PURE "HEAL" FACE 4

PURE "HEAL" FACE 4

「恋を自覚したポケモントレーナーの反応」196

【4・魔法をかけて】



6月6日 19時45分。

まずキハダがシャワーと着替えを済ませ、一緒にエクササイズをした

チャーレムを改めて繰り出し、一緒に腰に手を当ててミネラルウォーターを

グイッと飲み干す。



キハダ「ぶはーっ やっぱり 風呂上がりのミネラルウォーターは 格別だな!

チャーレムもほら 『おいしいみず』だ」


チャーレム「れむっ むぱっ」



少し遅れて、リップがシャワールームから戻ってきた。リップはバスローブを

身にまとい、普段のなじみ深い厚化粧はなく、ただキリっとした眉・目元と、

ぷるんとした小さな唇が露わになっている。



リップ「キハダちゃんたちは いつも 美味しそうに飲むわね……」


キハダ「ハハハ……♪ これが筋肉に効くんだよ」


リップ「じゃ ちょっとあのコの様子 みてくるわね」


キハダ「うむ 頼んだ!」



リップは、髪を乾かすのもそこそこに、頭にタオルを軽く巻き、

再びシャワールームへ向かった。


ビワは、先にフェイスペイントを落としていたことや髪が長いこともあり、

キハダとリップよりもさらに長くシャワーを浴びている。



ビワ(…… よし こんなとこかな……)


ビワ(…… だいじょうぶ……)



その最中、個室のドア越しに、リップが優しく語りかける。



リップ「ビワちゃん ……ちょっといいかしら」


ビワ「! リップさんっ も もうちょっとで 出ますけど……」


リップ「…… そのメイクをとった お顔を見せるのは

この1年8ヶ月で リップがはじめて?」


ビワ「…… おとなは ……リップさんが はじめてです……」


リップ「……!」



ビワは、リップの言葉に、その場から動けずにいた。

リップもまた、シャワーの音の隙間から絞り出すように聞こえてきた

ビワの声に、次の言葉が見つけられず、立ち尽くしていた。



リップ(ビワちゃん……)



ビワは…… 心配事を抱え込んでしまうという、元来の性格がそうさせた

ことではあったのだが、スター大作戦決行から今まで、泣いている時も

顔を背け、その度独りにして欲しいと、絶対に泣き顔を他人に見せなかった。


タナカが寄り添いはしても、顔を上げることはなかった。

涙があふれて止まらないときは、止まるまで独りで涙した。


各地のスター団のアジトを作り始めた頃から同じ釜の飯を食い、ともにボスを

務めていた他の4人に対しても、作戦の中で初めて「武装」して以降、自分たちを

鼓舞するべく、一緒にいるあいだはフェイスペイントのまま接していた。



ビワ(…… …… …… ……)



時折、入浴のタイミングが重なった「メロコ」には、顔を見せることもあった。

しかし、ハルトたちがカチこんでくるスターダスト大作戦が進んでいく中で、

それも次第にずれていき……


いつしか、独りでいる時…… 入浴と寝る時以外は、

ついにフェイスペイントを落とすことが無くなっていた。

いや、長すぎる時間が、落とせなくさせてしまっていたのだ。


「マジボス」だった「ボタン」に関しては、ビワと初めて直接会ったのが、

スター団解散が決まるか否かの、あの夜のアカデミーのグラウンドで行われた

ハルトとの決戦の直後だったため、ビワの素顔を見たことが全くないのである。


ボタンも生活しているアカデミーの寮にビワが入り直し、交流が深まった後でも、

いまだに素顔で遊ぶまでには至っていない。もっとも、ボタンはあまり部屋に人を

上げたくない性分のため、ビワの方から遠慮していたのだが……



ビワ(……わたしったら なにを 悩んでるの…… いまさら……)



「このままでいいのかな」と、2ヶ月間、何度となく自問自答した。

それは他ならない、ハルトの存在があったから。

「スターダスト大作戦のハルトさん」から始まった関わり合いの中で、

いつしかハルトへの恋を自覚したから。


自分より8つも年下の、純粋すぎる「笑顔」。

それは自分より遥かに低い位置で輝く「太陽」だった。


もしハルトの笑顔が曇ったら、だれが「太陽」になるだろうか。

ボタンはもちろん、「ペパー」、「ネモ」と友情を深めていることも、知っている。

彼らと励まし合い、冒険を繰り広げてきたことも、ハルトとの話で知った。


自分だって、光を与え傷を癒す「太陽」になれるはずだ。

もうそれを妬む者など、いないのだから。


……シャワーの湯が、ビワの銀髪を撫で、身体に降り注ぎながら床に伝い落ち、

シャワールームの中に心地よい音だけが響く。


長いためらいのあとで、ビワは微笑み、口角を上げていた。

沈黙を破るように、リップがおどけて、改めてビワに声をかける。



リップ「ふふっ 『超マジック・マキアージュ』リップが ビワちゃんの

新たな歴史に名前を刻んじゃう ってことね」


ビワ「…… ちょっと はずかしいです……っ

…… その 眉毛とかも 剃っちゃってるし……」


リップ「ううん いいのよ それが ビワちゃんが今まで 自分にかけてた

『マジック』…… フェイスペイントを際立たせるには

必要な事だったのよね」


ビワ「!」


リップ「…… リップも 普段は がっつりメイクで 魔法をかけてるの

キハダちゃんは ほとんどスッピンに近い ナチュラルメイクだから

そんなに変わらないけど……」


リップ「でも今は それもない だから アナタといっしょ……

めったに見られない レアな姿よ おたがい 楽しみね」


ビワ「うふふ…… わたしも 楽しみです」


リップ「上から バスタオル 入れてあげる ちゃあんと キャッチしてね」


ビワ「はいっ!」



ビワがタオルを受け取り、身体を拭く微かな音だけがしばらく聴こえた後、

ビワがシャワーを浴びていた個室のドアが、ついに開かれる。


ビワ(よし…… 巻いた…… これで いいかな……)


ビワ「…… それじゃ…… 出ますね……」



ベイクジムの地下、大きな決意に満ちたシャワールーム。

その前には、微笑みを浮かべたリップが、その中にいる者の登場を待っている。


ドアが開かれ、湯気が晴れた後、そこには「鬼の形相」などなく、

はにかんだ表情の…… ビワが立っていた。



リップ「あら すっごく かわいい顔 してるじゃない……♪」


ビワ「えへへ…… ありがとうございます……!」



フェイスペイントのために眉毛が剃られてはいたが、もし生えていたなら

「ハの字」を描き、少し戸惑っている心情を際立たせただろう。


シャワーの余韻と恥じらいで、顔を赤らめるビワ。

リップはこの1年8ヶ月で、その表情を見た最初の大人となった。



ビワ「リップさんこそ…… とっても綺麗」


リップ「ありがと♪ リップの目に狂いは…… って 連れてきてくれたのは

キハダちゃんだったわね」


リップ「目も カラコンだったのね 素敵だったけど 今の瞳も綺麗だわ

ほら ビワちゃんの分のバスローブ…… それを着て 出ましょっ」



マッサージチェアでくつろいでいたキハダを、チャーレムが呼んだ。

2人が揃って、シャワールームから戻ってきたのだ。



チャーレム「れむ れむっ!」


キハダ「ムムッ どうした……? おっ 上がったか」


ビワ「先生…… 見てください」


キハダ「……おお! ビワ…… そんな顔 してたのか……!」


ビワ「えへへ…… 眉毛 ないですけど……」


キハダ「いやいや とっても かわいいぞ!」


リップ「うふふ…… ホントに かわいい……♪」



着替えを済ませた3人はこの後、エレベーターでジムの4階にある

リップの控室に直行した。いつもリップが使っている、きらびやかな

ドレッサーの前に、ビワが座る。



リップ「それじゃ ビワちゃん 下地で整えて 眉毛から……」


ビワ「ちょ ちょっと待ってください」


キハダ「どうした?」


ビワ「…… 撮ってくれませんか 今のわたしを」


リップ「わかったわ ……んふ 次の魔法 よおく効いてるわね」


キハダ「ほう、次の魔法……?」


リップ「ありのままの自分も 受け入れること……

これもまた 大切な事なのよ」


キハダ「そうだな! よし スマホロトムを貸してくれ

わたしが撮ろう!」


ビワ「ありがとうございます!」


リップ「イイ…… とってもイイわ じゃあ改めて メイクアップしましょ」


ビワ「はい! おねがいしますっ!」



ビワは、鏡の中、リップがかける魔法によってみるみる変わっていく

自分の姿に、また少しだけの恥じらいや戸惑いを抱きつつも、それは

やがてすっきりと晴れていった。



リップ「ふふっ 戸惑いが 無くなってきたわね

魔法が よく効いてる証拠……」


ビワ「…… リップさん 一体どこまでが 魔法なんですか?」


リップ「お化粧はね それ自体が 素敵なマジックなの だけどね……

それをどう使いこなすか どこで どれほど使うのか それによって

色々な姿に変わることができるし 自分を解き放つことだってできる」


リップ「だから どこまでが 魔法なのかってことも 自分次第なのよ」


ビワ「なるほど…… 勉強になりますっ」


リップ(…… このコは もう大丈夫 とってもいいコだし

大事なことに 気付いてるかも……)


ビワ「あのっ リップさん」


リップ「なあに?」


ビワ「こんどの STCでのバトル…… いまリップさんがかけてくれる

素敵な魔法にかけられて やってみたいんです」


リップ「ふふっ もちろん そのつもりよ

いまビワちゃんに施してるのは キハダちゃんに教えたのと

おんなじ…… お手軽だけど スルッと自分を変えられるマジック

ナチュラルメイクよ」


キハダ「うむ! わたしは その あんまり器用じゃ なかったから

モノにするまで かなり時間がかかってしまったが……

ビワなら 大丈夫だ!」


ビワ「うふふっ ありがとうございます!」



気付けば、ドレッサーの前には、リップの「魔法」にかけられて

「地獄のアイドル」だったころのビワではなく、ひとりの少女として、

うっとりと微笑むビワがいた。



リップ「さっ できたわ! どうかしら?」


ビワ「これが わたし……! えへへ……♪」


リップ「んふふっ イイわ…… 最高っ♪」


キハダ「本当によかった…… ビワ……!」


ビワ「本当に わたしなんかのために……」


リップ「あんまり 自分を下げちゃダメよ

『哀しみ』は 置いていかなくっちゃ」


キハダ「ハハハ…… そうだな!」


リップ「……ビワちゃん 4日後 リップも パーペキで行くから……♪」


ビワ「はいっ 楽しみにしてます!」



その後、リップの誘いで、3人はベイクタウンにあるレストラン

『ガストロノミー・ファミリア』で、豪華な晩御飯と洒落込んだ。


晩御飯を終えて店の外に出るころ、時計は21時半を指していた。

タクシーが到着し、ゴンドラに乗り込みながら、ビワとキハダは

リップに手を振る。



ビワ「今日はほんとうに ありがとうございましたー!」


キハダ「本当にありがとう!」


リップ「んふふ また頼ってね お疲れさまでーす♪」



アカデミーに向け悠然と飛ぶタクシーの中、ビワたちは語らう。



キハダ「ビワ いい特別授業だったな!」


ビワ「はいっ! 本当に ありがとうございました!」


キハダ「……うむっ いい顔をしてる! 明日は みんなに会いに行くのか?」


ビワ「はい 丁度みんなで集まる日だったんです

……スター団のみんなにも 見てもらおうと思ってて」


キハダ「そうか! それは すごく楽しみだな!」


ビワ「すっごく 楽しみですっ!」



自分の部屋に戻ったビワはスマホロトムで、スター団幹部の面々に

『明日少しだけ遅れていく』というメッセージを一斉送信し、鏡の前で一息

ついていた。



ビワ(…… リップさん 試供品も メイクの仕方の資料も

たくさん分けてくれた)


ビワ(キハダ先生も すっごく喜んでくれたし……)


ビワ(…… うん わたし …… うふふっ イイ感じ……♪)


ビワ(ハルトちゃん…… 見てくれるかな……)



そしてビワは新たな決意のもと、仲間たちに久しぶりに見せる姿を

想像しながら、満足げな表情で眠りについた。


【つづく】

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