Noah's Fire
『…はい、お疲れ様ですトキさん。では…』
ザザッ
「…ふぅ」
私は通信を切り、座っている椅子の背もたれに体重を預けた。
少し行儀が悪いですが誰もいないので、周囲の目を気にすることなく力を抜いた。
「……ミヤコさん」
今回のゲーム収録のためにミレニアムの外から招いた人物。
あのアビドスの生き証人の一人であり、正気のままあのアビドスに協力していたという危険人物。
本来なら、私が直接監視して、その一挙手一投足を記録するべきなのかもしれません。
ですが…
書記の仕事は感情を差し込まず、中立のまま、ただ起こったことを書きこむこと。
しかし私は砂糖事変で知ってしまった。
今まで抱いたことがない感情…
これまでも怒ることはあってもそれとはまた異質な怒り…
どうしようもない憤怒、怨嗟、憎悪、負の感情というものを…
結果として、中毒者を鏖殺する巡航ミサイルを作り上げてしまった。
そして事件が解決して、ユウカちゃんの説教を受けて、ミサイルはとっくに解体されたが…
私はあのアビドスに対するこの感情を覚えてしまった。
元々忘れがたいこの感情は忘れない特性を持つ私と相性が悪い…
…いや、良すぎたのだ。
頭の中で割り切ることはできても、心の中ではいまだに燻ったままだ。
まるで、炎のように…
それでも、中毒者は皆アポピスの被害者で、恨むのは筋違いだと自分の中で無理矢理納得させた。
今回のゲーム開発もその中毒者に対して、意識を改める一環でもあった。
しかしそんな中で問題もあった。
今回の事変の情報を記録・計算するコンピュータに既存のデータを入力しても現在のデータと一致しなかったのだ。
様々なデータを入力しても合致率が上昇せず、
議論の末、データの何かが間違っているという結論になった。
ではどのデータが間違っているのかを考えているとき、
アリスさんから例の募集要望に関するリクエストデータが届けられた。
『ある一人の生徒が実は非中毒者だったことにして欲しい』
その生徒こそ月雪ミヤコさんだった。
彼女はカルテルのトップである小鳥遊ホシノ直属の部隊だったとデータ上はなっている。
そんな彼女を非中毒者に変える。
変わったリクエストだったが、データを変更する目処もなかったため、
そのリクエストを参考に、彼女のデータを中毒者から非中毒者へと変えた。
結果、今まで合致率が50%を切っていたものが、95%以上へと跳ね上がった。
つまり彼女は正気のままカルテルに従って行動していたことになる。
その瞬間、私の中の炎(憎悪)は再燃した。
正気のままカルテルに協力していた。
その事実で今までアポピスの所為として強引に切り離していたものが結びついてしまった。
ブルブルッ
腕が震えている。
私は一旦気を落ち着かせるために、ハーブティーを飲んだ。
…私は一度も直接ミヤコさんに会っていない。
通信越しや、彼女のペットであるウサギのぴょんこには接触したが、面と向かって話してはいなかった。
今の私が直接会ったら私が彼女に対して何をしてしまうかわからない。
彼女の人となりは監視の中でわかってはいるが、
それでも、こんな状態で対象の記録を書いたら
きっと余計な感情が入り込み、正確な記録はできないだろう。
そう結論付けた私は、直接の監視は他の人に任せて、
ゲーム開発全体の流れを監督・記録する役割を担うことにしたのだ。
『悲しみも怒りも全て因数分解してやるわ!』
ふと、ユウカちゃんの言葉が頭をよぎる。
ユウカちゃんはきっと、この気持ちを割り切れているのだろう。
…本当に
「すごいですね。ユウカちゃんは」
そう一人で納得して、私は少しだけ仮眠を取ることにした。
炎が消えることはないですけど、少しだけ火の手が弱くなることを願って。
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(SSまとめ)