Metamorphose

Metamorphose

133氏より


 アンモニア臭と下卑た落書き。申し訳程度の安い芳香剤。便器の黄ばみ。ぬるついた床。点滅する蛍光灯に集る羽虫。古くなった蝶番が軋む。歪んだ扉の鍵は押せば開く。天井の罅割れ。

 今にも漏れそうな人間だって野ションと天秤にかけてなお利用を決めかねる、寂れた公園の汚れた公衆便所。しかも真夜中。

 ホームレスとて避けて通るこの精神的禁足地で、現在、糸師冴は誘拐犯に写真撮影されていた。白ワンピース麦わら帽子ルックで。


「汚さえぐちな背景と盛れてる美少年のアンバランスさが良い感じ〜。やっぱ宝石のビジュ映えさせるんは海とか森よりゴミ捨て場なんよな。まあここトイレだけど。汚×清、醜×美がベスカプってワケ」


 ギャルとオタクを融合させてインターネットに浸けたような喋り方の不審者は、恐ろしいことに85歳の近所のジジイだ。縁側に座って盆栽を育てているタイプの育ちの良さそうなジジイだったのに、普段は一人称がワシで長老みたいな口調のジジイだったのに、たまに帰ってくる娘夫婦と孫を笑顔で迎え入れているジジイだったのに。

 まさかあれら全ては擬態で、心の奥底ではずっと他のわかりわすい変態どものように冴への劣情を拗らせていたのだろうか。それとも、やはり冴の体からは成人男性をキショおじにする変なフェロモンでも出ていて、このジジイも遂にそれが許容値を超えてしまった?

 どちらにせよ、物心ついた頃から優しくしてくれていた好好爺が自分に性欲を持っていたのは久しぶりにショッキングな事実だ。幼稚園児の自分を高い高いして庭の柿をとらせてくれた思い出が蘇っては穢れて、使用済みのティッシュみたいにくしゃくしゃに丸まってゆく。心臓がちくりと痛い。


「あはっ。ごめんね冴ぴ〜。こんなジジイになっちゃってごめんね〜。我慢したのにねぇ〜、我慢しきれなくてごめんねぇ〜。……ワシもこんなワシにはなりとうなかったんじゃ。すまんなぁ冴ちゃんや……」


 傷付いた瞳を揺らす冴を見て、一眼レフを構えていたジジイは泣きながら小さな声で呟く。嘘じゃなかった。本当にこんな生き物にはなりたくなかったのだろうと思えるだけの深刻な響きがあった。それでもシャッターを押す指が止まらなかった。

 なりたくなくても、もう、こんなジジイになってしまったのだ。一度バケモノになった人間はもう元の自分には戻れない。そういう風に生きるしかないのだ。

Report Page