓海にあげるチョコ作ろうよ!」

「え?」

「はわっ、らんらんたちも?」

「うん!みんなで作ったらきっと楽しいし、拓海だって貰ってうれしいよ。ね?」

「え?いや、そりゃまあ嬉しいけど」

「だよね!じゃあ、みんなで作っちゃおう!」

 

「バレンタインかぁ…私も王子先輩に作ってあげたいなぁ」

「奏でも作るの?私の分もある?」

「もう、そりゃ作るつもりだけど…あ、そうだ。響も一緒にどう?お父さんにあげる分とか」

「あ~…確かにお父さんにもあげた方がいいよね…たまには作ってみようかなぁ。奏~手伝って」

「そういうと思った。どうせならエレンとアコも誘ってみよ?アコも奏太に送る分が必要だと思うし」

 

「バレンタイン用のスイーツ、新しいの何か考えたいなぁ」

「やはり定番のチョコレートを使った、新しいアニマルスイーツ…でも、それだともうドッグチョコレートが」

「けど、お店の分もいいけど、学校でも配れるようなのもいいんじゃないか?」

「そうね。この季節だとお客さんも大勢来るのが予想できるわけだし、あまり凝ったものだと提供できる数に限りが出ちゃうわ」

「まぁ、まだ先のことだし、一旦それぞれでアイディアをまとめて、それを持ち寄ってみるのもいいんじゃないかな?」

「Très bien!ピカリオにももちろんあげるわね!」

「いや、俺はいいから。キラリンは客のこと考えとけよ」

「そう言いながら、本当は欲しいくせに。素直じゃないわね」

「お前にだけは言われたくないよ」

 

あちこちでバレンタインに向けての話で盛り上がる。そんな様子を見ていた相田マナ、彼女はうずうずしていた。それはもう、プリキュア達が集まってバレンタインのために思いを込めてチョコレートを作ろうと話しているこの光景に、わくわくしていた。

 

「愛の交換っこ、いいね!胸のキュンキュン、止まらないよ!あ、そうだ!」

 

ここで何かを思いついたらしいマナが立ち上がってその場にいるみんなに声をかける。

 

「ねぇ!みんなで一緒にやろうよ!」

「へ?」

「みんなで一緒に?」

「うん!プリキュアみんなで集まって、一緒にバレンタインスイーツ、作ろうよ!」

 

────────────

 

と、相田マナの鶴の一声によって動き出した四葉財閥の特大キッチン、そしてひいこら言いながらもしっかりと全員とのスケジュール調整を見事にこなした菱川六花の協力によって、この場が設けられることとなったのだった。

 

今回参加しているのは総勢80名、キュアブラックからキュアマジェスティ、エコー、シュプリーム、プーカが参加している。ちなみに今回は男子禁制ということで、キュアウィングことツバサは不参加である。それにしてもとんでもない人数であることに変わりはない。

 

『今日はみんなでたくさんスイーツを作っちゃいましょう!あんまり経験がないって人もいるかもしれないけど、私達キラパティのメンバーと、何人か得意なメンバーがいるから、しっかりサポートするよ。いろんなスイーツのレシピと材料がエリアごとに用意されてるから、興味あるものに挑戦してみてね!』

 

そう案内されたことで、早速あちこちのテーブルに分かれたプリキュア達が動き出す。チョコレートはもちろん、クッキー、マドレーヌ、カップケーキにマカロン。色々なメニューに合わせたセットが用意され、講師陣のメンバーがそれぞれついている。あっという間に会場は楽しそうな少女たちの声で溢れた。

 

 

「そ~っと、そ~っと…完璧なのです!ぴったり測れたのです!」

「えみるは随分と丁寧だね。響とかエレンとかなら、結構感覚で行きそうだけど」

「お菓子作りは実験のようなものと聞いたのです!実験はちゃんと分量と手順を守らないと大変なことになるのです。それはつまり、スイーツづくりも同じことなのです!」

「えみるちゃんのいう通りです!スイーツは科学!でもだからこそ、初めて挑戦するものでもこのレシピ通りに手順を踏めば、ちゃんと素敵なものができます」

「茶道にも正しい作法というものがありますが、お菓子作りもまたそれと同じ。しっかりとこなしてみせますわ」

「あ、亜久里ちゃん。そこまで力む必要は、ないんですけどね。丁寧さも大事ですけど、何より大切なのは食べてもらう人のことを想いながら、楽しむように作ることですから。みのりさんはどうですか?」

「興味深い。スイーツの一般的なレシピはもちろん知ってたけど、アニマルスイーツはキラパティのオリジナルだったから。生産効率だけじゃない拘りや妥協のないポイントをこうして知ることができたのは、とても貴重」

「楽しんでもらえているなら、私も嬉しいです。でも、レシピを眺めているだけじゃわからないこともあります!だから、どうせなら一緒に作ってみましょう!」

「見るだけじゃわからない…そうだね。やってみる」

 

 

「Bon! やるわね、ローラ、ユニ。2人共すごく器用じゃない」

「ふふん。女王として恥ずかしくない程度にいろんなスキルを身に着けてきたもの。もっと褒めてもいいのよ?」

「まぁ昔取った杵柄ってやつ?怪盗時代の名残とか、潜入で執事っぽいことしていたし。手先は確かに器用になったわね。それにしてもこれ、なかなか面白いニャン」

「よぉーし、私だってココ様、ナッツ様に喜んでもらうためにも、負けてられないんだから!ってあれ、器具がひとりでに…」

「はー!見て見てシエル!魔法を使えば泡立ても簡単だよ!」

「って!ちょっとそれいいの!?」

「Pas de problème よ。私だって、キラキラルを使えば…Voilà! いい感じでしょ?」

「…もはやなんでもありニャン」

「いや、私達は真似しようと思ってもできないから、ちゃんと普通に教えなさいってば!」

「おっとっと。Désolé くるみ。ことはも、魔法もいいけど自分の手で作ってみるのも楽しいわよ。一緒にやりましょう!」

「わかった!なんだかわくわくもんだね!」

 

「プリムさん、プーカ。どうですか?」

「ひかり!生地をこねるのって、なんだかすっごく面白いプカ。このさわり心地、気持ちいプカ~」

「前にソラ達と行動した時にも思ったけど、人間って、食べ物一つ作るのにも時間がかかるものだね。僕の力を使えば、完成したものを一瞬で用意できるのに」

「確かに効率を考えたらそうかもしれませんね。でも、プーカが生地をこねるのを楽しんでいるみたいに、作っている手間そのものを楽しむのも、料理の魅力というもののようです。今回プリムが作るのはクッキーですから、好きな形に生地を整えてみませんか?わたくしはのどか達に配る分をラテの姿にできればと思っているのですが…」

「好きな形…ふ~ん」

「プカプカ♪…?プリム?」

「じゃあ、僕はお前の形にしようかな」

「プカ?」

「素敵ですね、プリムさん!アイシングもありますから、折角ならあとで色も付けちゃいましょうか」

「あぁ…それもいいな。うん」

「わたくしも出来上がりが楽しみです。ラテも見たら喜んでくれるでしょうか?」

 

 

「およ~…なかなか難しいルン」

「確かに。マカロンってすっごい難しいって聞いてたけど、想像以上だね。すごいね、ゆかりちゃん」

「ありがとう。でも、私だって最初は上手くいかなかったわ。割と何でもそつなくこなせるほうだったけど、これは何度も失敗したもの」

「ゆかりさんが?なんだかますます燃えてきちゃうわね。アタシだって、きっと完璧にマスターして見せて、和希を驚かせちゃうんだから」

「そうね。私も、いつもお世話になっている爺やや仲間たちのためにも、たまには頑張りたいもの」

「うふふ。その熱意があれば、できるかもしれないわね」

「ルン…やっぱり、もう少し簡単なものにした方がいいルン?」

「それも確かに一つの方法よ。けど、本気で作りたいなら、他にも取れる手段があるはずよ?」

「他の手段、ルン?」

「もう。そんな変ないい方しなくてもいいんじゃないの?ララルン…最初にいちかちゃん言ってたでしょ?しっかりサポートするよ、って」

「あ…ゆかり!一緒に、作って欲しいルン!」

「うふふ、よくできました。隣でやって見せるから、しっかり見てて」

「ルン!」

「なんだかんだで、ゆかりさんってララのこと気に入ってるみたいね。いいコンビだわ」

「そうね。でもちょっと、かれんさんとくるみ…というか、ミルクと似た感じする気がするわ」

「えぇ?そうかしら?」

「ちょっとね。性格は結構違うけど、雰囲気がそんな感じする」

 

 

「…とまぁ、こんな感じだ」

「へぇ~。奏のデコレーションは色々見たことあったけど、あまねも凄いわね」

「ふふ。そう褒めてもらえるのは嬉しい。エレンは確か、ギターを嗜んでいたな?であれば、指先もそれなりに器用そうだ。折角だから色々教えようか」

「いいの?ありがとう!」

「わ、私も。精一杯がんばって、ラブやお母さん達にも届けたいから」

「技術はもちろんあって損はないが、一番は誰かを思う気持ちだ。せつなはちゃんとそれを持っている。だったら大丈夫。きっといいものが作れるさ」

「同意。誰かに物を贈るとき、一番重要なのはギュイーンとシャウトするハート。アンドロイドでも沢山の心をこめられることを見せちゃいます」

「自分で作ってみるというのも、面白い経験ですわね。お兄様、喜んでくださるかしら」

「そうか。君にも兄がいるのか?私にも双子の兄がいるが、去年2人の誕生日を祝ったらとても喜んでくれたよ。君の兄も、必ず喜んでくれるさ」

「そうですわね。ただ、一番喜ぶのは他の人からの物かもしれませんが…」

「?あぁ、なるほど。そういうことか。それも見守りがいがありそうだ」

「ええ。少し複雑なところもありますが、わたくしもちょっと楽しみにしていますの」

 

トワとあまねが視線を向けた先には隣り合っている2つのテーブル。そこでもお菓子作りに奮闘するプリキュア達の姿があった。

 

「なんだかあの一角だけ、やたらと雰囲気が甘酸っぱい感じするわね」

「そうね。エレンはそういうのないの?確かえ~と、王子先輩だっけ?」

「あ~、そっちは奏が気合のレシピを見せるって張り切ってたから。私もそりゃ確かにお世話になったけど、今は奏を応援したいかな。そもそも響たち以外にも音吉さんや三銃士にも用意する予定だし。せつなは?」

「そうね…サウラーとウエスターにもちゃんと用意してあげないとダメよね。ウエスターとか、多分他の人が貰っていて自分の分がないってなったら、いい年してすごくショック受けそうだし」

 

そんなエレンとせつなの会話をよそに、いちかとゆいがサポート役として配置されているテーブルも各々のスイーツが出来上がるのを見せ合いながら盛り上がっていた。

 

「はるかちゃんすごい飾りが丁寧!私も負けてられないなぁ」

「えへへ、ありがとういちかちゃん。実家が和菓子屋さんだから、ちょっとこういうのやったことあるんだ。綺麗なお花の形にできて、嬉しいな」

「いいなぁ、形を綺麗に整えられてて。私はどうにも細かいことは苦手だからなぁ」

「そう?なぎさ先輩のそれ、サッカーボールのイメージでしょ?イケてるじゃん」

「ほんと!?」

「ほんとほんと」

「うんうん。なぎささんの想いがこもったスイーツ、絶対喜んでもらえるよ!」

「そういえば、ほまれちゃんとのぞみちゃんのそれっていちかちゃんのアニマルスイーツ?う~ん…リスと、ハムスター?」

「あえっ?いや、その…折角こういう形にするのが得意ないちかちゃんと一緒に作れるんだし、ココをイメージしたスイーツにしてみようかな~って」

「わ、私は別に…ただ動物ってきゃわたんだし、どうせ作るならそういう感じのにしたいと思ったらたまたま思いついただけっていうか…」

「ふふっ。よーし!頑張る2人のためにも宇佐美いちか、ばっちり素敵なスイーツが作れるように、サポートしちゃいますぞ」

「そういえば、いちかは誰か特別な相手はいないの?」

「えぇっ、急に私の話!?そ、そうだな~…特別…特別かぁ…はっ!いや、あはは~」

 

 

「なんだかあっちも盛り上がってるね。私も頑張らないと!」

「あちらはみんな、あげたい特別な誰かがいるみたいですから、そりゃもう盛り上がっちゃいますよ」

「ふふっ。そうはいうけど、2人もいるんでしょ?特別な誰か」

「えっ?あはは…うん。そうだね。今まであんまり深く考えてこなかったけど、ちゃんとそばにいてくれた分のありがとうを、誠司に伝えたいから」

「えへへ。私もおんなじです。夢を後押ししてくれて、つらい時にはそばに寄り添ってくれた。私のために本気で怒ってくれるシロップに、ありがとうを届けたいんです」

「いいじゃんいいじゃん!なんだかそれって、すっごくトロピカってる!」

「ありがとうを伝えたいか~。きっと2人の気持ちのこもったスイーツ、すっごく美味しくなるんだろうな~。うぅ~、ちょっとはらぺっこってきた…」

「そういえば、ゆいちゃんはやっぱり拓海君にあげるんだよね?」

「へ?うんそうだよ。いつもは拓海が色々作ってくれるけど、バレンタインデーくらいは感謝の気持ちをあたしが届けたいから。のどかちゃんは?」

「うん。私も拓海君にあげようかなって」

「へ?」

「あ、実はあたしも~」

「まなつちゃんも?」

「いやぁ~、トロピカル部のみんなや家族にはもちろんあげるつもりだけどさ~。前にお兄さんとは一緒に戦ったこともあるし、お世話にもなってるし、折角ならと思ってさ~」

「私も、そんなところ、かな。あんまり同い年位の男の子で仲いい相手いないし、拓海君もお料理上手ならいろいろ感想も聞けるかなって」

「そっか。まなつちゃんとのどかちゃんも拓海にあげるんだ。あまねちゃん達も上げる予定だし…拓海、喜ぶよね」

 

ほんのちょっぴりはらぺこった気持ちとは違う何かを感じたゆい。ふと一瞬だけ頭に浮かんだ選択肢に戸惑ういちか。講師組2人の戸惑いはともかく、目の前にいる少女たちは思い思いに贈る相手のことを想いながら、話し合いながら作り上げていく。

 

(拓海がみんなに貰えることはいいことで、嬉しいこと…そう思ってるのに…なんだろ?)

(キラパティのみんなとも交換する約束をしてるし、それと一緒に用意するのはおかしくない、よね?)

 

その戸惑いの気持ちにほんのわずかに首をかしげる2人。ただ、それでも周りを見渡せば、心を込めたスイーツが作られていく中で、みんなが見せているのは楽しそうで、幸せそうな顔。

 

「うん。ぐるぐる考えるのはまた後で!スイーツづくりは楽しまないとそんだもんね」

「そっか。そうだよね!ご飯は笑顔、それと同じでスイーツだって笑顔がいっぱいだもん」

「ゆいちゃん!私達も喜んでもらえるような素敵なスイーツ、作っちゃおう!」

「お~!」

 

「なんだ。どうやらゆいも少しは自覚した…のだろうか?このイベント、思ったよりもいい刺激になったみたいだな」

「肯定。あのゆいといちかの様子…96%、ほまれがハリーを想う時の様子に一致します」

「「アンドロイドってそんなことまでできるの!?」」

 

 

「うふふ。面白いことになりそうね」

「わぉっ。ゆかりちゃん、悪い顔してるな~。からかうのもほどほどにしておいてあげなよ?あの感じ、多分初めて意識したって感じするし」

「あら、だからこそ面白いんじゃない。それに、なんだか癪なのよね。いちかがついに取られると思うと」

「およ~…ゆかりはいちかのことが大好きルンね」

「そうね。いちかを可愛がる機会も減ると思うと少し残念だから、しばらくは代わりの子を可愛がることにするわ」

「?代わりって…お、およ~。ゆかり、その撫で方…なんだかふわふわするルン~」

 

そんなやりとりもはさまれながらも、講師組の協力を得ながら、プリキュア達は思い思いのスイーツを完成させることができた。並んだ数々のスイーツを目にしたシエルには、部屋を満たす沢山のキラキラルがはっきりと見えていた。

 

──────────

 

翌日、つまりはバレンタインデー当日。

 

プリキュア達は皆、自分たちの作ったスイーツを贈っていた。

 

「みらい、リコ!これ、食べて!」

「ありがとう、はーちゃん!私からも、ほら!モフルンのもあるよ」

「わ、私もちゃんと作ったんだから。はい」

「モフ~、甘い匂いがいっぱいモフ~」

 

互いのために作ったものを交換し合う者─

 

「お母さん、お父さん…これ、どうぞ」

「えへへ~。あたしとせつな、2人からだよ!」

「まぁ。ラブ、せっちゃん。ありがとう」

「ああ。本当に嬉しいよ…ところで、せっちゃん…後ろで泣いている彼は?」

「気にしないで。ちょっと大げさなだけだから」

 

─大切な家族に渡す者─

 

「プカ~♪」

「随分ご機嫌だね」

「プカ!プリムからもらったスイーツ、嬉しいプカ!」

「そう…まぁ…僕も、お前がくれたこれ、大事に持っておくことにするよ」

「さすがにダメになる前には食べるプカ」

 

─初めての経験に心躍らす者─

 

「あの…藤P先輩…ここここ、これっ!その、良かったらで、いいんです、けど」

「ありがとう、美墨さん。嬉しいよ。見てもいいかな?」

「あ、その。初めて挑戦したから、ちょっと不格好かもしれないですけど、それでも美味しくなるよう気持ちは込めましたから!」

「これって、サッカーボール?これを手作りしてくれたんだ…なんだかちょっと、感激だな」

「そ、そんな大層なことでもないですけど…でも、喜んでもらえてよかったです」

 

─そして心に決めていた特別な相手に渡す者。

 

プリキュアの想いとキラキラルが沢山詰まったそれらのスイーツは、食べた人みんなを笑顔にした。その日、あちこちにレシピッピたちが嬉しそうに、楽しそうに舞っていたのは言うまでもない。

 

 

さて、キラキラパティスリーもバレンタインという日はやはり大忙しであり、予め想定されていた分以上にお客さんが来て大盛況であった。前日お休みにしていたことも恐らく影響していたであろうが、彼女たちに後悔などなかった。スイーツが、キラキラルが沢山の場所で笑顔を与えていることを確信していたのだから。

 

その日の営業が終了し、片付けもしっかり済ませた後はもう帰るのみ。そんな中でキッチンに残っていた人影がいた。

 

「ったく、キラリンのやつ。用意があるからいいというまでここで待てって…なんだったんだ?」

 

シエルの双子の弟、リオ。何やら意味深なウインクを残しながらビブリーと先に帰って行った姉のことを思い返しながら一人ごちる。と、既に他の全員が帰ったはずのキッチンの扉が開く音がして、そちらに視線を向ける。

 

「いちか?」

「あ、リオ君」

「どうかした?忘れ物?」

「えっと…そんな感じ、かな?」

「なんなら俺も探すの手伝うけど…」

「あ、ううん。そういう忘れ物じゃなくて…やり忘れ、かな」

「?」

「リオ君、ちょっとそこで待ってて」

「うん?」

 

キラパティの冷蔵庫にはお店用のエリアと個人用のエリアが用意されている。個人用にはお店に出すためじゃない試作品等が入っているが、そこへ向かったいちかは中から白い箱を取り出す。

 

「あのね、リオ君!これ、リオ君に食べて欲しいんだ!」

「俺に?」

「うん!」

「…試作品の評価をして欲しいってことか?」

「えっと…違うよ。これは…リオ君のために用意した、バレンタインのスイーツだから」

 

そう告げたいちかの頬は甘いいちごのような色で、普段の彼女からは想像できないものだった。その様子に戸惑いながら、リオはその箱を受け取りそっと蓋を外す。

 

「これって…俺?」

「うん。ピカリオカップケーキ。カップケーキはリオ君が初めて私に上手な作り方を教えてくれた、特別なスイーツだから。あの頃はまだジュリオだったけど、でもリオ君の教えがあったから私はもっと沢山の人を笑顔にできるスイーツが作れた。それに、リオ君には結果的に沢山助けられたし。だからこのカップケーキには宇佐美いちかの感謝の気持ちがいっぱいですぞ」

「そっか。ありがとう、いちか…」

「う、うん」

 

ふわりと微笑んだリオの様子に思わず少しの照れを見せるいちか。一方リオの方はバレンタインにカップケーキを贈ったいちかに少々驚きこそしたものの、深く考えないようにしていた。だって、その意味が込められているなんて、自惚れでしかないだろう。とりあえず食べるためにお皿とフォーク、そして念のためにナイフを準備する。

 

「食べるのが少しもったいないくらいだな。せめて写真は残さないと」

「あ、あのね!」

「?どうかしたのか?」

 

再度大きな声を上げたいちかに驚くリオ。いちかはというと視線をあちこちせわしなくさまよわせており、落ち着きがない。どうしたのだろうと首をかしげるリオだったが、続いたいちかの言葉に固まる。

 

「実は、カップケーキにしたのはもう一つ理由があって…その、バレンタインデーに贈る意味…それも込められてるから」

「…え?」

「だから、その…みんなにはチョコレートを用意してたけど、宇佐美いちかが贈るカップケーキはリオ君にだけですぞ」

「ねぇ、いちか。俺、自惚れちゃいそうなんだけど?」

「それ、自惚れじゃないかも…って言ったら?」

 

そっとリオはカップケーキの土台の包みをはがし、ナイフを飾りのないその箇所に入れ、下の部分を少しだけ切り取った。それを指でつまんだ彼はいちかに近づき、そっとそれを彼女の唇へと当てる。

 

「ちゃんとしたものは来月用意するよ。ただ…今はこれが、俺の答えだ」

 

そう言って軽くそのカップケーキのかけらをいちかの口へと押し込んだリオは、その甘さに負けないような微笑みをいちかへと向けたのだった。

 

「ぁ…うんっ!楽しみにしてますぞ」

「じゃ、一緒に食べるか。そのあと送ってく。流石に暗くなってきたし」

「うん!」

 

カップケーキを贈る意味─『あなたは特別な人』。2人を繋ぐきっかけとなったのが子のスイーツだったのも、もしかしたら、運命的だったのかもしれない。

 

 

そして同じ頃─

 

「「ただいま」」

 

そう同時に声をかけたのは拓海とゆい。とは言ったものの、ゆいは家の冷蔵庫へと向かって目当ての箱を取り出すと、そのまま拓海の後に続いて彼の家へと入っていった。

 

「拓海、みんなからもらえてよかったね」

「芙羽たちからはなんとなく貰えるかもとは思ってたけど、まさか夏海と花寺からももらえるとは思ってなかったけどな。にしても、家についてから渡すって…なんかあったのか?」

「え?ううん、そんなことはないんだけど…」

 

ゆいが拓海についてきたのは外でもなく、今年の分のバレンタインの贈り物をするためである。ただ、いつもであればその日最初に会った時にすぐ渡していたゆいが、今日は帰ってからにすると言ったことが、拓海には少しだけ引っかかっていたのだ。

 

例年であれば、「拓海、はいこれ!」と簡単に渡してきたゆいが、今日はなんだか様子が違う。持ってきた箱を手に、一度小さく頷くようにしてから、ほんの少し真剣そうな視線を拓海へと向ける。

 

「拓海、あのね!いつもありがとう!」

「お、おう?」

「あのね、毎年バレンタインにお菓子をあげる時、ありがとうって気持ちは込めてたけど、今年はちょっと違うっていうか…上手く言葉にできないんだけど、もっと沢山の気持ちを込めたんだ」

「ちょっと違うって?」

「あたしね、拓海がいつも助けてくれたり、見守ってくれたり、すごく嬉しかったんだ。でもね、あたしがプリキュアになって、拓海がブラペになって…色々あった中でわかったんだ。あたしが思ってた以上に、拓海はあたしのことを大切に思ってくれてたんだって。門平さんのこともあってあたしたちに秘密にし続けなきゃいけなくても助けてくれて、あたしがしたいと思ったことを尊重してくれて、最後までずっと勇気をくれた。だから、拓海がくれた沢山のものに、あたしも応えたいと思ったから、今年のスイーツを作ったんだ」

「そっか。ありがとな、ゆい」

「ううん。あたしの方こそだよ。ありがとう、拓海!あ、今年のは拓海一人で食べてね!あたしに分けるのも禁止!」

「お、おう。珍しいな。じゃ、見てもいいか?」

「う、うん」

 

ゆいが見守る中、拓海がそっと箱を開く。そこに収められていたのは白いケーキ。しかしただのケーキではなく、ブリムのような装飾と、ブラックチョコレートのリボン。羽のような形に整えられたクリームの根元には、クッキーで作られたピンクのハートと緑の石。ブラックペッパーの帽子を模した一人用サイズのケーキが、そこにあった。

 

「すごいな、ゆい」

「うん。いちかちゃんにも手伝ってもらったんだけどね」

「そっか。じゃあ早速食べてみようかな」

「あたしのが最初でいいの?」

「ああ。ゆいからのが最初に食べたい」

「…そっか。じゃああたし折角だからコーヒーでも入れてくるよ。一緒に飲んでもいい?」

「それもいいな。けど、本当にオレ1人で食べていいのか?」

「うん!あたしからの気持ち、全部受け取って欲しいから」

 

そう言ったゆいの浮かべた表情は、いつもの満面の笑みに加えて、今までにない甘さがちょっぴり含まれていたのに、向けた本人も、向けられた本人もまだ気づかずにいた。けれども、一緒にコーヒーを飲んだこの時間は、2人にとって、とても特別なものになったことには違いなかっただろう。そう証言したのは、彼女たちのもとにきたコーヒーとケーキのレシピッピだったのだから。

 

「あ、拓海。付いてるよ、クリーム」

「え?マジか?」

「うん」

 

少女の指が伸びて、自然と少年の唇の端についたクリームを拭い取り、流れるように自分の口へと吸い込まれた。

 

「えへへ。ちょっとだけ、貰っちゃった」

 

少年の頬が真っ赤に染まっていたことは、そして少女の方もまた頬を染めるようにはにかんでいたことも、言うまでもないことだろう。

 

 

A Happy Valentine’s Day to All.

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