Nastily Exhausting Wizarding Tests (終)
requesting anonymityどれだけ先延ばしにしたい物事でも期日が決まっている以上、泣こうが喚こうがその日は必ず来るのだった。ホグワーツにおける7年間の総決算、N.E.W.T.試験の本番が。既にいくつかの科目をこなした7年生の女生徒は、最も得意で最も不安な科目を前にして、自分に自信を持たせる作業に余念が無かった。
(呪文学の試験ではやれって言われた呪文はどれも完璧にできた。……最後に悪霊の火をやってみせろって言われたのはびっくりしたけど………占い学はまあ気にしてもしょうがない。それに魔法生物学の実技は試験官皆すごく褒めてくれたし!にしてもまさか麒麟とはね…………もっと危ないヤツの相手させられるもんだとばかり……麒麟にお辞儀されるってのがどういう意味を持った出来事なのか後で調べないと………なんかで読んだ気がうっすらしてるんだけど覚えてないなぁー……みんなめっちゃ褒めてくれたけど、理由わかんないまま褒められるってなんかなー。でもあんなに褒められたんだからきっとスゴイ事なんだ!………お辞儀返したの正解だったのかな?)
そんなふうに「大丈夫!できる!」的なことを考えれば考えるほど不安になっていく事を認識した女生徒の目の前を隣の教室に試験を受けに向かうオミニスが通りがかって、反射的に抱きついた。
「わ、なんだい急に。誰かと思ったけど、こんな事するの1人しか居ないね」
匂いと感触で判別したと正直に言いそうになったのをギリギリで堪えたオミニスは、抱きつかれた理由を察して穏やかに口を開く。
「上手くできるか不安だねぇ。それに上手くできたかも不安だねぇ。聞いてくれるかい?僕ね、どう考えても魔法生物学の筆記のほうの試験で1個大間違いをしてるんだよね。モークってあの小さくなれるトカゲ、原産はアイルランドだよね?アイスランドって書いちゃった」
オミニスはそこまで言って、廊下の向こうの方で若い魔女が「あらまあ!……うふふふ」と気恥ずかしげなトーンで笑って通る道を変えた足音が聞こえたし、それが自分がこの女生徒に抱きつかれている現状を見ての反応だとも察したが、その魔女の誤解を訂正しに行く余裕は無かった。
「ね、これが終わったら次の試験まで時間が有るから。みんなでお菓子食べよう?」
そしてオミニスが「大丈夫」とも「頑張れ」とも言わなかった事でいくらか気が楽になった女生徒の名前が呼ばれ、「いってらっしゃい」とオミニスに送り出されて、女生徒は「闇の魔術に対する防衛術」のN.E.W.T.試験に挑むのだった。
「あ、マッチョドラゴンのおねーさん!」
女生徒は教室に入るなり目に入った試験官の内の1人がO.W.L.のいくつかの試験で見た顔だったので思わず喜びを声に出してしまった。
「私の名前はマーチバンクスです。2年ぶりですね。こんにちは。さて、アナタには予め伝えておく事があります。ホグワーツの教授方の内何人かの提言が受け入れられた事により、この『闇の魔術に対する防衛術』の実技におけるアナタの試験内容は、他の生徒とは異なります。へキャット先生曰く『あの子の能力が知りたいならこのくらいしなきゃ』だそうです」
そう言われて初めてマーチバンクス教授以外の人たちに意識を向け、広々とした教室の向こうの壁際に闇祓いの制服を着た男女5人が杖を持って並んでいるのを見て取った女生徒は察した。―手段を選んでいる余裕は無い。
「そちらの5人を同時に相手していただきます。『闇の魔法使い数人と遭遇した』とお考えください。いいですか?『闇祓い5人との試合』ではありません。『闇の魔法使い5人に命を狙われている』のです。遠慮なく、アナタの全てを用いてください。では、いいですね?始め!」
それと同時に5人の闇祓いが次々と呪詛を発射し始め、女生徒は白い光を纏って教室中を飛び回り躱す。
「レヴィオー―あ、!」
女生徒が唱えきるより先に闇祓いの1人が払い除けるように杖を振って妨害する。
「インペディ―くっそ!」
女生徒が唱えきるより先に闇祓いの1人の若い魔女が杖を振って妨害する。
(ステューピファイ!)
女生徒が無言で放った失神呪文はあっさりと防がれる。
(あーもう、だったらお望み通り『全てを用いて』やるさ)
女生徒は反対側の手にも杖を持ち、そちらで飛んでくる呪詛の対処をしつつもう片方の杖を自分のこめかみに当てる。
「闇の魔法使い5人に命を狙われてるなら、この程度はかまいませんよね?」
女生徒が片方の杖で呪詛を防ぎながらそう言った瞬間。
「ウウウウウウウウウウウウィーーー!!!!!!」
雄叫びと共に窓を叩き割って現れたピーブズが闇祓い5人全員をわざわざ通り抜けて女生徒の元に馳せ参じた。通り抜けられた感触が不快らしく、闇祓い達は驚きながらも吐きそうな表情をしている。
「持ってきたぜええーー!!コレだろお前の『旅行かばん』って!」
そう言って旅行かばんを女生徒の足元に開いて置いたピーブズはそのまま、また闇祓い5人全員の体を雄叫びを上げながら通り抜けて暴風の如く去って行った。
悪名高いポルターガイストのピーブズに頼んで物を持ってこさせるという信じられない行いにさしもの闇祓い達も束の間あっけにとられていたが、すぐに気を取り直してまた女生徒に杖を向ける。しかしその時、女生徒の顔のそばの空中が炎上した。
「不死鳥……!」
燃え上がった空中から現れた存在を見て闇祓いの1人の若い魔女が思わず声を漏らす。
「これは、僕の、『悲しみ』」
そう言いながら女生徒はこめかみに当てた杖で、自分の頭からドロリとした銀色の物体を引き出した。女生徒は反対側の手に持った杖で闇祓い5人に呪詛を飛ばし飛んでくる呪詛を防ぎながら、その銀色の物体をもう片方の杖先でくるくると回す。
女生徒が杖先で弄ぶその銀色の流体はすぐに黒く染まり、煙のような液体のような状態になる。
「ステューピファイ!」「インカーセラス!」
闇祓いが放った呪詛は防がれ、女生徒の身を縛ろうと迫った縄は不死鳥に妨害され、その翼に触れた途端炎上し燃え尽きた。そして不死鳥は教室を飛び回り歌い始める。
「オブスキュラスってこんな感じだよね。去年見た」
そう言って女生徒はその煙のような液体のような黒いものを弄ぶのをやめ、杖を振ってそれを放った。
「……ッ!!プロテゴ・マキシマ!」
爆発した黒い煙の濁流は闇祓いの1人が展開した盾を打ち砕き、身を躱した残りの4人の内1人の腕を飲み込み杖を奪う。
「ステューピ―………ッ!」
失神呪文を放とうとした闇祓いに落雷を放ち、そのまま女生徒はその黒い煙の濁流をもう片方の杖で操り、勢いを落として自分のところにまで持ってくる。
「フリペンド!………やっぱ避けるよね。―棚から取り出したらまた元通り棚にしまわなきゃだめなんだよイシドーラ」
そう言った女生徒は手元に持ってきた黒い煙の塊をまた片方の杖でくるくると操り、元の銀色のドロドロに戻してそのままそれを杖で自分の頭の中に収めた。
(向こうに体制立て直させちゃダメだ)
「プライオア・インカンタート!」
女生徒が放った「直前呪文」は闇祓いの1人の杖に命中し、その杖は金色の火花を次々吹き出して以前に行使した魔法をどんどん再現していく。つまり、しばらくこの杖は使い物にならない。その闇祓いは次どうするか決めるより先に女生徒によって「失神」させられた。
「ステューピファイ!―なんだと?!」
取り落とした杖をどうにか拾って失神呪文を放った闇祓いは、女生徒が寄ってきた不死鳥の足を掴んだその瞬間不死鳥ごと炎に包まれて両者とも消えた事に驚愕する。ホグワーツでは「姿くらまし」できない筈だ。
「レジリメンス!」
その闇祓いの背後に眩い炎と共に「現れ」た女生徒は開心術を命中させ、不死鳥の足から手を放した。完全に不意をつかれた闇祓いは周囲に次から次へと思い出を撒き散らしながら無力化する。
「は?なんでそんな―………デミガイズか!」
もう1人の闇祓いは自分の杖が手の中から逃げ出した事に一瞬慌てるが、すぐに状況を理解した。しかしそこに女生徒が杖を向けた。
「レヴィオーソ!」
杖を失った闇祓いを宙に浮かせ、そのまま杖で操って天井や床にガンガンぶつける。
「コンフリンゴ!レダクト!」「フリペンド!ミューカス・エノージアム!」
そこにまだ戦える状態の闇祓いの男女2人が猛攻を仕掛け、女生徒は再び防勢となるが、片方の杖を開いた旅行かばんに向け、その中から一通の手紙を取り出して闇祓い2人の方に飛ばし、杖を振って開封する。
「ホグワーツ ホグワーツ♪ ホグホグ ワツワツ ホグワーツ♪ 教えて どうぞ 僕たちに♪ 老いても ハゲても 青二才でも 頭にゃなんとか詰め込める~♪」
開かれた「吠えメール」は他の教室の試験をも妨害していると確信できる大音量でホグワーツの校歌を歌い出し、それを最も近くで聞かされている闇祓い2人は反射的に両手で耳を塞いだ。
そこに女生徒が無言で杖を向け、男性の方を「失神」させる。
「ミューカス・エノージアム!(風邪をひけ!)」
最後まで残った若い魔女は尚も耳を抑えながらどうにか「感冒の呪い」を放つが、それも女生徒には躱された。
「アベルト!ポータベルト!」
女生徒はそこに開門術と鍵破壊術を撃ち込み、若い魔女が身に着けている闇祓いの制服のボタンを外し留め金を破壊していきながら、もう片方の手に持った杖で教室の窓のカーテンを操り、それを光を通さない漆黒に染める。
「レヴィオーソ!インカーセラス!」
尚も響き渡る大音量のホグワーツ校歌に、服をボロボロにされながらも耐え続ける闇祓いの若い魔女が漆黒のカーテンに包まれその上から縄で縛られるのと、その魔女が身につけていた筈の闇祓いの制服が一式全て「浮遊」させられてカーテンと縄の内側から飛び出して来て教室の隅に打ち捨てられるのは同時だった。
「降参しよ?」と女生徒が漆黒のカーテンと縄で梱包された若い魔女に提案する。
「……………服を……………返してください………………下着も」
漆黒のカーテンの内側から辛うじて聞き取れる音量でそう言った若い魔女は、完全に戦意が折れているらしい。
「そこまで!」マーチバンクス教授が宣告した。
「結構ですよ。ではいくつか質問をしますね。まず、なぜ闇の魔術を使用しなかったのですか?『悪霊の火』も『悪魔の守り』も完璧に制御できると聞きましたが」
「い、印象が悪いと思いました。皆さんはその、魔法省の方々なので。それに、今回は使いたくなかった。それ無しでやりたかったという思いがありました」
女生徒の回答を受け、マーチバンクス教授は何やらメモを取る。
「では、なぜそのような事を?」とマーチバンクス教授は漆黒のカーテンに包まれた闇祓いの若い魔女を示して訊いた。
「開始する時におっしゃられた通りに『闇の魔法使いに命を狙われている』と想定しましたので。命を奪う事無く己の身を守るなら、折れるなら心を折っておいた方が安全だと考えました」
「わかりました。では退出してください。結果は後日通知されます」
マーチバンクス教授にそう言われて試験会場の教室を後にした女生徒は上手くやれたという確かな手応えを感じながらも、反省点が思い浮かんでいた。
「あの闇祓いのお姉さんに後で謝りに行かなきゃ…………めっちゃ美人だったからつい楽しくなっちゃった………」
そして女生徒は同じく試験を終えたオミニスや他の7年生の友人たちと合流して休憩している途中でさっきの闇祓いの若い魔女とも偶然再開して平に平に謝り続け、その魔女が寛大にもお許しくださっても今度は女生徒とその魔女の会話から事情を理解してしまった友人達にしっかりとした説教をもらうのだった。
「このアホが本当に申し訳ありません………!」
「本当にいいのよ。アレは『実戦』だったんだから………そりゃあまあ顔から火が出そうだったけれど…………」
「ごめんねお姉さん」
「いいの。いいのよ。そんなことよりスゴイのねアナタ。私も他の4人もこれでも闇祓いの中でも優秀な方なのよ?あの試験だってアナタが『どのくらい耐えられるか』を見る想定だったの。なのにまとめてやっつけちゃうなんて」
闇祓いの若い魔女はニッコリ笑って女生徒を褒める。
ねえ、途中でやってたアナタの頭から何か出した魔法。アレなあに?アレだけ私達誰も推測すらできなかったんだけれど」
「あー、アレは…………ちょっと言えないヤツです……………」
そのまま謝り質問されを続ける内にその闇祓いの若い魔女と打ち解けた女生徒と友人達は、現役の闇祓いとじっくり話せるのは結構貴重な機会だと気づき、時間の許す限り交流を深めた。そして別れる頃には女生徒の心にあった漠然とした「不安」は跡形も無く消えていたが、女生徒がその心の変化に気づいたのは全ての科目の試験が終わってからだった。