Portrait of the headmaster
requesting anonymityヴォルデモート卿との戦いにハリー・ポッターが勝利した直後の大歓声と大興奮がやっと落ち着いてきたホグワーツ城では、各国からの援軍もホグワーツの皆もホグズミード村の人々も、そして闇の帝王と決別する事を選んだ少数の元死喰い人たちも、国も世代も所属も関係なく混ざりあって犠牲者を悼み、負傷者を治療し、重症者を救命し、酷い有様のホグワーツ領内を片付け、そして何より勝利を祝っていた。
誰もがどこかしらに傷を負っており、かなり重篤に見える者も、足を引きずっている者や立ち上がるのが苦しいらしい者も横になったままの者も居るが、家族や友人の死を悼んでいる人々も含めて皆、朝の陽光に照らされていた。
「『アバダ・ケダブラ』って傷ひとつ残らない筈だろ?………君のそれは例外としてさ。なのにあんにゃろ塵になっちまったのはどういうわけなんだ?」
そう言ったロンはハリーとハーマイオニーと3人で丸く座り込んで、ヴォルデモートの話をしていた。ヴォルデモートの事をこんなにも気楽に話題にするのは、3人とも初めてだった。
「さあ?……………分霊箱をいくつも作って魂がズタズタだったからじゃないか?」
ハリーは興味なさそうに返す。
「フリットウィック先生とかなら学術的観点から興味を示すかもしれないけど、今となっては、どうでもいいことだわ」
ハーマイオニーのその発言にはロンもハリーも同感だった。
グレイバックに危うく殺されかけたラベンダー・ブラウンは、マダム・ポンフリーに医務室から出ていいと言われて皆の歓喜と追悼の輪の中に加わったものの、どうやら異常に鼻が利くようになったらしく、自分自身の香水の匂いに耐えられなくなって困り果てていた。ラベンダーは呻き悶えたあと杖を自分に向け「拭って」「清める」。
「テルジオ!スコージファイ!…………ああもぅ……もう!!!まさか持ってる香水全部捨てなきゃいけないの…………?」
そして、そんなラベンダーの傍を1人の「すごくいい匂いの女の子」が通りかかる。
ハリー・ポッターの杖捌きを上回る速度で反射的に振り向いたラベンダーは、その女の子が誰かをその目で確認して驚愕するものの、直ぐに飛びついて話しかける。
「ルーナ!ルーナ・ラブグッド!!あなた、香水なに使ってるの?!!!」
相手の勢いに圧されて戸惑うルーナというのは友人達にとってはかなり珍しい光景であり、周囲のホグワーツ生の何人かは興味深そうにその光景を眺めていた。
「え、えっと、ママの部屋の棚にたくさんあった『G.W.S.T.』ってやつ。だけどどこで売ってるのか判らないんだ。あたしもパパもたくさん調べたんだけど、どこのメーカーなのかわかんない…………それに残り少なくなってきてて困ってるんだ」
急激に落胆するラベンダーと戸惑うルーナに背後から話しかけたのは、いつの間にかヨレヨレのパジャマに派手なメガネという、見る人が見れば「懐かしい」と言いそうな格好になっていた7年生くらいに見える女生徒だった。
「ねえルーナ、それもしかして装飾だらけの金文字が手書きしてある鳥の形の小瓶に入ってたりするかい?」
見たことがあるかのように言い当てた女生徒にルーナは驚きながら肯定する。
「そうだけど先生、あんたなんで知ってるの?うちに来たことあるの?」
女生徒はニヤリと笑って口を開く。
「そりゃ知ってるさ。だってその香水を作ったのは僕の同級生なんだから。その香水の共同制作者、ギャレス・ウィーズリーとサチャリッサ・タグウッドは今から106年前のグリフィンドールの談話室で、それの最初の試作品を作った。そのあと数ヶ月間色んな香りを試しまくってて、よく実験台にされたからよく覚えてるよ。アルバスが『猫のお腹の匂い』になったりしてね」
ラベンダー・ブラウンは一気に目を輝かせて女生徒に問う。
「サチャリッサ・タグウッドってあのサチャリッサ・タグウッド?!!カエルチョコレートのカードになってる『世界をより美しい場所にした』タグウッド??!」
「そうだよ。そのサチャリッサ。7年生の時点ですでに女の子達から尊敬を集めてた。ねえルーナ、君のお母さんはもしかしたら、晩年のサチャリッサと親しかったのかもしれないね。じゃなきゃこんな学生時代の試作品を所蔵してないよ。…………そもそもアレをずっと持ってたサチャリッサにもびっくりだけど。だからルーナ、そしてラベンダー。その香水が必要なら、そうだね………作り方を教えてあげられるよ」
表情が明るくなりルーナと一緒になって喜ぶラベンダーに、ハッフルパフの男子生徒の腕の傷の応急処置を終えた様子のフレッドとジョージが声をかけた。
「俺達も助けになれるぜお嬢さん。このW.W.W.の新商品『鼻つまみ者の鼻薬』をご覧あれ…………本来はターゲットの顔にスプレーしてやればソイツの嗅覚をしばらく奪っちまえるぜ、って商品なんだが、100倍くらいに希釈して自分に使えばいい感じに鼻をニブらせてくれる。ほら、コイツは希釈済みだ」
フレッドは香水のような噴霧器に入った透明な薬をラベンダーの顔に吹き付ける。
「俺達あくまでもイタズラ用に作ってたんだが………そうかそういう需要があるか。こりゃ新たな金脈を見つけたかもしれないな。『真面目路線』の新展開だ」
ジョージは真剣な顔で考え込んでいる。
「薬の効果を消してまた自分の嗅覚を戻したい時はこっちの黒の小瓶の方を―」
フレッドは丁寧に使い方を説明し「試供品」と言ってまるまる1セット贈呈した。
そして周囲の匂いが気にならなくなったラベンダーはフレッドとジョージにお礼を言い、パジャマ姿の女生徒にもお礼を言い、更にルーナから香る匂いが変わらず心地の良いものである事をその首筋に思い切り鼻をくっつけて確認して喜んでいた。
フレッドとジョージが周囲を見渡してみれば、親しい人の亡骸に涙ながらに勝利を報告する人々や数多くの談笑の輪の中に、いくつもの新たな友情が生まれていた。
マホウトコロの面々が討ち取った敵の首を洗浄して見た目を整えるのを興味深げに眺めているホグワーツの司書イルマ・ピンスの横では、共に巨人の長ゴルゴマスを討ち取ったマホウトコロの女子生徒とダームストラングの男子生徒が寄り添ってお互いの手紙の送り先を交換していた。未だに相手の言葉がよく解らないこの2人はしかし、もはやコミニュケーションに一切の不自由はなくなっていた。
喜びを爆発させる皆からすこし離れた場所で犠牲者を悼む人々の中に、父親の亡骸に話しかけるセオドール・ノットがいた。
「父上がしたことは、許される事ではありません」
ノットは動かなくなった父の顔を石畳に座り込んで見つめる。
「それは同調していた僕も同じです。けれどあなたは最後の最後でノット家の誇りを取り戻した。…………父上は僕の友人を助けてくれた。決して忘れません」
その背後では、どう声をかけるべきか迷っている様子のドラコ・マルフォイが立ち尽くしている。
その周囲には何十人もの犠牲者の遺体が並んでいる。ホグワーツの生徒も、それを助けた大人たちも、各国からの援軍も区別なく安置され、もう開く事はないその目を人々が見つめ、語りかけ、そして何人もの魔法使いが可能な限り遺体の見た目を整えるべく歩き回って杖を振り続けていた。
ルシウス・マルフォイとマクゴナガルの必死の救命によって一命をとりとめ、そして意識を取り戻したイルヴァモーニーの男子学生が目を開け、そこに親なのであろうMACUSAの闇祓いの男女2人が抱きついて泣いている。
「もうしばらく横になっているべきだ。決して起き上がろうなどとは考えるな」
ルシウス・マルフォイが男子学生の目を見て告げる。
「しかし食事は摂るべきですね。おやディーク良いところに。この生徒にスープか何かを持ってきていただけますか?」
杖を下ろしてそう言ったマクゴナガルの傍を通りがかったその屋敷しもべ妖精がそうしているように、ホグワーツの屋敷しもべ妖精達はみんな大張り切りで食事を運び言伝を仰せつかって所狭しと駆け回っている。
遠くに見える丘の上では、ベイン、ロナン、マゴリアンにフィレンツェなどのケンタウルス達と数人の生徒達がマホウトコロの教職員と生徒達が持つ和弓に興味を示し、腕比べなどに興じている。
ハグリッドとミリセント・ブルストロード、そしてダームストラングの大柄な男子生徒は会話を楽しみつつも淡々と瓦礫を撤去している。
オリバー・ウッドとビクトール・クラムは血だらけのマホウトコロの青年を医務室に運んでおり、その2人が通っていった傍ではネビルが友人達に囲まれていた。
「お前は英雄だぜ、ネビル!!」
シェーマスが声を上げ、ジャスティンとパチル姉妹が同意する。まだグリフィンドールの剣を持ったままのネビルは、その瞬間一気に慌て始めて友人達が見慣れた大弱りの表情になる。
「なんだ、どうしたってんだ?ネビル」
ディーンの問いに、青ざめたネビルは言いづらそうに答えた。
「『組み分け帽子』!!僕被らされてたのに、いつの間にかどっか落としちゃった」
歴史的な超貴重品を紛失した事に狼狽えるネビルに、ロンとハリーと一緒に寄ってきたハーマイオニーが背後から話しかける。
「だいたいどっちの方角で落としたのかわかる?ネビル。………………あっち?OK。大丈夫よ。ヴォルデモートもこうしてたんだから………『アクシオ』!!」
たちまちすっ飛んできた組み分け帽子はハーマイオニーの手に収まり、ハーマイオニーにお礼を言ったネビルに向かってそのまま喋り始めた。
「私は間違っていなかっただろう?ネビル・ロングボトム。お前のような生徒こそ、グリフィンドールにふさわしいのだ。お前は類稀なる勇気を示した」
褒められたネビルは困り果てた顔で、ずっと悩んでいた事を帽子に問う。
「ねえ『真のグリフィンドール生だけがグリフィンドールの剣を組み分け帽子から取り出せる』ってダンブルドアが言ってたって聞いたんだけどさ。この剣って、しまいたい時はどうすればいいの?僕こんな貴重なものいつまでも持ってられないよ」
途方に暮れるネビルの顔を眺めるパチル姉妹もジャスティンもシェーマスもハリーとロンとハーマイオニーもディーンもみんな全身傷だらけだったが、笑顔だった。
そこにルーナとラベンダーを連れて、パジャマ姿の女生徒が歩いてくる。
「良ければ僕が校長室に返してくるよ。ハリー、一緒に来てくれるかい?」
何か自分に用があるのだと察して、ハリーは素直に従った。
ニンファドーラ・トンクスが目を覚ましたのは、周囲の部屋と壁、そして天井の一部が大きく破壊されて半ば屋外と化した大広間だった。そこにはマダム・ポンフリーによって「あとは目が覚めるのを待つだけ」と宣告された傷病者が並んでおり、そこから少し離れた、かつては大広間出入り口の扉と壁で廊下と隔てられていた辺りはもう跡形もなく完全に「外」で、そこで大勢の人々が談笑していた。
起き上がろうとしたトンクスは、体が痛くて起き上がれない事と、右手がなにかに固定されて動かない事に気づいた。
担架の上に横になっているトンクスの右手を固く握りしめて硬い石の床に座り込んだまま、リーマス・ルーピンが熟睡していた。
(いきてた…………いきてる…………)
トンクスが状況を把握しようと痛む体を動かして周囲を見回そうとした時、向こうでケイティ・ベルに薬を飲ませていた若い闇祓いの魔女が、それに気づいて駆け寄ってきた。
「トンクス先輩!!!目が覚めたんですね!……………良かったぁ………!!!」
そのままトンクスに抱きついてその胴に顔を埋めたその若い魔女に、トンクスは笑顔で話しかける。
「あんたも……いきてたんだね……けど、せんぱいって……、どうきゅうせいでしょう………?もう………。ねえ、たたかいは……‥…どう…………なったの………?」
トンクスは、自分に抱きついてきたその若い魔女が寝息を立てている事に気づいた。
(えぇ………うそでしょ……もう、どれだけ疲れてたのさ)
「トンクス!!起きたのね!」
そう言ったジニー・ウィーズリーが、母親モリーと共に傍へ寄ってくる。
「私達勝ったのよトンクス!!ハリーがヴォルデモートを倒したのよ!」
「今はみんな、片付けとか怪我人の手当てとか、犠牲になってしまった人たちに報告したりとか、思い思いにすごしてるわ」
2人の簡潔な状況報告に、トンクスは心から安堵して目を閉じ、そしてまた目を開けて、未だ自分の右手を握ったまま眠っている夫を見た。
「かったんだ……よかった…………………。じゃあ、ベラトリックスは………?」
トンクスのその問いに、モリー・ウィーズリーはニッコリと笑う。
「骨も残ってないわ。粉々にしてやったから」
さっき1人でダンブルドアの肖像画と話すために訪れた校長室の前までまた来たハリーは、雛の状態の不死鳥を頭に乗せた巨大なバジリスクがスルスルと近寄ってきたのを見て、自分の隣のパジャマ姿の女生徒に問いかける。
「先生、そういえばこのオミニス君。戦いの途中から見かけませんでしたけど、最後までは参加させなかったのはどうしてです?」
バジリスクを撫でたその女生徒は、ハリーの目を見る。
「戦いの途中で『危ない』って気づいてね。ねえハリー。全ての分霊箱が破壊されてヴォルデモートと最後の決戦をしていたあの時、僕らが一番避けなければならなかった、もしヴォルデモートがそうしようとしたら何を犠牲にしてでも阻止するべきだった『最悪の可能性』が何かわかるかい?………君が負けて死ぬことじゃあ、ないよ」
そう言われて少し考え込んだハリーは、ゾッとするような可能性に気づいた。
「ヴォルデモートが、あの場で新たな『分霊箱』を創る事、ですか。ヴォルデモートは何を分霊箱にするかにとても固執していたけれど、切羽詰まっていれば多少選定基準が緩む事は有りうるし、それを抜きにしてもバジリスクは…………確かに、仰る通りこのオミニス君は、あの場から遠ざけて正解でした」
「分霊箱を創る準備に必要な『良心の呵責無く不必要な殺人を犯す事』なんてあの場ならそれこそどうとでもなるからね。そうだ。やっぱり『オミニス』はトムくんに近づくべきじゃあなかった。僕の予感は正しかった」
ハリーとバジリスクも伴って校長室に入った女生徒を待ち受けていたのは、歴代校長の肖像画全員からの拍手と賞賛の声だった。
入室するなりグリフィンドールの剣と組み分け帽子をそれぞれ所定の位置に戻してから、女生徒はまっすぐに正面の壁の一際大きい肖像画を見る。
「やあアルバス」
ホグワーツで最も偉大な校長アルバス・ダンブルドアは額縁の中から微笑んでいた。
「おひさしぶりです、先輩。よく、よくホグワーツに戻ってきてくれましたな。お陰で大勢の命が助かりました。生徒たちを守ってくれたこと、深く感謝します」
「守れなかった子が大勢居るのに、褒め言葉なんか受け取れないよ。アルバス」
そう言ったその女生徒にハリーが声を上げる。
「先生が居なかったら、ラベンダーは死んでいました。フレッドとジョージだって死んでいたかも知れない。それに先生が2年前僕らの先生じゃなく、アンブリッジだけがホグワーツに来ていたら、スリザリンの奴らが先生の授業を受けていなかったら、きっとあいつらも違う決断をしていたと思います。戻ってきて僕らと肩を並べて一緒に戦うなんてことにはきっとならなかった。だから、先生がホグワーツに戻ってきてくれていなかったら、絶対にもっと大勢が命を落としていました。だから先生は、胸を張って感謝を受け取るべきなんです。他ならぬ死んでいった人たちの為に」
ダンブルドアも、他の校長達の肖像画もそれに賛同する。
「ハリー・ポッターの言う通りだ!お前には賞賛を受ける義務があるぞ愚か者!お前は間違いなく勝利と救命に貢献したのだから!」
自分が学生だった当時の校長、1番嫌いなフィニアス・ナイジェラス・ブラックにそう言われた女生徒は複雑そうな表情をして話題を変えた。
「オミニスに、運んできてもらいました」
バジリスクが吐き戻して静かに床に横たえたその亡骸を見て、ハリーは声を上げる。
「スネイプ」
心を閉じ続けたまま裏切り者の誹りのみを受けて死んでいったその顔から、ハリーは目を逸らす事ができなかった。
「ホグワーツに埋葬するけど、いいよね?」
この先輩がさも提案かのように決定事項を宣告するのは学生時代からよくある事で、ダンブルドアはそれを重々承知していた。
「もちろん。それにたとえ世界中が反対しても、先輩はそうなさるのでしょう?」
ダンブルドアは先輩の目をまっすぐに見て笑顔で言った。
「うん。僕はセブルス君をホグワーツに埋葬するよ」
ポケットから取り出した旅行かばんの中にセブルス・スネイプの亡骸を収納した女生徒は、ダンブルドアの肖像画に杖を向ける。
「さ、みんなのところに行こう。アルバス。みんな君と話したいだろうから」
「呼び寄せ」られたダンブルドアの肖像画は穏やかな笑顔のまま、普段なら無礼千万と叱責されるであろうその行いを受け入れた。
天井も壁も周囲の部屋も大規模に破壊され半ば野ざらしとなっている大広間で、最愛の相手の無事を祈り続ける内に眠ってしまったリーマス・ルーピンが目を覚ますと、何より求めていたものがそこにあった。
「おはよう。リーマス」
「おはよう。ニンファドーラ」
2人はお互いの鼻が触れ合うかどうかという至近距離で微笑み合っているが、やがて同時に満面の笑みに変わる。
「ニンファドーラって呼んで良いのは2人きりの時だけって言ったでしょ、もう」
「今は2人きりみたいなものだろう?周りの人たちはみんな僕らの事なんて気にしてないよニンファドーラ。この人だってまだ寝てるし」
トンクスは恥ずかしそうに目を反らしながら、控えめに指さした。
「うしろ」
自分がよく知っているはずのルーピンとトンクスの、その聞いたことがないほど優しい声色は16歳のジニー・ウィーズリーの好奇心を大いに刺激したらしい。
「トンクスったら、私達がニンファドーラって呼んだら怒るのに………」
「無事でよかったわトンクス。命が助かった人の中ではあなたが1番危なかったってマダム・ポンフリーが仰ってたそうよ」
ジニーとモリーがそう言った時、まだ横になっているトンクスに抱きついたまま眠っていた若い闇祓いの魔女も目を覚ました。
「おきたんですねトンクス先輩。おはようございます…………?」
「あんたが寝てたのよ。それに私達同級生でしょ?なんで『先輩』なんて呼ぶの」
まだルーピンに右手を握りしめられたまま微笑むトンクスに、その若い闇祓いの魔女はだらしない笑顔で答える。
「だって…………それは、私が訓練過程で躓いてる間に先輩1人だけ正式配属されたから、闇祓いとしては先輩のほうが先輩ですもん。トンクス先輩は私の憧れの先輩なんです。だからトンクス先輩は私にとってトンクス先輩で、だからえっと、先輩は、先輩はトンクス先輩だから、トンクス先輩の、憧れの先輩。……なんですよね??」
「落ち着いて?」
まだ脳が目覚めきっていないらしいその若い闇祓いの魔女が自分の発言に自分で混乱してよくわからなくなってしまって皆が笑わされているところに、雛の状態の不死鳥を頭に乗せたバジリスクを伴った青年とハリー・ポッターが歩いてくる。
「あ、せんぱい!おはようございます!…‥……また変わったんですね?」
それが目に入った若い闇祓いの魔女はたちまち起き上がって青年の傍に寄る。
「校長室を出た瞬間にね。ところでそういえばさ、オリバーくんにお礼言った?」
訊かれるまで忘れていたらしい若い闇祓いの魔女に、濡れたカラスのように艶やかな黒髪の青年は穏やかに微笑む。
「ん。じゃ一緒にお礼言いに行こうか?」
促されるまま立ち上がった若い闇祓いの魔女を、トンクスが引き止める。
「あなたがベラトリックスから私の命を守ってくれた事、聞いたの。助けてくれてありがとう」
トンクスは若い闇祓いの魔女の目を見つめて心からの謝意を伝える。
「そうなんだね、僕のニンファドーラを助けてくれてありがとう」
続いてそう言ったルーピンを、トンクスが一瞬ものすごい表情で睨む。
「2人きりの時だけって言ってるのに……………もう………」
咎めるような事を言いつつも目に見えて喜色満面のトンクスの心の内は、ジニーにもモリーにも手に取るように判った。
「2人きりにしてあげるべきよね、ママ?」「そうみたいね」
小声で相談したジニーとモリーは、オリバー・ウッドを探す青年と助手の若い魔女と、それに付き従う雛の姿の不死鳥を頭に乗せたバジリスクの後に続いて、喜びを分かち合うみんなの方へと歩いていった。
「あの人がたぶんグリモールド・プレイスでジニーもロンもハリーもハーマイオニーも話してた『5年生の時の闇の魔術に対する防衛術の先生』だよね?不死鳥と大人しいバジリスクを連れてるって言ってたし」
「そう。それに知ってるかいニンファドーラ?あの人ダンブルドアのホグワーツ時代の『先輩』なんだよ」
ルーピンが言ったことを、トンクスはすぐには信じられなかった。
探すより呼び寄せた方が早いと考えた青年は、校長室から持ってきた肖像画を着ている服の魔法のかかったポケット、の中で開けっ放しの旅行かばんから「呼び出し」て取り出し、それを両手で高く掲げ、大きな声で皆に呼びかける。
「さあみんな、校長先生をお連れしたよ!!」
戦いが始まる直前にスネイプが出奔して以来暫定的にマクゴナガルが仕切るという、はっきりしない体制が続いていたホグワーツにあって尚、どころかイギリス魔法界においてさえ、単に「校長先生」と言われて皆が思い浮かべる人物は1人だけだった。
「ダンブルドア先生!」「ダンブルドア!」「校長室の肖像画を持ってきたのか!」
たちまちホグワーツの面々のみならず、各国からの援軍の皆も医務室で治療を受けていた人々も家族や友人の死を悼んでいた人々もみんな、額縁の中のダンブルドアと話をするために集まってくる。
ある者は重症者に肩を貸し、ある者は「浮遊」させられて、どころか犠牲者達の亡骸すらも大広間に集められ、共に戦った全員がひとところに大集合した。崩壊して半ば屋外となった大広間で、ダンブルドアの肖像画が椅子に安置され、人々は食事やクッションを持ち寄って偉大な校長に次々と報告や相談を始めた。
「これからすぐに『服従』させられていたわけでなく本心からヴォルデモートに協力した者達をアズカバンに送ります。そうなると、数多くの犠牲者が出た事と合わせて英国魔法省は甚大な人手不足になるでしょう。その上で、緊急で行うべき業務が山のようにあるのです。しばらくは魔法省の職員皆々、休暇など夢のまた夢でしょう……しかしヴォルデモートが討ち果たされたからこその多忙さなのですから、本望です」
ダンブルドアの肖像画にそう吐露したキングズリー・シャックルボルトは、早くも「これから」を見据えていた。
「闇祓い局は特に酷い。壊滅と言っていい」
そこに横から話しかけたバジリスクを連れた黒髪の青年の発言は、その助手である若い魔女も含めて、その場に居る英国闇祓い達のほとんどと、その人となりを知るホグワーツの生徒達を驚かせた。
「ねえキング君。もしかして僕ってまだ闇祓い局に籍ある?」
「ありますよ。あなたは高齢を理由に引退したわけでもなく職を辞したわけでも罷免されたわけでもないので、記録上は最後に出勤してからの約80年間、今日に至るまでずっと無断欠勤し続けている事になっています」
そのキングズリーの返答を聞いてロンが呆れる。
「クビだろそんな奴……………」
アーサーもビルもチャーリーも、固まって寛いでいるウィーズリー家の面々は静かに頷いている。
「替えの効かない人材なので、放逐するわけにもいかんのです。それに相当な理由でもない限り、この方をクビにすると魔法省がご友人方からの吠えメールで埋まる」
「厄介な古株なんですねせんぱいって…………」
青年は話を逸らすように、ウィーズリー一家の中に混じって寛いでいるハリーに声をかけた。
「ハリー、君は闇祓いを目指しているんだよね?」
そうです。と肯定したハリーを少し見つめてから、青年はもう一度キングズリーに話を振る。
「ねえキング君、ハリーに通常の3年間の訓練過程が必要だと思うかい?」
キングズリー・シャックルボルトは少し考えて、あくまでも肩書は一介の主任闇祓いである彼の職責の範疇を超える内容を宣言した。
「この戦いに参加し生き延びた17歳以上のイギリス国民は、望むなら今すぐこの場で正式に闇祓いとして採用する。この戦いに挑み生き延びた君達にはその資格がある。もちろん学生諸君は卒業してからで構わない」
戸惑い半分の歓喜が広がった。
「君の無期限出勤停止処分はたった今解かれたが、どうするね?このまま、そちらの雇い主のところで働き続けたいと言うなら無理に復帰してくれと強要はしないが」
若い魔女は隣の青年を見て、眉間にしわを寄せて唇をキュッと結んで唸り悩む。
「………………私、せんぱいと一緒がいいです。せんぱいのお手伝いするのすごく楽しいんです。でも闇祓いは子供の頃からの夢だったから、絶対復帰したいです」
若い魔女は集まった人々の体で隠れて皆に見えない低い位置で隣の青年の手を握る。
「だから、せんぱいも闇祓いに戻ってください。それで一緒にお店も続けましょう。わがまま、言ってますかね、私」
青年はそれに「君がそう言うならしかたないな」と言って笑った。
「仲が良いのは結構だし、復帰してくれるなら大いに歓迎するが、君達の最初の仕事は魔法省の建物内に散々かけまくったイタズラ魔法を解く事だからな。入り口ロビーのモニュメントは未だに断固として『バレリーナ姿のヴォルデモート像』のままで、勝手に動き回って四六時中ブレイクダンスの練習をし続けているし、各部局の看板もすべて酷い有様のままで、闇祓い局は現在『東一局』だ」
「ご、ごめんなさい…………………すぐ戻します……………」
マホウトコロやダームストラングなどの非英語圏から来た援軍の人々は、イギリス英語が解る者に通訳してもらいながらその会話内容を理解してクスクスと笑っている。
「おい」
アルバス・ダンブルドア校長の肖像画に、その周囲に集まる大勢の人々の向こうから誰よりも不躾な態度で話しかけたその髭だらけの老人に、彼と肖像画の間に居た全員が速やかに道を開けた。
「結局、どこまでお前の思い通りだ?」
アバーフォース・ダンブルドアは実兄の肖像画に問いかける。
「何ひとつ。どれひとつとて、思い描いた通りにはならんかったよ、アブ。何か物事を己の目論見通りに動かそうなどと考えるのは、何ひとつ思い通りに行くことなど無いと始めから諦めてしまうのと同じくらい、愚かな事なのかもしれんのう」
アルバス・ダンブルドアの肖像画は、実の弟と同じ方向を見つめながら答えた。
「そんな当たり前の事を悟るのに随分時間がかかったな。しかもお前は肖像画だ。兄本人ではない。写し取られた表層に過ぎん!あいつは結局、俺には殆ど何も語らんまま死によった!……………………愚か者め!」
アルバス・ダンブルドアの肖像画は、不思議な表情で笑っている。
「お前の言う通り、わしは愚か者じゃった。ひどい愚か者じゃ。愚か者と乱暴者の兄弟じゃ。…………………お前が、無事でよかった。アブ。わしの代わりに子どもたちを助けてもらって、ありがとうの」
そして束の間沈黙した兄弟は変わらず同じ方向を見ながら、同時に言った。
「「アリアナにも無事でいてほしかった」」
兄弟は遠い過去の傷を未だ大切に抱え込んだまま、寂しそうに笑っている。
「無事で居てほしかったのに、殺してしもうた…………酷い愚か者じゃ」
「守ろうとして散々に暴れた挙げ句、殺した。酷い乱暴者だ」
「「酷い兄をどうか許さんでくれ、アリアナ」」
そこに皆の談笑の輪の中から、フレッドとジョージが声をかける。
「爺さんも百味ビーンズどうだい!」
投げよこされたそれをアバーフォースは片手でキャッチし、少し迷って口に入れる。そして握りしめた新聞のような表情になった。
「鼻くそ味だ」
アルバス・ダンブルドアの肖像画はその顔を見てクスクス笑っている。
「わしら兄弟はつくづくバーティ・ボッツに嫌われておるようじゃのう」
アバーフォース・ダンブルドアは果敢にも2粒めを受け取りながら挑戦的に笑う。
「なんの。ねじ伏せてやるわ……………耳くそ味だ!!!」
その顔がなんとも面白くて、ハリーは声を上げて笑ってしまった。
「愚かな弟じゃ」
アルバス・ダンブルドアの肖像画が心底愛おしげにそう呟くのを、マクゴナガルは確かに聞いた。
アルバス・ダンブルドアの肖像画の周囲に集まったまま皆は思い思いに談笑し続け、次から次へとダンブルドア校長に話しかけ、国際交流の輪も新たな友情もどんどんと広がっていった。
どう考えてもわざと音を外してオリジナルの「負け負けヴォルちゃん」ソングを歌っているピーブズの足元には、ポルターガイスト自体珍しいらしいマホウトコロの男子生徒が、仲良くなったポーバトンの女子生徒に制止されてもなお好奇心に満ちた表情で接近を試みている。
何も無いはずの空中を2人揃って凝視するルーナとゼノフィリウス・ラブグッド父娘の隣では、ハリーとロンとハーマイオニーがマホウトコロの学生数人と交流していた。
「百味ビーンズ、食べる?『百味』ってホントになんでもありだから酷いのもあるけど、美味しいやつは美味しいよ」
ロンが手に持った開封済みの箱を差し出す。
「そういう事ならこっちからは『七味屋』の『根絶やし饅頭』だ。死喰い人に大きな隙を作って勝利に貢献した逸品だぜ」
「人が食べるものの名前とは思えないわ…………………」
マホウトコロの男子生徒が差し出したその箱入りの真っ赤な菓子を見てハーマイオニーが呆れるが、それでもハリーとロンが手を伸ばしたのを見て自分も1つ手に取る。
そして、顔を突き合わせたイギリスと日本の若者たちは、相手の国の妙な菓子を意を決して口に入れた。
「………………何味やろこれ。なんかの肉か?『ドラゴンの肉味』かこれ?」
「ああ『古い新聞紙味』だなこれは。悪くない」
「おどれはヤギけ?…………『愛の妙薬味』。薬効抜きで味だけやと微妙やな……」
好奇心満点の顔をしたマホウトコロの学生達に2粒めを渡そうとしたロンの口の中で、「根絶やし饅頭」は少し遅れて炸裂した。
「うわああ………!!!あああーー!!アーーー!……あっ。からいからい辛い!」
ハリーとハーマイオニーも涙を流して悶え叫ぶ。
「なにこれ!!!こんな辛い食べ物なんて!!どんな魔法かかってるのよ!!!!」
「かっ!!!!!アーーーー!!!ああーーー!!!!!」
そして3人は己の口の中で起きている事を察して咄嗟に真上を向く。
「「「ああぁアーーーーー!!!!!!」」」
3人の口からは、アンティポディアン・オパールアイ種のドラゴンが口から吐くような真紅の炎が勢いよく噴出していた。
「それが辛さ自体には魔法やら魔法の効果を持つ材料やらの影響は一切あらへん、て製造元の『七味屋』は言うてんよな、これが」
そう言って笑うマホウトコロの男子生徒を見ながら、ハリーはどうにか口直しをするべく百味ビーンズを1粒手に取り、口に含んだ。
「レモンキャンデー」
ハリーは一瞬嬉しくなったが、すぐに度を越した辛味が戻ってきて再び火を吹きながら身を捩り叫び続ける。そんな光景を見ている内に、アルバス・ダンブルドアの肖像画とアバーフォース・ダンブルドアは兄弟2人揃って声を上げて大笑いしていた。
「オリバー君。オリバー・ウッドくん。ちょっといいかな」
歴代のグリフィンドールクィディッチチームの面々と談笑していたオリバー・ウッドに、青年とその助手の若い魔女が話しかける。
「あの、わたしの事、助けてくれてありがとう。きみが担ぎ上げて運んでくれなかったらわたし、きっと、死んでた」
オリバー・ウッドはそう言って深く頭を下げた若い魔女に笑顔で返す。
「そんな、気にしないでください、僕は当然の事をしただけですから。ご無事で何よりです。ブラトルビー先輩」
青年は目をひん剥いて驚き、自分の隣のその若い魔女を2度3度と見、凝視する。
「え?!! きみファミリーネーム『ブラトルビー』なの?!!!」
「へ?そうですけど、言ってませんでしたっけ?どうしたんです、せんぱい?」
「きみの親戚に『ルーカン』っている…………?」
「確かに父方の曽祖父が『ルーカン・ブラトルビー』ですが、なぜそれを?」
「同級生……ホグワーツの…………そっかあ………きみブーちゃんの曾孫なのかぁ」
次の瞬間、2人は更に驚愕してお互いを指差す。
「僕、きみの名前、知らない!」
「私、せんぱいの名前、知らない!」
それを聞いていたフレッドとジョージは呆れ果てた。
「2年一緒に住んでて互いの名前を知らないって?」「俺達ゃ夢でも見てんのか?」
肖像画の中のダンブルドアにもそのやりとりは聞こえていて、そして誰にも聞こえない声量で呟く。
「夢ならば末永く醒めないでほしいのう。これほどまでに愛で溢れておるのだから」
ラベンダー・ブラウンとルーナ・ラブグッドは親友のように寄り添い、イルヴァモーニーの男子生徒は両親と笑い合い、母親の亡骸を見つめて寂しそうに微笑んでいた監督生バッジを付けたレイブンクローの女子生徒はネビルとオーガスタ・ロングボトムに励まされて笑顔を見せる。
コリン・クリービーは避難していた先から一足早く戻って来た弟デニスと、そしてまだ痛くて起き上がれないらしいナイジェル・ウォルパートと3人でハリー・ポッターについて興奮気味に語り合っている。
ジョージがフレッドと2人でポーバトンの美しいお嬢さん方とお近づきになろうと試みるのをアンジェリーナ・ジョンソンが複雑な表情で見つめ、ケイティ・ベルに肘で小突かれて意を決して立ち上がる。
ダームストラングの皆に食べ物を口へ投げ入れてもらって嬉しそうなグロウプの隣でハグリッドがポーバトンのお嬢さんと魔法生物の話に花を咲かせて笑っている。
マホウトコロの女子生徒とダームストラングの男子生徒は2人で1つのマフィンを分け合って気恥ずかしそうに視線を交わしている。
ルーピンに支えられてみんなの傍まで来たトンクスはウィーズリー家の面々やハリー達に労われ、息子が生まれたばかりの新婚夫婦は寄り添って座る。
ビルとフラーやウィーズリー家の面々の隣で、ブレーズ・ザビニとパンジー・パーキンソンがマクゴナガルの分もクリーチャーからココアを受け取って渡し、楽しそうに談笑している。
シビル・トレローニーの傷の様子を看ているポモーナ・スプラウトの隣で、ビクトール・クラムがイルヴァモーニーの女子生徒に肩を貸して、その女子生徒の友人達のところへと移動するのを助けている。
ドラコとルシウスとナルシッサのマルフォイ親子はセオドール・ノットと4人で屋敷しもべ妖精からスープを受け取り、それに丁寧にお礼を言っている。これは以前の彼らからは考えられない行動で、戦いを経て生じた内心の変化が如実に現れていた。
その傍ではアストリアとダフネ・グリーングラスの姉妹が2人して寝息を立ている。
他にもいくつもの友情や愛情が、額縁の中のダンブルドアの視界で輝いている。喪失の嘆きもそこにはいくつもあったがそれでも、間違いなく、幸福な光景だった。
そして心ゆくまでそうしていた人々はやがてそれぞれの日常に帰っていく。各国からの援軍の面々は新たに縁を結んだ相手と再開を約束し手紙の宛先を交換した後、各々来た時と同じ特別製の「ポートキー」によって帰国し、すぐにデミガイズを伴ったポートキーだけがその場に戻ってくる。
ホグワーツの教職員と生徒、そしてホグズミード村住人を始めとしたイギリスの魔法族だけがその場に残った。
予定通りポートキーを全て破壊しデミガイズ達を不死鳥やバジリスクと共に旅行かばんの中に収めた青年もまた、助手の若い魔女を伴い、他のホグズミード村の住人たちと共に帰路につこうとしていた。
「「先生!」」
フレッドとジョージが青年に声をかける。
「先生が来てくれてなかったら俺達、少なくともどっちかは死んでたぜ」
フレッドが冗談めかして笑うが、それは本心からの言葉だった。
「先生のおかげでスリザリンの奴らは決断した。だからザビニの奴に救われたルーピンも、ノット達に救われたコリンも、先生が居なかったら死んでたって事になる」
ジョージが続く。
「僕のトンクスは君に救われた。もう一度お礼を言わせてくれ」
ルーピンが若い闇祓いの魔女に言う。
「私も、先生がいなかったらあのまま死んでた」
ラベンダーも声を上げる。俺も、私も、と大勢がそれに続いて声を揃えた。
「「「「「ありがとうございました、先生」」」」」
恥ずかしそうに笑った後「どういたしまして」と控えめに返した青年に、ハリーが声をかける。
「先生!僕、先生の授業が大好きでした!」
それにルーナとジニーが続く。
「アタシも、また先生の授業受けたいな」
「私も!私、先生の授業が『防衛術』の授業で1番好き!!」
僕も私も俺もと口々に声を揃えるホグワーツの生徒や卒業生達に、青年はニッコリと笑いかけながら言う。
「僕に嘘は通じないよ、みんな」
予想外の返答に戸惑う生徒たちに、その青年は授業中の喋り方で問いかける。
「2番目だろう?僕の授業は。僕がホグワーツで教師をしていた間、僕の授業を君達みんな褒めてくれて凄く嬉しかったけど、君達なんて言って褒めてくれたか覚えてるかい?………どうだい?もう一度よく考えてみて。1番好きな『防衛術』の教師は?」
みんなが、ウィーズリー家に混じって座っているそのくたびれた男を見る。
「「「「「ルーピン先生」」」」」
祖母の隣に座っているネビル・ロングボトムも皆と一緒にそう言いながら、まっすぐにリーマス・ルーピンを見つめていた。
「そうだろう?君達みんな僕の授業のこと『ルーピン先生の授業みたい』って言って褒めてくれたんだから。ねえアルバス、トムくんが『防衛術』の教師の座にかけた『1年限り』の呪いってもう解けてるよね?『施した当人が死んだらそれまで』だったよねあの魔法?」
青年の問いかけに、ダンブルドアの肖像画は頷く。
「ご推察の通りです、先輩。今や闇の魔術に対する防衛術の教師は1年限りでホグワーツを去る必要はなくなり、へキャット先生がそうしていたように何年でも続けてその職務に臨む事ができます。もちろん本人がそうしたいなら1年で辞める事もできますし、不幸な事故が発生する可能性は他のあらゆる職業と同様に潜在しますが、それはもはや決してトムの呪いによるものではない」
その答えを聞いた青年は、リーマス・ルーピンに問いかける。
「リーマスくん。どうだい?働き口のアテ、他にあるのかい?」
その場のみんなに見つめられているリーマス・ルーピンは挙動不審になって、自分の隣に居る最愛のニンファドーラを見る。
「あたしがアナタの分まで1人で稼いでもいいわよ?リーマス。アナタはもう充分苦労をしたんだから、ずっと家にいたって誰も文句なんか言わない」
ニンファドーラ・トンクスは決断を促すかのようにそう言って微笑む。
「闇祓い局は君を歓迎するぞ?有能さはずっと見てきた」
キングズリー・シャックルボルトはそう提案しながらも、どう返答されるかは察していた。そしてリーマス・ルーピンは、マクゴナガルの方を見る。
「僕を、受け入れていただけますか。マクゴナガル先生」
「もちろん。貴方なら大歓迎ですわ。『ルーピン先生』」
誰からとも無く拍手が湧き起こった。
「さ、おうち帰りましょう。せんぱい。ファスティディオとペニーに報告しなきゃ」
「そうだねえ」
助手の若い魔女に促された青年はもう一度みんなに挨拶して背を向け、その姿が遠ざかって皆から見えなくなる頃、唐突に杖を空に向けて危険極まる呪文を唱えた。
「ペスティス・インセンディウム!!」
立ち現れた「悪霊の火」は、1羽の不死鳥の姿を象ってみんなの視線を集めて飛び回った後、背が高く長い髪と髭を蓄え半月メガネをかけた老人の姿になって、何ひとつ燃やす事なくふわりと消える。
「悪霊の火は、こういうふうに使わなきゃね。そうでしょセバスチャン」
そしてホグズミード村の店舗兼自宅に帰り着いた2人はペニーとファスティディオに「ただいま。勝ったよ」と言った後そのまま2人でまっすぐに青年の寝室に向かい、青年が普段使っているベッドに2人揃って倒れ込んだ。
そしてその様子を、壁にかかった肖像画の内の1つが微笑みながら見つめている。
「おかえりなさい。先輩」
小さなダンブルドア少年は、助手の若い魔女と共に仲良く寝息を立て始めた青年に、そう静かに声をかけた。