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「うぅ〜寒……こう冷えると仕事なんか放り出してコタツでぐだぐだしたいですね〜」


 狭い交番の中でボヤくのは新人婦警の沖田である。季節は2月。日本では最も寒く、世の中はバレンタインの気配に浮かれ始める時期だ。


「まぁそう言わずに。土方くんは今日もパトロール頑張ってるんだから」

「ほんと寒いのによくやるよねあの人。ん、噂をすれば…?」


 同僚である山南と斎藤の視線の先に、いつも通りの仏頂面の土方の姿。その背に隠れるようにして、鬼警官とはミスマッチな小さい影があった。

 年の頃は10才ほどだろうか。やや外側にハネた金色の髪と珍しい紫色の瞳は明らかに海の向こうの出身だと分かる。


「わ、どうしたんですかその子!まさか誘拐ですか!?」

「なわけあるか。寒空の下を一人でウロついてた迷子のガキだ。俺は見回りに戻る、後は任せるぞ」

「ちょっと土方さん!もう、相変わらず言いたいことしか言わないんですから!」


 呆れた声を上げつつ、沖田は残された少年に困惑の視線を向けた。暖かそうなニットに少しぶかぶかのジャケットを着た少年は、不安げな様子を見せるわけでもなく礼儀正しく椅子に座っている。

 山南はしゃがんで目線を合わせると少年に穏やかな声色で話しかけた。


『こんにちは、日本には旅行で来たのかな?お父さんかお母さん、保護者の方は一緒かい?』

「へぇ、流石はエリートのキャリア組。英語もイケるんですね」

「日常会話くらいだけどね」

「…あの、日本語なら話せます。父さんに教えてもらったので」

「おや」


 落ち着いた返答に三人は目を丸くする。随分と賢いお子さんらしい。


「そうか、それならこっちも助かるよ、ありがとう。早速だけど名前を教えてくれるかな」

「デイビット、です」

「デイビットくん、外に一人でいたと聞いたけど家族の人とはぐれたのかな?何処で迷子になったか覚えているかい」

「──あー、見つけた。何やってんだンなとこで」


 交番の低い入り口に頭をぶつけそうな長身痩躯の男が、面倒臭さを隠そうともしない雰囲気でズカズカと踏み込んできた。光を浴びて輝く美しい金髪と、同じ色の瞳がガラの悪いカラーサングラスの奥から覗いている。


「…えぇと、この人がお父さん?ご家族の方?」

「違います、他人です」

「──午後5時30分。児童誘拐の容疑で現行犯逮捕します」

「待て待て、誤解を招く言い方するな!あとハポンの警察のくせに血の気が多いなオイ!!」


 ノータイムで手錠を掛けようとする沖田から逃げつつ男が叫ぶ。放り投げられた名刺を斎藤がキャッチして覗き込む。


「なになに、シバルバー遺跡調査開発公社…メキシコの企業さん?」

「おうCEO様だ、敬え公僕共。疑うならこの場で調べてくれても結構だ」

「うわムカつく。そいつさっさと取り押さえていいよ沖田ちゃん」

「いや、その必要は無いよ。その会社の名前は先日ニュースで見た。日本とアメリカの大学による遺跡の共同発掘調査に協力していたはずだ」

「む…山南さんが言うなら本当に真っ当な身元の人間のようですね。これ以上抵抗するなら公務妨害で実力行使も辞さなかったのですが…」

「何なんだよこの女…地元ならともかく平和な国の警官が暴力に躊躇ゼロなのはどうかしてるだろ…」


 残念そうに手錠を収めた沖田に軽く引いている男に、警戒を解かない様子の斎藤が尋ねる。


「で、アンタとこの子との関係は?」

「件の遺跡調査をしてる教授の息子でね。辺鄙な山中での長期作業ってことでしばらく面倒見ることになった。オレは直接発掘に参加するわけじゃないが、この国に滞在中にやる仕事は何かとあるからな」

「…本当のことかな、デイビットくん」

「はい。今はフジムラさんという人が貸してくれた家に住んでます」

「オレの信用ねぇなぁ…」


 デイビットに確認をとる山南たちに傷付いた声色で呟くが、控えめに見ても反社会的な容姿をしているので仕方がない対応である。


「ですが、この年の子どもを寒い中一人で外に放っておくというのは保護者として失格だと思います。場合によってはこちらでの保護も考えなくては」

「は?…おいデイビット、オレが商談してる間はカフェに入って待ってろっつったよな?金も渡したはずだが」


 睨まれた少年が気まずそうに目線を逸らす。男は苛ついた顔で煙草を取り出したが「交番は禁煙ですよ」と笑顔の山南に取り上げられた。


「──お前も知っての通り、オレの言葉に逆らうなら相応の理由と覚悟を示さなければならない。理解してのことだな」

「…わかってる。今から説明させてほしい」


 子どもらしからぬ真剣な表情のデイビットがリュックサックから取り出したのは……可愛らしいリボンが掛けられた、小さな箱だった。沖田がパチリと瞬きする。


「それ、駅前のお店の…?」

「ニホンのバレンタインは大事な人にチョコレートを贈る日だと、フジムラさんに聞いた。だからテスカに渡そうと思ったけど、プレゼントを渡す相手と買いに行くのは意味が無いと考えた。それで一人で行動した、けど……やっぱり、言い付けを破るのは良くないことだった。ごめんなさい」


 ぺこりと小さな頭が下げられる。テスカと呼ばれた男の目はサングラスに隠れて見えなかったが──数秒後、少年の柔らかな金髪がわしゃわしゃと乱暴に掻き回された。


「わっ」

「……はぁ〜。お前、普段は可愛くないくらい頭が回るくせに訳の分からんところで馬鹿になるな。とりあえず捧げ物なら受け取ってやる、ほら寄越せ」

「!うん」

「ったく……おい、何だお前ら。生暖かい視線を止めろ、気持ちが悪い」

「いえ別に?ねぇ斎藤さん、山南さん」

「僕らが引き留める理由無くなったからねー。後は二人で仲良く帰んな」

「良かったですね、デイビットくん」


 ほわほわとした空気に耐えられなくなったのか、男は盛大に舌打ちするとデイビットの身体を抱き上げた。


「じ、自分で歩ける」

「また勝手にほっつき歩かれたら面倒だ、大人しくしてろ。あぁクソ、帰ったらフジムラのやつは減給だな」

「それはダメだ。部下には優しくするべきだ」

「偉そうに。オレのパートナーかお前は」

「将来的にはそうなる予定だ」

「全く……」


 背の高い影が夕日を浴びて伸びていく。三人の警官はその姿を微笑ましく見送った後、戻ってきた土方に「迷子を保護するなら事情を聞いてからにしろ」と厳重注意したのだった。

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