Memory , Transfer , Reproduction
ある人は、『恋とは神経系に生ずるある種の電気信号でしかない』と言いました。
事実、感情の種類によって生ずる脳の活性化部位は異なるという研究結果もあります。
突き詰めれば、いずれは恋というあまりに深遠な心の動きさえ、電気信号のパターンとして再現できるかもしれません。
さて。
感情が神経系に生ずる電気信号のパターンであるとするなら、それはつまり一種の情報であると言えるでしょう。
……時に先生は、情報の質量について考えたことはありますか?
ミクロの視点で見れば0と1の集合でしかないデジタルな情報でも、ある視点から見るとそこに質量が生じうる……
少し想像しにくいですが、この類の研究は実際に行われていたりするようですね。
或いは……情報の形成・変更・保存・削除といったことには質量とエネルギーが必要である、と考えれば良いかもしれません。
いずれにしろ、そこには記録媒体というモノ──つまりは質量と、作業というコト──つまりはエネルギーとが不可分です。
質量やエネルギーは形が変わりこそすれ失われることは無い、という保存則はご存知でしょうか。
記録媒体という質量と作業というエネルギーによって生じた「情報」は、同じだけの質量やエネルギーを持つ……
そういった考え方も、出来るかもしれません。
ここまでは物理学のお話でしたが、少しだけ生物学の分野にも触れますね。
質量保存則は、物質そのものの組成や構造が変化しても、最小構造要素である原子は変わらない、というものです。
一方で生物の基本的な最小構造要素は細胞であり、細胞には遺伝子が格納されています。
遺伝子とは数種類の分子が特定の順に並んだ遺伝情報である……ということくらいは、先生もご存知でしょう。
原則として、遺伝子は同種間で世代を超えて伝えられるものです。
しかし、時に遺伝子は異種間で、世代交代を経ずに伝えられることがあるそうで。
この異種間の遺伝子伝達現象は遺伝子の水平伝播と呼ばれるようです。
異なる種同士での遺伝子の伝達……と言っても、全てが伝えられるわけではありません。
遺伝子が含まれるのはDNAやRNAといった長い鎖。その一部分が切り取られ、何らかの形で伝達されていくのです。
尤も、切り取られた部分が伝播した先で正しく機能するかは別の話ですし、
また、水平伝播した遺伝子の情報が世代を超えて残るか……と言えば、それは分かりませんが。
……長々と話をしてしまいましたが、つまりはこういう事です。
一つ。マクロな在り方が変わっても、構成していたミクロの要素たちは増えも減りもせず、その本質を残し続ける。
これが質量やエネルギーの保存則ですね。
二つ。見方によっては情報は質量を持つ存在である。
三つ。感情は神経系に生ずる電気信号であり、このパターンを記録したものは情報であると言える。
四つ。生物を構成する遺伝情報は、時に一部を切り取られ別の個体へ伝播していく。
これらを結び付け、私はこう考察しました。
即ち──『感情や思想は一部ないし全体を切り取り、個体間で伝達、発現し得るものである』と。
そう考えると、MTR部……遺す者と遺される者との関係に通ずるものがあると思いませんか。
『過去に生きた個体の思想などを記録、蓄積し』──
『その全体、或いは有用な一部分を写し取って』──
『今を生きる別個体へ伝達、それを発現させる』──
或いは、これは既に技術として成立して、どこかにあるのかもしれませんね?
例えば──誰かに何かを残したいと願った者たちが眠っている場所、だとか。