PM12:35
「う〜ん…不思議…」
「な、なにが?」
昼下がりの学園の食堂。今日はタイちゃんと一緒にお昼ご飯だ。お互いトレーナーとのミーティングやトレーニングで時間が合わない日も増えて、久しぶりに一緒に食べることが出来た。その上、今日はなんと、にんじんハンバーグ定食を注文したら、おまけににんじんゼリーまで付いてきた。ちょっと嬉しい。
一足先にデザートのにんじんゼリーを空にしたタイちゃんは、未だに茶碗の米粒集めに苦戦している私を、頬杖をつきながらスマホをいじってのんびりと待ってくれていた。
お互い話すことも特になくなり、食堂のザワザワとした喧騒をバックに、一方はスマホを眺め、一方は箸を動かすことに夢中になっている中、突然彼女は「不思議」と私の顔をチラ、と見てそう呟いた。
「不思議って、なにが?」
「エフ、口の端、ソースついてる」
「えっ?あっ…?」
「あはは、逆だよ逆」
慌てて口の端を指の腹で擦る私を、タイちゃんが笑いながら紙ナプキンを手に取り、手渡してくれた。
鏡は教室にあるバッグの中のポーチに入ったままなので、この場で取れたかどうか自分で確認する術がなく、とりあえず私はゴシゴシと口全体を念入りに拭く。
私の慌ただしい一連の動作を見守っていたタイちゃんに、私が「ソース取れた?」と尋ねる前に、彼女は口を開く。
「エフってさ、レースの時とオフの時で顔が全然違うな〜って」
「顔…?」
「ウマッターのTLにさ、ファンの人が撮ったエフのパドックの写真が上がってたんだけど、これがプチバズってて」
「え?嘘?どんな写真?」
デミグラスソースが取れたかどうかの真偽が分からないまま、私はタイちゃんの見せてくれたスマホの画面を覗き込む。
そこには、パドックに立ち凄まじい眼光で客席を睨みつける私がいた。
「うわっ……」
私、写真に写るのがあまり得意じゃなくて、自分の写ってる写真とかほとんど見返さないんだけど、他人からは普段こういう風に見られてるってこと…!?
一つ下のリプライもチラッと目に入ってしまった。『次の獲物を探す目してる』…って…。そんなこと考えたことないよ…。
「やっぱり…私って写真写り悪いかなぁ…」
肩を落としながらなんとも言えない微妙な顔で私がそう呟くと、
「写真写りは悪くないでしょ。かっこいいじゃん。顔が整ってるからちょっと冷たく見えるだけ」
優しい。タイちゃん、すかさずフォロー入れてくれた。お世辞でも嬉しい。
「あとは、あぁ、あった。これこれ」
タイちゃんが再度、画面を何度かタップしてもう一度私の方に画面を向ける。
「これ…タイちゃんのお姉さんのウマスタアカウント?」
そこには私とタイちゃんとタイちゃんのお姉さんの3人が、クレープを持って写っている写真があった。
1ヶ月くらい前に「オススメのクレープ店がある」ってタイちゃんのお姉さんのレーンさんに連れていってもらったんだよね。
3人でお出かけするのはこれが初めてで、それぞれ注文したクレープが出来上がると、「記念に撮ろうよ!」と目をキラキラさせながら提案するレーンさんを思い出した。
「嬉しい♪ウマスタに上げてもいい?」って、凄いウキウキしてたなぁ。
私はウマスタアカウントを持っていないからよく分からないけど、いいね数の桁がすごいことは何となく分かる。さすがウマスタの女王。
というか、レーンさんとタイちゃん、やっぱり可愛いなぁ。クリクリの目元がよく似てる。
私とレーンさんの身長差が凄いから、2人まとめて画角に入るために、レーンさんはものすごい背伸びをして、私はクレープ片手に「四股でも踏むの?」レベルの中腰になってた覚えがある。
しかしそんな裏話があったとは思わせないくらい、和やかな写真だ。やっぱりレーンさんの自撮り技術って凄いなぁ。
「このエフ、さっきのとはまるで印象が違うなって」
クレープと隣のタイちゃんに顔を寄せて薄く微笑んでいる私を指してタイちゃんは言った。
「人って、撮る人やその時の気持ちでこんなにも印象がガラッと変わるんだなって思うと不思議だなって、そう思ったの」
「確かに、レースの前は意識を集中させなきゃってってすごい力んじゃうんだよね。まさかこんなに顔に出てるとは…」
あはあは、と後頭部をポリポリと掻きながら困ったように言う私をタイちゃんは微笑みながら見つめるだけだった。
無言で見つめられて少し恥ずかしくなった私は、おもむろににんじんゼリーに手を伸ばす。
なめらかな口当たりとほのかな人参の風味に、思わず口元が緩む。
瞬間、聞こえるシャッター音。
「いい顔撮〜れた♪」
「えっ…ちょ、ちょっと…」
タイちゃん今の顔撮ってた!?
絶対変な顔してた!!
「タッ、タイちゃん…!!!今の……!!!」
「可愛く撮れたよ♪」
頬杖をつきながら、画面を見せるタイちゃん。画面には、デザートを頬張っている私。反射で自分がどんな表情で写っているかよく確認できない。
タイちゃんは画面を自分の方に戻し、今度は忙しなく指を動かし画面をスクロールさせている。
「私ね、エフの瞳が好き。レースの時の鋭い瞳も、普段の穏やかな瞳も」
「いつも何かを真剣に見つめている瞳が、出会った時からいいなって思っていたの」
スクロールさせている指がピタッと止まる。
タイちゃん、頬が少し赤くなってる。
「次のレースではその瞳が少しでも私に向いてくれたら、嬉しいな」
「………タイちゃん」
「じゃあ、私はこれで。今日は久しぶりにお昼ご飯一緒できて良かった!午後の授業も頑張ろうね」
まだにんじんゼリーが半分以上残っている私を置いて、タイちゃんは足早に席を立ってしまった。
几帳面な彼女には珍しく、椅子がきちんと仕舞われていない。
去る前の表情が頭から離れず、しばらくボーッとしていたが、食堂に人が少なくなり昼休みが終わりを告げようとすることに気がつき、私は急いでゼリーをかき込んだ。
完