Mondenkind Experiment
あたり全てが砂嵐の只中のようにぼやけていた。
なぜ自分はここにいるのか。それすらも煙のように解けて消えていくかのような感覚。
それは、眠りに落ちる直前のようであり、目が醒める寸前のようでもあって––––––
「…起きてください。起きないと殺しますよ」
馬鹿な…まだハロウィンは…
何度も出てきて恥ずかしく…うっ
「誰がエリチャンか」
べし、と頭を叩かれる感覚がした。
ここは…?
誰…?
「…さて、なんでしょう。あなたはなんだと思うかしら」
(…なんだろう、なんだか)
(口を開いてはいけない気がする)
「……………ふふ、聡いんですのね。
経験によるものかしら。それとも、天性?まあ、どうでもよろしいのですけれど」
左右にふらふらと揺れているのか、もしくはこちらの視界が定まっていないのか。ゆらり、ゆらりと影が蠢き、姿が掴めない。
「大変だったのですよ?あのおばか達の目を盗んで抜け出して…それだけでは“溢れて”しまいますから、あなた方の世界の…あるたあえご?なるものを参考にしていくつか混ぜ込んでみて…それでようやくこれです。
とはいえそれだけではまだ足りなかったのですが……それはまあ、ほら、お互いに隠し事をしているのでおあいこなのです。
ふふーんだ。あれが先に好きになったのは私なんですからね。ざまをみろペラペラ豚女」
以前姿は杳然として知れないが、むふん、と胸を張るような声だった。
「………………しかし、私が誰か。私が誰か、ですか–––––
–––––本当にわかりませんね。可能性の塊とか?」
(自分で言っちゃうんだ…)
「む。推察するに、私に大言壮語癖があるとの疑いをかけておいでかしら。
嘘ではありません。本質を抜き出しお前たちの世界に照らし合わせて見れば、かつて乗り越えてきた何かか、あるいはこの先乗り越えるべき何かの方に類似しているはずです。
泥の津波。怒れる機構。貪食の炎。氾濫する愛。絶滅の蟲。……あるいは始まりの球?まあ、どうでも良い話なのですけれど」
……詳しいね
「詳しくあるのも役割です。お前たちがここに居るという時点でそういったものが発生する因果までこちらに持ち込まれているわけですから、そちらのせいとも言えるのですよ」
そう言われてもこちらも困る、と首をすくめる。
でしょうね、という嘆息で返された。
「ここが何処か、という問いに関してであれば、もう少し明瞭に返答できます。
アメリカ合衆国、イリノイ州シカゴ近郊–––––そういうセッティングですので」
視界が開ける。–––––元からそこにあったものに、今気付く。
はっきりとした視界の中で、ぼやけた影が笑っていた。
「さて、私は何者なのでしょう?」
…貴方は親切な通行人で、
「………………」
帰り道を教えてくれたりするよ
…ついでにちょっとだけ助けてくれたり?
「……はあ。まあ、主人公がいなくてはしまりませんし、よいでしょう」
ほんの少しの落胆と安心を含んだため息のあと、有角の少女はす、と背後を指さす。
振り向いてみれば、少し離れた位置にいかにも“らしい”大衆酒場があるのが目に入った。
「––––––さ、帰り道はあちら。
お行きになって、通りすがりの迷子さん。
こんなに暑くては嫌になってしまいますし、ついでに冷たいミルクでも飲んでいかれればよろしいわ」
君は、どうするの?
「ああ––––––私のことでしたら、どうぞお気になさらず。今回は何もいたしません。
せっかくだから、望まれることをやりたいですものね。
しばらくの間は、わがままで、家族が大好き。笑ったり泣いたり喜んだり怒ったりする、なんの使命も果たさなくても生きていていい女の子なのです」
風が吹き、視界が遮られる。
––––––目を開ければ、そこにはもう誰もいなかった。