Over and over again
アビドスの砂漠。
生ある者を拒む様に吹き荒ぶ砂嵐と、照りつける太陽、そして拍子抜けしそうな程に青い空。
そんな青空の下にぽつんと据えられた、小さな墓。其れの前に、1人の男が立ち尽くしていた。
撫で付けられたオールバックの髪に、黒いスーツ。そんな風貌にはミスマッチな、白いヘッドセットの様な物が両耳に取り付けられている。
そんな彼は右手に持っていた簡素な花束を、ゆっくりと墓石の根元へと添えていく。
その動作が終わるを見計らっていた様に、彼の後方から間延びした声が掛けられた。
「珍しいね。黎斗先生が此処に来るなんて」
声の主──小鳥遊ホシノは、小柄な体格には不釣り合いにも見える長髪を揺らしながら、ザクザクと砂を踏み締めて彼の──黎斗と呼ばれた男の隣に並んだ。
「警戒しなくても良いのかい?私の評判は、君にも届いている筈だが」
「うへ、そりゃあ警戒してない…って言ったら嘘になるけどね。“先生”が信頼してる人だからさ」
「…そうか」
二言三言交わした後、訪れる沈黙。
それを破る様に、再びホシノの方から言葉が投げかけられる。
「…先生から聞いたの?ユメ先輩の事」
「いいや、違う。私が勝手に調べただけだ」
ホシノからの質問に答えながら、黎斗は左手に持った端末“幻夢無双ガシャット”へ視線を移した。
「…それが噂に聞く“神の力”って奴?」
「ああ…一か八か、賭けてみたが…やはり駄目だった」
「…此処で、何をするつもりだったの」
溜息混じりの返答を聞きながら、ホシノは再び彼へ質問を投げ掛ける。普段の間延びした調子は鳴りを潜め、至って真面目な声音へと変化していた。
其れは、ホシノが仮面を付ける前の頃。今は墓石の下で眠る彼女と共に、アビドスを駆け回っていた時期のホシノに酷似していた。
「これは、私の都合の良い様に世界を傾ける力だ」
「…そりゃ、凄いね」
「だから、ふと思ったんだ。この力を使えば、彼女を君達の下に取り戻す事も出来るんじゃないかと。だが…」
幻夢無双。
それは自身が主人公となり、天下統一を果たし栄光のエンディングを迎える究極の人生ゲーム。
その力を具現化したガシャットは、世界の法則や因果律すらも捻じ曲げ、自身の都合の良い結果を引き寄せる無法の力を持ち主に与える。
しかし、その力を以てしても。
過去に亡くなった者を呼び覚ます事は、終ぞ叶わなかった。
「…そっか」
すん、と小さく鼻を鳴らしながら、ホシノは黎斗の言葉に相槌を打った。
「黎斗先生は変わり者だって聞いてたけど…うん、それだけじゃなかった」
ホシノの言葉に反応することなく、黎斗は墓石へ視線を向け続けている。
そんな彼の横顔を見上げながら、ホシノはほんの少しだけ笑顔を浮かべながら言葉を続けた。
「私は…私は、嬉しかったよ。ちゃんと黎斗先生なりに、ユメ先輩の死と向き合ってくれて」
ホシノは項垂れる様に立ち尽くす黎斗と墓石の間に入り込み、ほんの僅かに口角を上げながら彼の顔を見上げた。
「だから…ありがとう。黎斗先生」
真正面から礼を言われ、面食らった黎斗は彼女に背を向けた。
「…私はただ、この力が何処まで作用するか試したかっただけだ」
「…こういう嘘つくの、得意じゃないんだね」
フン、と鼻を鳴らしながら歩き出そうとする黎斗。その瞬間、彼のヘッドセットから充電が30%を下回ったことを知らせるアラートが鳴り響いた。
「ね、おじさん達の部室に来たら?そこなら充電出来るし」
「子供から施しを受ける程、私は落ちぶれていないが」
「え〜?施しなんて堅苦しい事言わないでさ。等価交換だよ、等価交換」
「…何?等価交換だと?」
ホシノの言葉に疑問符を返した黎斗。その背中を追うように、ホシノは数歩程歩み寄った。
「充電させてあげる代わりに、柴関ラーメン奢って欲しいなぁって。おじさんだけじゃなくて、シロコちゃん達にもね」
「…フッ、そんな些末な事か。いいだろう、神の恵みをとことん味わうがいい」
「うへ、やっと噂通りの黎斗先生に戻ったねぇ。あれ?今は改名して、新・檀黎斗先生なんだっけ…?ま、いっか」
自分の前を歩き始めたホシノ。それに着いていきながら、黎斗は左手の幻夢無双ガシャットを懐に仕舞い込みながら振り返った。
今の彼が有している技術では、復活させる事が出来るのはゲーム病患者に限定されている。
然し、彼はこの程度の失敗で挫折する男ではない。
何度も何度も、トライアンドエラーを繰り返して、少しずつでも前に進んで行けば、その先に────
「今はまだ不可能だろうが、いつかは…」
檀黎斗の野望と夢は終わる事を知らない。
今日も何処かの世界で、彼の笑い声が木霊した。