No title

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鉛色の刀身を子供特有のふにふにとした柔らかい指でなぞる。

冷たさと硬さだけの、研ぎ澄まされた欠けひとつ無い鋼の塊は、まだ部屋に射し込む夕陽を反射する艶を刃にそなえていた。


これが、崩壊していくのが好き。


いくらきらびやかな宝石でも名刀でも、なんなら建物もいつかは崩れて元の形など見る影もないガラクタに過ぎなくなってしまう。けれどその崩れるまでの過程が、姿が、たまらなく美しい。

この飾太刀もいつかははらはらと風に飛ばされる錆と化すのかと。それを想像するだけで息が上がる。

この刀身にまでつけられた細かな装飾が、立体的に作られた優美な金飾りが。錆びてたすれて触れるだけでさらさらと崩れ落ちる品物になるのを今か今かと観察しながら眺めている。

隣にはもうひとつ剣がある。

これは本当に実戦で使われたもの。血のついて刃のかけた錆びた剣。

錆びた刀身に早く触りたくて仕方なくて、ついうっかり海水に沈めて見たりして錆びるのを早めてしまった。

朽ちていく経過観察もしたかったけど、剣を鞘から抜き出す頃にはそんな考え全部ぶっ飛んでいた。

鞘から丁寧に丁寧に引き抜けばぽろぽろと錆を落としながらオレンジ色に染まった剣が見えてくる。たまらない。鉄の錆びた匂いと鞘の中で増殖したカビの匂いが混ざりあってすごくいい。そっと机に置いて手のひらで錆色に染まる刀身を押すと、そのままポキリと折れて床に落ちる。

こぼれ落ちた錆の粉を指でざりざりと擦って触感を楽しむ。少し赤茶けた指をそのまま鼻に近ずけて思いっきり息を吸い込む。

鼻腔が金臭いかおりでいっぱいになって、顔からつうと汗が流れた。

たまらなくて行儀悪く床に這い蹲るのもそのままに折った剣の刃に親指を擦り付けて力を込める。容易く折れる鉄の塊に興奮が増してきた。

しばらく床で錆びた剣と戯れていると、ふといい事を思いついた。

棚にあった紅茶のティーバックの中身をぶちまけてからにする。床に散らばった錆を集めてまだ紅茶臭いティーバックの袋にぎゅうぎゅう押し込む。

おかしく膨らんだ袋に、そっと鼻の頭を押し付けて匂いを嗅ぐ。あぁ、やっぱり。すごくいい匂い。

自分のアイディアは大当たりだった。2、3日置けば紅茶臭さも消えて鉄とカビの香り袋となってくれるだろう。

にこにこと勝手に笑みがこぼれる。思わぬ収穫に酔い痴れる。


今日はすっごく安眠できそう。

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