Perfect statue
その決意はさながらコロッセオへ向かう勇士が如く──あるいはまた、ターフの上で覇を競わんとするが如く──冬の朝靄の中、ジャングルポケットは覚悟を決めた。2月14日、バレンタイン当日のことである。
ジャングルポケットには恋人がいる。紆余曲折を経て向き合えるようになった彼女・テイエムオペラオーとの進展は3マス進む2マス戻る1回休みを繰り返し、見守るフジキセキの困惑を誘い続けてはや数ヶ月。クリスマスにはなんとかしっぽハグに成功したものの依然スローペースが続き、一部寮生の間で何かのオッズが上下しているとかなんとか。
しかしそれも今日まで。恋人たちの祭典にして春の中長距離G1戦線開始前のラストチャンス、すなわちバレンタインデーを前にジャングルポケットの意気込みは十分だったが、いついかなる時も勝負所に見落としは付き物。テイエムオペラオーからのチョコレートがすっかり頭から抜けていたのだ。
揶揄われながら手に入れた噂がもたらしたのは聞くものですら押し潰さんばかりの満腹感──恐るべき1/1スケールテイエムオペラチョコ像の実態が明らかになった。
まずデッカい。日本最大と呼ばれるパフェでおよそ120cm。プラス36cm。厚みの違いは言うまでもない。
そして食べづらい。話によれば非常に精巧なチョコレート彫刻。足の部分食べる時が一番怖い、らしいがどこをどう食べるにしても抵抗感がある。
ジャングルポケット宛のチョコレートは「秘密」であるというビワハヤヒデの話がワンチャンスはあるのでは?というか細い希望を投げかける一方で、否定できない覇王的思考回路に惑わされ、試食したらしいスペシャルウィークとオグリキャップの感想(美味しかったらしい)を当てにできる胃袋は無く、かといって恋人からの本命チョコを食べないだなんてありえない。思い悩み策を練り、チョコに押し潰される夢を見てベッドから転げ落ちる夜を越え──無情にも曙光が甘い戦いのラッパを鳴らせば最早残されているのは意志の力ただ一つ。
即ち、愛を受け止める覚悟である。
(来いよ、何が何でも食べきってやる)
昂る鼓動と決死の覚悟。そして渾身の本命チョコを手に、制服に袖を通した。そんな朝であった。
ゆえにテーブルの上に供された見事なチョコレートパフェは予想外だった──それもそのはず、テイエムオペラオーもまたバレンタインに賭けたのである。全ては恋人の心を掴むため、納得いくまで作り直した会心の一品は喜んでもらうため。存分に味わいたまえ!と差し出したパフェを前に無言で固まられるのは計算していなかった。
仲良く停止する二人には恋の駆け引きどころではない。かたや嬉しいはずの大好物で不意打ちを喰らい、かたや勝利間違いなしの攻め手が通用しない現実に掛かっていた。
「…その、お気に召さなかったかな? だが味は保証するとも──見たまえ!美味しそうなさくらんぼだろう!?」
「っ、悪いちょっと驚──」
遮るように、勢いよくスプーンが開いたままの口に突っ込まれた。溢れ出す、濃厚なチョコレートアイスと甘酸っぱく弾けるさくらんぼの至福に思わず声が上がる。
「……うまっ!」
バレンタインの勝負ここに決す。どこか興奮したように高笑いが響いた。
「そうだろう当然さ!なんといってもこのボクが作り上げたパフェだからね!」
ほっと破顔したテイエムオペラオーだったが、全てはお気に召すままというわけにはいかなかった。目的を達し焦りが引けば自ずから、今何をしたのかが見えてくる。
「……」
ジャングルポケットの手に握られたスプーンはついさっきまでテイエムオペラオーの手にあったものだった。なんということであろうか──火が出るようなとはまさにこの通り、怪訝な目を向けたジャングルポケットも一口目の正体に気づいて赤くなる。
ひとときしんと静まり返った二人のテーブルの上で、パフェが食べられるのを待っていた。