Mumpish.

Mumpish.

#杏山カズサ #宇沢レイサ #守月スズミ

 パーカーの襟元を押さえながらひと気のない公園に潜り込む。周囲には街灯もなく、公園には少しの遊具と、手入れされた芝生があって、そのどれもが闇夜に染まっている。

 一つ、深く呼吸をして靴を脱ぐ。そっと地面に足を下ろせば、ちくちくと足裏をくすぐる芝生が心地いい。ひんやり冷たい葉が火照った体温を吸い取って、蒸れた足の指に割り込んで熱を奪っていく。

 気持ちいい。

 さくさく芝生を踏みしめて歩く。いつ全部脱いじゃおうか、なんて考えながら公園を散策する。

 解きほぐれるような生温い快感に浸っていると、優しい夜風が吹きつけて、パーカーの内側に流れ込む。風は脚の付け根を撫でて、背中をなぞり、興奮からツンと硬くなった乳首をくすぐった。

「あっ……」

 唐突な全身への愛撫に思わず声が漏れ、慌てて周りを見回す。誰もいるはずないのに胸が高鳴って止まない。

 お腹が熱い。

 気づいてしまった、私は今、すごく興奮している。熱を持った下腹部に、疼く乳首、高鳴る鼓動と眩む視界。気づき、意識を向けてしまったそれらは、まるで気づいてから急に痛み出す傷口のように、悪化の一途を辿っていく。

 ダメ、我慢できない……。脱いじゃえ……。

 ファスナーを下ろしてパーカーを脱ぎ捨てる。

 服の内にこもっていた熱気を夜の暗がりに溶け込ませ、素肌を全部、星空に晒す。

「最高……♡」

 自然と直に触れ合って、自由になっている。この瞬間、私は今の人間関係からも、過去のしがらみからも解放されていて、最高に自由で、気持ちがいい。

 銃も服も規範も倫理も。私を守るものを全部投げ捨てて、1番弱くなった私を作り上げる。いけないことをしている。こんなところ見られたら終わる。バレたら日常に戻れなくなる。そんなスリルが露出への依存を一層深めていく。

 申し訳程度に胸と下を隠していた手を退けて、また歩き始める。

 公園を横断するように、端から端へ。反対側の出入り口に近づくと、公園を出て少し歩いたところに自販機の明かりが灯っているのが見えた。

「うん、うん……。なんか、喉乾いたなぁ……」

 誰にでもなく言い聞かせるように独り言を呟く。そうだよ、喉が渇いているんだもの仕方ないよね。

 そうと決まればスマホを取りに戻って、さっき見た自販機まで向かう。公園を一歩踏み出す。

「っ……!やばっ♡」

 道路に出た瞬間、爪先から頭に快感が駆け抜け、腰を震わせる。

 仮にも公園の中という限られた範囲で完結したはずの行為を、人が通るかもしれない道路にまで広げている。脱ぐ場所が変わるだけで、こんな、こんなに気持ちいいだなんて……。

 乱れた呼吸で自販機に向かう。あと10歩、あと5歩。

 ひたひた歩みを進める。明かりとの距離が近づいて、暗がりに隠れていた私の裸体が冷たい蛍光灯に照らされる。誰が見ても私の所業が理解できるくらいになった瞬間、どこかの家のドアが開く音が聞こえた。

「ひっ♡」

 思わず身を竦める。

 怯えるならこんなことをしなければいいのに。美味しいスイーツの情報でもサーチしていればいいのに。でも、それでも、きゅうきゅうと甘く収縮する肉壺が中断を許さない。

「ふーっ……ふーっ……」

 しゃがんだまま声を押し殺して、あたりに人の気配がしないのを鋭敏になった五感で探る。

 ……大丈夫。誰もいない、まだバレていない。

 改めて立ち上がり、自販機の前に立つ。

 手が震える。心臓の音が耳元で聞こえて、全身は浮遊感に包まれている。

 早く、早く買ってここから逃げないと。覚束ない指先で天然水を選んで、タッチ部位にスマホを押し当てる。電子決済の音が鳴り、取り出し口にガコンと乱暴に落とされたそれを拾い上げて公園に戻ろうとした瞬間、公園の入り口付近で「うぎゃ!」っと小さい悲鳴が聞こえた。

 慌てて自販機の裏に身を隠す。

(誰?いつの間に?足音?こっちに来てる?)

 やばっ、終わる。私、終わっちゃう。

 破滅がすぐそこまでやってきている。喉元に刃物を当てられているような鋭い恐怖。そして、背筋を駆け巡るゾクゾクした高揚感に頭がぐちゃぐちゃになる。鼓動は一層早まって、こんな状況なのに秘所は滴るほどに濡れそぼっていて……。

(ああ、そっか。私はきっと、とっくのとうに終わっていて……)

 なんて、馬鹿なことを考えている間にも、一歩一歩しっかりと地面を踏み締めるどことなく頼もしい足音が近づいてくる。

 ぎゅっと目を瞑り、気付かないで通り過ぎますように、引き返してくれますようにと祈りを捧げる。

 ……足音は、私の真横で止まった。

 飲み物を選んでいるわけでもない。たまたま立ち止まっているわけでもない。明確に、私の存在を認識していて、隠れているのを分かっていて、それで、ここまで来た。

 ごめんなさい……。涙が滲んできて、何様のつもりか謝罪の言葉を述べようとしたのを、ふわりと肩に布をかけられ遮られる。……これは、私のパーカー?

 訳もわからず目を開けると、足音の主の、真っ白な長髪と赤い瞳が闇夜でもはっきりと認識できた。

「とりあえず、着てください」

 パーカーをそっと肩にかけてきたその人は、ヘイローの消えた宇沢を小脇に抱えた、守月スズミさんだった。

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