一人と一体と、一人と一本
【───規定量の〈大斧の欠片〉を採掘し、納品用の袋に収めて】
【アッターゴ山の頂上付近、巨神の遺したという塊が座す広場の隅で、ゾンビ娘は渋い顔をしていた】
〔呵、呵。そら、じき夜が明けるぞ! どうする、まだ掘るか?〕
いや、研究サンプルとして掘ってきてほしいとは言われてるけど……これ以上は採り過ぎになっちゃうよ!
〔だが、儂は……かの大斧と同一化した儂は、未だ掘り出せておらなんだぞ〕
でも……うーん…………って、あれ? あの子はどこ?
〔あの子……一緒にいた動く全身鎧か? んむ……お、あすこにおる〕
大剣を、大斧に当ててる……のかな?
[──────]
【ゾンビ娘と(自称)天狗が視線を向ければ、確かにリビングアーマーは大斧の傍らにいて】
【そして、いつも自身が背負っている大剣を大斧へと押し当てていた】
おーい、何してるのー?
[───……いや、やっぱりおかしいなと思って]
〔ほう、何がおかしいと?〕
【天狗が問えば、リビングアーマーは静かに大剣を掲げて答える】
[この大剣は、簡単に言えば「発声器官が無くても、この剣を擁することで声を出せる」っていう力があるんだ]
〔ほう?〕
[だから、この大剣を当てていれば、少しでも声が聞こえると思う───本当に、あなたが大斧と同一化しているなら]
〔……!〕
[キミ。この天狗さんの気配や視線を感じたのは、いつから?]
えーと、山に入ってからすぐかな。上へ登るにつれて強く感じるようになったけど
[ボクも同じ。つまり、頂に近づくほど存在は強くなる……けど、存在そのものは入山当初から感じた]
〔……続けよ〕
[天狗さんは自身のことを「この山の」天狗、と言ったね]
〔ああ、言ったな〕
[それと、「山の頂で」「自然と」一体になってた、とも]
〔うむ、確かに〕
[……でも。ここは頂上に近いところではあるけど、頂上じゃない]
あ、そっか! それに随分歴史は感じるけど、この塊は斧……つまり、自然じゃなくて人工物だ!
[ついでに、天狗さんは自身のことを「この山の天狗」とは言ったけど、そのとき「大斧」については触れなかった]
〔……〕
【ただ黙して言を聞く天狗の前で、リビングアーマーは再び大剣を掲げ、今度は切先を地面に向ける】
[だから、思ったんだ。もしかしたら、同一化しているのは斧の方じゃなくて───]
【そして、剣を地面に突き刺す───と───大気が震え、「声なき声」が、響いた】
[───この山の方なんじゃないかな、ってさ]
【一人と一体は、もう一人に連れられて山を登る。大斧を背にして、頂上を目指して】
【元より大斧が眠るのは頂上近辺であり───アッターゴ山の頂には、程なくして着いた】
……これ、岩?
〔うむ。儂がこの山へ来、瞑想をすべく座した岩よ。言わば「天狗の腰掛け岩」とでも呼ぼうか〕
【呵、呵、と笑いながら、天狗はひょいと岩に───山の全景を見下ろす、大きく平らな岩に登り、座り込んだ】
〔……初めに言っておくが、騙すつもりであった訳ではない。そいつは狐や狸の領分ゆえな〕
〔天狗は───というか儂は嘘は吐かん。元よりその必要もないしの〕
〔瞑想するうち、同一化してしまい山より離れられなくなった……というのも、また事実よ〕
〔……しかし。しかし、天狗とは山の化身である。ならば、不遜にも山に入らんとする者には試練を課す〕
〔即ち───己の知恵に慢心し疑わず、己の欲望を肯定し省みぬ……そのような者へ、戒めを贈る〕
〔その方法が、「ありもしない物を探させる」ことだった、というだけのことよ〕
【呵、呵、と天狗は嗤う。まるで「天狗になった自らを嘲るように」、呵、呵、と】
〔しかしまあ、これで試練は「くりあ」じゃな! うむ。お主らの下山を認め、今後の試練を免じよう〕
……天狗さんは? 山を下りないの?
〔ん? まあ、儂はこの山と同一化してしまったからな。離れたくとも離れられんさ〕
[でも、山の外に興味があるんでしょ]
〔うむ! それはもう、かなりあるとも! ……が、是非も無し〕
【力なく笑う天狗を前に、ゾンビ娘とリビングアーマーは顔を見合わせて───】
……むむむ、仕方ないの?
[うーん、仕方ないのかな]
〔は?〕
[あ、キミ、あのダガーは? 持ってるでしょ]
クリスマスプレゼントで貰ったやつ?
[そう、アレ]
んー……まあ、それこそ仕方ないかな!
〔いや、お主ら何を……〕
【呆気にとられる天狗をよそに、ゾンビ娘は一振りのダガーを取り出す】
【ざっくり一年前のギルドにて、とある賑やかな神格から冒険者へ贈られた品々の中の一振りである】
このダガーはね、神さまな冒険者から頂いた、大事なダガーなんだ!
神さまのコレクションのうちの一つだっただけあって、ちょっと良い武器屋さんで買うような良い出来なんだよ!
[ただし「神格の持ち物」でありながら、「上位存在の力を欠片も持たない」っていう代物でね]
〔その「だがあ」が、如何したと言うのか〕
多分だけどね。きっと、このダガーからは神さまの力が抜けちゃったんだと思うんだ
使った形跡はあって、貰った時も綺麗に手入れもされてたし……力を失うまで、大事に使われ続けてさ
[神の得物としての役目を終えた後、この子の手元に渡って。それから、色んな所へ一緒に行った]
でも、このダガーは未だに空っぽ。つまり……
天狗さんの力を宿すのに、不足はないと思うんだ!
〔──────〕
だから、このダガーは……あ、預け……ええい、天狗さんにあげる!
[すぐ、って訳にはいかないだろうけど……また瞑想して、山じゃなくてこのダガーと一緒になれば……]
そうしたら、この山を離れて、あちこちに行けるよ! 勿論、セントラリアの冒険者ギルドにだって!
【ふふん! とドヤ顔しつつダガーを差し出すゾンビ娘と、その傍でじっと立つリビングアーマー】
【一人と一体は言いたいことを言い、したいことをした。であれば、次に番が巡るのは───】
〔呵、呵〕
〔───呵、呵、呵! いやはや、何を言い出すのかと思えば! この儂に、この「だがあ」を、と!〕
そうだよ!
〔嗚呼。嗚呼、全く! 舐められたものよな! この儂が、天狗が、この短剣に収まると!〕
……えっ、あ、言われてみればそうかも……?
〔……全く。山一つを容易く呑むが天狗よ、これしきの刃に封ぜられる器ではないわ〕
〔これではまるで足りん。故に───うむ。いつか必ず、お主らの元へ返しにゆこうぞ〕
……!
[それじゃ……]
〔ああ。この場は有難く、この一振りを預かるとも〕
〔安心せい。先も言ったが───儂は、嘘は吐かんさ〕
【天狗の定めた刻限通り、夜明けと共にゾンビ娘とリビングアーマーは山を下りた】
【あれだけ迷った道はすんなり通れ、何事も無くギルドへの帰路に就いたのだった】
【一人と一体は立ち止まらず、振り返らない】
【その背を遥か山の頂から、一人と一本が見送ったのだった】