Mr&Ms.チェンソー

Mr&Ms.チェンソー


「んお…?」

「起きた?」

デンジが目を開くと、目の前にナユタの笑顔があった。忘れ難き女の面影を偲ばせる娘とデンジがいるのは、落下の悪魔が去った後の市街の一角。無人になった店舗にデンジを寝かせていたのだ。

合流したナユタから悪魔が去った事を聞いたデンジは、家族の元へ帰る事にした。時刻は深夜、後10分ほどで日付が変わる。

道中、隣を歩いていたナユタがチェンソーマンへの変身をしばらく控えてほしいと頼んで来た。

「なんでぇ?」

「デンジが見た、ちょ〜ヤバい悪魔のせいで、皆不安なんだよ。そんな状況でチェンソーマンを見たら縋り付いてくるよ」

「いいんじゃねえ?」

皆が自分をチヤホヤしてくれて、モテモテ…はリンゴに殺されるからいらないとしても、悪い話ではないとデンジは感じる。

「デンジの都合無視してきても?正体がバレたら家まで押しかけてきて、チェンソーマンになってくれって言うヤツも出てくるかもよ?

デンジがなりたい時にチェンソーマンになる方が良くない?」

「…ちょっと待って」

デンジは少し考えてみる。服を脱ぎ、リンゴとベッドに入り、情を交わそうとしたその瞬間、自宅のインターホンが鳴る…正直迷惑だ。

「そうだな!!」

「チェンソーマンになる時は連絡ちょうだい。そしたら、デンジの正体がバレずに済むような状況を私が作るから」

「あれ…?」

フミコが目を覚ましたのは、見覚えのない部屋の中。簡素なベッドに寝かされていた彼女は戦争の悪魔に呼びかけるが、この場所に心当たりはないらしい。

フミコの身体には包帯や絆創膏が貼られており、誰かが手当てしたようだ。

そっと廊下に顔を出して、姿勢を低くしてすぐ、若い女性と鉢合わせになる。彼女は上半身がブラジャー姿のフミコにスウェットを渡すと応接間に通し、人を呼びに向かった。

女性に渡されたスウェットを着て、少し待っていると、一人の男性が応接間に入ってきた。

「申し訳ない。気を失っていたのでこちらで保護させて頂いたのですが、不安にさせてしまいましたね」

「ありがとうございます。あの…ここは?」

フミコが目を覚ましたと聞いてやってきたのは、短髪の眼鏡をかけた男性。短い顎髭を生やしている彼は、この場所の拠点長と名乗った。

拠点長曰く、フミコが保護されたのは貧困対策に取り組む支援団体「駆け込み所 なごみ」の拠点の一つとの事。

「あの…あれは…」

「ん?ああ」

案内された応接間には、頭からチェンソーを生やした怪物のレリーフが飾られていた。

「我々は元々、悪魔被害者が中心になって出来たコミュニティなんです。自然、悪魔と戦うチェンソーマンのファンも集まる」

「へぇ…」

フミコは眼鏡の拠点長に礼を述べてから、団体の拠点を後にした。渡されたスウェットは譲るとの事だったので、フミコはありがたく着ていく事にする。

既に夜は明けており、フミコはそろそろ仕事の時間だ。

戦争の悪魔はチェンソーマンの支持者に助けられたと知ってから、ずっと苛ついている。

落下の悪魔降臨がもたらした爪痕は深い。東京都の全区域では停電が続き、さらに広い地域で計画停電が実行されるという。

確認できた段階で死者行方不明者は2000人を超えており、世界各国で落盤や土砂災害が連続していた。落下の悪魔の影響で、重力に異常が生じたのだ。


なごみの拠点を出てからタクシーを拾い、一度自宅に戻ったフミコは歯を磨いてからシャワーを浴び、食パン1枚を野菜ジュースで胃袋に流し込むと、着替えて仕事に向かった。

落下の悪魔出現後の事後処理であちこちに駆り出され、悪魔が出たら駆除に出向く。勤務が終わったのは午後9時過ぎ。

「疲れた…」

「重労働になるのは分かっていただろう。適当に休めばよかったんじゃないか?」

「公務員ですからね〜、こういう時に働いてこそじゃないっすか〜」

「私の身体でもある事を忘れるなよ」

とてもじゃないが、料理する気にならなかったフミコは帰る途中、開いていたスーパーに吸い寄せられるように入店。残っていた弁当を購入すると、今晩の夕食にした。


その翌朝、フミコの目に衝撃のニュースが飛び込んで来た。フミコが寝ていた頃に放送された深夜番組で、チェンソーマンが名乗り出たと言うのだ。

顔を帽子で隠した青年は一躍時の人となり、チェンソーマン支持者が集まる「チェンソーマン教会」への入信希望も増加傾向にあるらしい。

「本人だと思います?」

「どうでもいい。一度殺せばハッキリするだろう」

朝食をとりながら会話していると、戦争の悪魔は妙に機嫌が良さそうだった。理由を尋ねると、戦争の悪魔は不敵に笑い「もうすぐ戦争が起きる」と断言した。

落下の悪魔が世界中に被害を与えた事で全ての国がダメージを受けた事から、近いうちに何処かの国が戦争を起こすと踏んでいるらしい。

フミコが家を出ようとした矢先、三船家のインターホンが鳴る。携帯と財布を持っている事を確かめてから、カメラで外を確認すると、公安の制服を着た人物が2人立っていた。

「バレたか」

「…」

フミコは思案する。ドアの前にいる職員達に問答無用で踏み込んでくる様子は無いため、うまく言いくるめる事が可能かもしれない。

「長く待つとは思えんが…」

出勤前に公安が訪ねてくるなど、只事ではあるまい。

(まず用件を尋ねてみる…?)

フミコが用件を伺うと、不法に悪魔と契約している疑いが彼女にかかっている為、本部まで同行するよう職員達は求めてきた。

(だいたい予想通りっすね〜)

戦争の悪魔と同化している事実を公安に掴まれるのは不味い。戦争の悪魔が大人しく捕まるとは思えないからだ。

加えて、フミコ達はバディの久保田、ショッピングモールで武器に変えた暴徒に加え、バイクを奪う際にその持ち主を殺してしまっている。

この身体の罪は、フミコの罪になるのだろうか?久保田とバイクの持ち主を犠牲にするつもりは、フミコには無かった。運が良ければ、悪魔か魔人として公安に籍を置くことは出来るだろう。

今なら先手がとれる、という思考がフミコの中に降って湧いた。

(この部屋を武器にします。その後はお願いしますね)

「まかせろ。必ず逃げ切ってやる」

考えが伝わるのは、こういう時には便利だ。

「はぁ…スウィートホーム」

フミコは玄関に向かうと靴をそっと履いて、床に手を当てる。フミコの部屋が一瞬で消失し、ドアの前にいた2人の公安職員とフミコの目があった。

彼女の手には1本の大剣が握られている。鍔にあたる部分はドアの取っ手、配管、コンロ、両親の遺灰を納めた骨壷で構成されており、幅広の剣身は紅白のニ色。スパインブレードを呑み込んだらしい。

フミコと交代した戦争の悪魔が剣を薙ぎ払うと、2人の職員の身体は水平に両断された。熱したバターのように抵抗なく刃が通る。

「いい感触だ…ハハハハ!気分爽快だ!」

軽く、丈夫で切れ味がいい。フミコの自宅を丸ごと対価にした剣「スウィートホーム」の出来に満足した戦争の悪魔は2名の死体の脇を通り、フミコの家があった空白から走り去った。

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