Mの追憶/新たなる探偵 依頼
たえず、善と悪の風の渦巻く街。
『風都』
この街では小さな幸せも、大きな不幸も、風が運んでくれる…
左夏葵は夢をみていた。
黒い仮面を付けた小さい男の子が、ずっと謝っている。もう、許してあげて欲しいって思うのに男の子が謝っているで相手が周りには居ない。せめて、代わりに私が許そうとしたら喉から胸部までの火傷する程の熱さに戸惑って目覚めた。
「起きろ、なっつん先輩!?」
寝起きで朦朧としてる。
バイト先の喫茶店でマジックの勉強をしていたら、そのまま寝落ちしてたみたいだ。ちょっと反省会。
「う〜…おはよーございまーす」
「朝日は終わってもう、夕焼け空。また同じ夢をみてたんですか?」
魘されていた私に声を掛け、起こしたのは喫茶店『SNACK & COFFEE 白銀』に近頃入ったバイトの後輩、豊玉幸彦さんだった。
「そうなんです」
「やっぱ、件の少年が原因なんでしょうかねぇ?そこんところ、夏葵さんからのご意見どうぞ」
「今のところは無関係だと思いますよ?」
「ぐっすり眠れられるおまじないを仕入れてきたんですけど…」
「魔術や超能力等々を信じるのは、自由ですけど、奇術師として生きてきた私としては、種や仕掛けのある人間によるトリック以外信用する気にはならないと思います」
私の意思表明に豊玉はニヤニヤっとする。
「なっつん先輩って、雰囲気や普段のホワホワした行動とは違って、根っこの部分は現実主義者ですよね」
豊玉は、彼のまっすぐとした髪の毛と同じくらい公正な正直者だ。私が喫茶店バイトの終わり、自主的にマジシャンの勉強をしていると客観的に批評してくれることが遇にある。
「白銀さんも割りにそういう感じの部分あるし、マジシャン道を歩くと自然にそうなるんですかな?」
「そうなのかもね。じゃあ私は道具と参考書片付けないと…」
「手伝います。なっつん先輩!それに、先輩が承った初依頼の動向も気になりますので」
小学生男子に頼まれただけで、依頼内容は程なく終了するのに、話に含まれる探偵の父親と姉の礼音が風都で有名になりつつあるから、やれやれ恐らく楽しんでいるな。
幕開けは、二日前にまで戻る。
「お帰りなさい」
大きなワンワンを連れた男子小学生が事務所の入口付近に設置されているソファに腰掛けていた。
どうしよう。
「…ラブラドール?」
礼音が言った。
「犬種ゴールデンレトリバーで名前はジュリー」
「そうなのか!アハハ参ったぜ」
「それでぼくの名前はギムレット」
「ギムレット…『ギムくん』って読んでも良いかな?」
聞かれたギムは頷いた。
「鳴海探偵事務所のふたりに依頼したいことがあるんだ。先に言っておくが、依頼人だからといって敬語は使わないでくれたまえ」
「どうしてなんだ?ギム」
礼音は物怖じしなくて凄い。
「敬語を使う理由は、ふたつある。相手を敬う場合と相手を警戒する場合。僕はどちらをされても快く思わないからだよ」
「ふぅ~っ大人っぽいね」
「ギムは、二杯目欲しい頃でしょ?緑茶のおかわり持ってきたよ」
「冬美さん、ときめさん、ありがとうございます」
お母さん達が冷蔵庫から緑茶2Lペットボトルを出して、お客様用のコップに注ぐ。私はとりあえずメモ帳とペンを予め用意しておこう。
「依頼内容としては、保護している迷子犬ジュリーの飼い主を探してもらいたい。千切れていたから今は新しい物に変えてる。コレは、保護当時に付けていた首輪だ」
ジュリーちゃん…実は迷子犬だったんだ。それなら、ジュリーちゃんの飼い主さんの所に帰れないとお互いに悲しいもんね。私は話された依頼内容をメモして端が千切れた首輪を拝見した。