MOLE小隊 SS1

MOLE小隊 SS1


・邂逅

「サーモバリック弾が奪われました。」

 突然、そんな報告が上がってきた。

"サーモバリック弾って、あの?"

「はい。子ウサギ駅地下のサイロに持ち込まれた弾道ミサイル用サーモバリック弾です。D.U.郊外の軍事施設への輸送中、何者かに襲われ輸送車ごと奪われました。追跡しようにも襲われた地点には付近に極秘の軍事施設があるが故に監視カメラ等が設置されておらず、襲われた局員の証言も不可解です。」

"不可解?"

「それが……。正体不明の化け物に襲われたと言っています。」




"というわけで、何か心当たりはない?"

 こういう人物に詳しそうなFOX小隊に聞きに来た。

「そう言われても……。というか、こんな話私たちにしてもいいんですか?」

"それなら大丈夫。"

「そうですか。証言を聞く限り、思いつくのは一つだけです。」

"それは……。"

「私たちの一つ下の学年に存在した潜入任務を専門とする特殊な小隊。その名もMOLE小隊。正体不明の異名をもつ特殊部隊です。」




 その日の夜。MOLE小隊に関する資料が届いた。

(全く情報がない。唯一手に入れることができたのは……。入学時に学生証用に撮られた写真だけ。)

 写真に目を通す。写真の下にはそれぞれの名前が書かれていた。

 葉刃崎(はばさき) シズカ、佐々礼(さざれ) ミスズ、壬生(みぶ) ユラギ、朝掛(あさがけ) トバリ。

"この4人がMOLE小隊。"

「先生。こんな時間までお仕事? 大変ですね。」

"!?"

いつの間にか、目の前に一人の生徒が立っていた。見たことがない生徒だ。

"君は誰?"

「うーん、そうだねぇ。先生の探しているモグラ、かな?」

"モグラ!?"

 思わず手元の写真を見るが、目の前の生徒は4人の内の誰にも似ても似つかなかった。

「それ、私たちの写真? 懐かしいな。」

"いつの間に!?"

 写真を見た一瞬の間に彼女は後ろに回り込み、机の上に広がった写真を覗き込んでいた。

「ねえ先生。」

 その言葉を皮切りに彼女の雰囲気が変わる。

「先輩たちが逮捕され、事件がひと段落ついたからといってSRT廃校に伴う問題は依然として残ったままです。」

 そう言うと彼女は距離を取りつつ話を続ける。

「SRTは、MOLE小隊は、連邦生徒会長あってこそのものでした。我々は行くあてを失っています。」

"ヴァルキューレじゃダメなの?"

「あんなところに私たちは扱えません。それこそシャーレのような組織でなければ。それとも、先生は我々を使ってくれるのですか? 我々は命令されればどんな場所にも潜入し、何だっていたしましょう。」

"そんなことはしないよ。"

「残念。まあ、わかっていましたけれど。ですが、現状のキヴォトスで連邦生徒会長の代わり足りえるのは先生だけです。簡単に諦めることなんてできないんですよ。」

 そう言って、彼女は懐から何かを取り出した。

「サーモバリック弾はこちらにあります。これを押せば、キヴォトスのどこかに仕掛けたサーモバリック弾が爆発します。もし先生が我々を見捨てるようであれば、どうするかはわかりません。」

"私は君たちの望みを叶えてあげることはできない。"

"でも、何があっても私は君たちを、大切な生徒を見捨てたりしないよ。"

「ふふふ。あはははは。……先生ならそう言ってくれると思ってました。じゃあ、これはもう要りませんね。」

 彼女がスイッチを押した。

"!?"

「心配しなくても大丈夫ですよ。アビドス砂漠の奥深く、何もなく誰もいない。そんな場所で爆発が起きただけです。あれはあるだけで危険なものですから。さっさと処理してしまった方がいいでしょう?」

"それは……。"

「それでは先生。またどこかで。私たちを大切な生徒だと言うならば最後まで付き合って下さいね。」

"待って!"

「何ですか先生?」

"結局君は誰なの?"

「モグラです。それ以上は今はまだ……。正体不明はMOLE小隊の一番の武器です。それを手放せというのなら、それ相応のものを示してくださいな。」

"……。"

「代わりといってはなんですが、少しだけお話を……。先生、オーパーツはご存知ですね。もう誰も扱うことができない遺物。けれど、それらには確かに作られた意味が、想いがあって、果たすはずだった役割があるのですよ。」

"?"

「それでは、今度こそさようなら先生。また今度。」

 そう言って彼女は去っていった。



・百鬼夜行にて

「やっ、先生。」

 ユカリと別れ、陰陽部の元へと向かう途中、百鬼夜行の制服を着た生徒に話しかけられた。

"君は?"

「以前シャーレに伺ったモグラです。」

"モグラ!"

「声が大きいですよ。せっかくですし少しお話を、と思ったのですが……。どうやら今、先生は忙しそうですので、また後でお伺いします。」

 そう言うと彼女は会釈して人混みの中に消えていった。




 その日の夜。魑魅一座に絡まれていた百花繚乱の生徒と別れ思案していると、誰かがこちらに歩いて来た。

「先生? お疲れですか?」

"君は……、モグラ。"

 歩いて来たのは昼間に会った百鬼夜行の制服を着た生徒だった。

「はいそうです。今回は少し連絡をしに来ました。」

"連絡?"

「はい。少し調べましたが百花繚乱が解散したようですね。」

"……。"

「「解散令」に「継承戦」に「燈籠祭」。今、百鬼夜行は難しい状況にあります。そしてそれらに、私の様な部外者は関与する余地はありません。ですので、私は手を引こうかと思います。少なくとも事態がひと段落つくまでは……。だから先生は私たちのことは気にせずに、今は目の前のことに集中して下さい。」

"……わかった。ありがとね。"

「いえ。ではまた事態が落ち着いたら。」




 花鳥風月部の箭吹シュロが起こした騒動から一夜が明けた。ニヤの話を聞いて陰陽部の建物から出ると見覚えのある生徒を見かけた。

"モグラ。"

「あっ先生。もういいんですか?」

"うん。一先ず百鬼夜行はもう大丈夫。"

"だから君の話を聞かせてほしい。"

「……とりあえず歩きませんか、先生。」

 そう言って歩き出した彼女の背を追う。

「お祭りは再開するそうですね。よかったです。」

"そうだね。"

「やっぱり先生はすごいですね。」

"私だけの力じゃないよ。"

「ふふ、先生ならそう言いますよね。では、私も約束を果たすとしましょうか。」

"約束?"

「私の正体を明かしましょう。先生は正体不明を解くに足る相応のものを見せてくれました。少なくとも私はそう思いました。」

"いいの?"

「はい。私は避難誘導に参加していたので詳しいことは知りませんが、百花繚乱の皆様を見れば先生が行ったことも想像がつきます。後、これはあくまで私個人の意見ですが、正体不明は別にどうでもいいんです。」

"えっ!?"

「確かに正体不明は私たちの一番の武器です。ですが、武器はそれだけでありません。だから、そこまで拘る必要はないと思っています。そもそも正体不明は……。いえ何でもありません。」

"……。"

「では行きましょうか。」

"?"

「ただ正体を明かすだけ、ってのもつまらなくありません? せっかく百鬼夜行にいるんです。少しやってみたい事があるんですよ。」

"!?"


 そうして手を引かれるままについていくと……。

「あっ、主殿!」

「あれ先生殿じゃん。」

「先生。そ、そちらの方は?」

 そこには忍術研究部のみんながいた。

"えっと……。"

「ねえ君がイズナちゃん? 少し煙幕弾を分けてくれない?」

「へっ? どうしてですか?」

「私も忍術、やってみたいなって。」

「なんと! そういうことでしたら是非どうぞ!」

 彼女はイズナから煙幕弾を受け取ると、少し離れて二本指を立てた手を眼前に構える。

「では……。忍法、変化の術!」

 そして、煙幕弾を足元に投げた。辺りに煙が広がる。

 煙が晴れたその時、その場にはピンク色の髪をたなびかせ、赤い目をした少女が立っていた。

「わあっ! すごいです!」

「えっ、すっご。何あれ、どうやったの。」

「えっ、わっ、すごいです。」

 そんな光景を見た忍術研究部のみんなが詰め寄る。

「えっと……。せ、先生! 次、行きましょう! まだ行きたいところあるんです! あっ、煙幕弾、ありがとうございました。」

"!?"

 腕を掴まれ気が付いたら、ものすごい勢いで引っ張られていた。


「ここまで来れば大丈夫かな。」

"急に逃げなくても……。"

「いやだって、ただの早着替えですよ。あんな目で見られるとちょっと困ります。」

"あはは……。"

「改めまして、MOLE1葉刃崎 シズカです。何か聞きたいことはありますか?」

"……君たちは何を望んでいるの?"

「……それは。……答えられません。すみません、正体を明かすと言っておきながら。」

"大丈夫だよ。それじゃあ、今まで何していたの? ちゃんと生活できてる?"

「生活は……、問題ありません。私たちはどこにでも潜入できますから。……まあ、SRTの正義とはかけ離れていますが。」

"それならよかった。"

「それと今まで、ですね。それはなぜこのタイミングまで潜伏していたのかということですか?」

"言いたくないなら言わなくてもいいよ。"

「別にそういう訳ではないですよ。単純なことです。お狐様が何かしていたようなので、様子見をしていただけです。」

シズカは手を狐の形にしながら言った。

"それってFOX小隊のこと?"

「そうですよ。私たちは先輩たちに決して賛成できませんでしたけど、明確に反対することもできませんでしたから。」

"それはどうして?"

「うーんと。……先生が望む回答ではないと思いますが、賛成できなかった理由だけならお教えできます。お聞きになります?」

"うん。"

「では、と言っても単純なことです。SRTが閉鎖されてから先輩たちが逮捕されたあの事件までの間、私たちの内の一人はカイザーPMCにいたからです。」

"それって……。"

「はい。防衛室との繋がりも把握していました。」

"その子、今は?"

「心配しなくても大丈夫です。先輩たちが逮捕されて以降カイザーPMCは大変なことになりましたから。自然に去ることができました。」

"君たちはずっとそんな事を……。"

「あっ先生。もうそろそろ完全に日が落ちます。なので、今日はこれくらいで。続きはまた今度ということに。」

 シズカはウィッグを付け、変装し直すと走り去ってしまった。



・夜の会議

 深夜。どこかの一室。

「シズカ、あの大人に正体を明かしたでしょ。」

「ミスズ。もしかして見てたの?」

「別にいいでしょ。」

「まあ……、そうだね。」

「何が狙い? SRTはもう戻らない。あの大人は連邦生徒会長の代わりをやるつもりはない。だと言うのにあの大人に近づいて何になる? 私たちがあの大人に懐柔されるのを待ってるつもり!」

「別にそんなつもりは……。」

「あるでしょ。じゃなきゃあそこまで話さない。あんたは私たちとあの大人との間の壁を薄くしようとしている。そうでしょう?」

「何言ってるの? 私、そこまで頭良くないよ。」

「あんたまたそれっ!」

「二人とも、少し落ち着いて。」

「ああ、ごめん。」

「ごめんね。ユラギ。」

「ただ、ミスズ。先生のことを判断するのは全員が直接会ってからでも遅くないと思う。」

「そう……。あんたがそう判断するなら私は従うまで。」

「じゃあ次は誰が行く?」

「なら私が行こう。」

「トバリ?」

「ミスズが私たちの分まで怒ってくれているのはわかるが、その様子ではまだ早いだろう。それならば私が行く。」

「そう? ならまたトバリの報告の後で。」

 予定が決まるや否や、ミスズが立ち去る。

「……シズカ。」

「うん。よろしくユラギ。」

 そんなミスズを追ってユラギも出ていった。足音が遠ざかるのを確認してシズカがふらついた。

「シズカ。お前は……。」

「大丈夫。やっと兆しが見えてきたから。だから私はまだ大丈夫。」

「そうか。無理するなよ。」



・二人目

 オペラハウスに向かうためシャーレの外に出るところだった。

「やあ先生。これから仕事?」

 見たことない生徒に声をかけられた。

"この感じ、もしかしてモグラ?"

「当たり、です。良ければお仕事手伝いますよ。どこに潜入しましょうか。」

"遠慮しておくよ。"

「そうですか……。では挨拶はこのくらいで。少しだけお話してもよろしいでしょうか? そんなに時間は取らせませんので。」

"少しだけならいいよ。"

「ありがとうございます。では。」

 そう言うなり、彼女はウィッグやカラコンを外して変装を解いた。

"!?"

「改めましてご挨拶を。MOLE4、朝掛 トバリだ。今回は先生に伝えたいことがあって来た。」

"伝えたいこと?"

「私が今回こうして正体を表したのは、シズカの意見に少なからず賛同しているからこそだ。しかし、後の二人は違う。」

"それは……。"

「この先はきっと苦戦することになる。だが、私たちから目をそらさないでほしい。」

"もちろん。"

「それなら安心だ。ところで先生はこれからどこへ?」

"教育用BDのためにオペラハウスに行く予定だよ。"

「オペラハウス? たしかあそこは今日……。まあ先生なら大丈夫だろう。ではまた、お気を付けて。」




 その後、オペラハウスでの事件に巻き込まれて便利屋のみんなやサオリと屋台で食事をした帰り道。行きに出会った生徒と出くわした。

"トバリ?"

「ああ先生か。今日は大変だった様だな。」

"そうだね……。"

「先生はあんな生徒であろうと、真摯に向き合っているのだな。」

"……。"

「シズカの言っていた意味がわかった様な気がするよ。先生、伝えたいことがある。」

"何かな。"

「シズカのことだ、どうせ言っていないのだろう。先生、なぜ私たちがサーモバリック弾を盗んでまで先生の注目を集めたのか、なぜ自棄の可能性をちらつかせてまで先生の言葉を引き出したかわかるか? そこに込められた思いを。」

トバリの真剣な表情に息を呑んだ。

「私たちを助けてほしい。私たちはもう限界だ。きっと口にしていないだけでみんなが感じているはずだ。」

"まかせて。"

「そうか。ならまず、私たちを知ってほしい。私から伝えるべきはここまで、後は残りの二人から聞くべきだ。少し時間が掛かるかも知れないが先生にならきっと答えてくれるはずだ。そして私たちではどうしようもないこの状況を解決する手立てをどうか……。それまでは私が何とか持たせてみせよう。」

"わかった。"



・三人目

「先生。やっと起きた。」

 目が覚めると誰かの声が聞こえた。いつの間にか寝落ちしていたようで、シャーレのオフィスを見渡すと見知らぬ生徒が一人いた。

"えっと、君は……。"

「MOLE小隊の佐々礼 ミスズ。まあ、今は変装してるけど。」

"えっ!?"

「なに先生? そんな顔して。先生が私のことをどう聞いたのかわからないけど。二人が正体を明かした以上、今さらでしょ。」

"……。"

「はいこれ、私のモモトークのアドレス。てっきり、シズカが渡したと思っていたんだけど。」

"なんで私に?"

「今、先生と連絡がとれなくなると困るのは私たちの方だと思うから。」

"そういうことなら。"

「じゃあ始めようか。」

"?"

「シャーレに来た生徒は先生の仕事を手伝うのでしょう? 何から手をつければいい?」

"えっと、全員がそうというわけではないよ。だから……。"

「私がやると言っているの。仕事机で寝るような人に拒否権はないから。」

 その後、ミスズは数時間ほど仕事を手伝って帰っていった。

 その日を境にミスズはよくシャーレに来て仕事を手伝ってくれるようになった。毎回違う格好をしているので最初は戸惑ったが、よくよく観察していると当番の生徒とは違う学校の生徒の服装をしていることに気付いた。そのことを指摘して当番表を渡したら怪訝な顔をされたが、当番表は受け取ってくれた。


 そんなある日、当番にユウカが来た。

「先生。またこんなに仕事溜めて! ってあれ。あなたは?」

「えと、ミレニアムの方ですよね。私はシャーレの手伝いしていて……。」

"最近よく手伝ってくれるんだよ。"

「あらそうなの。私はセミナーの早瀬ユウカよ。よろしくね。」

「は、はい。えと、私は先生の厚意でここに居させてもらっているので……。学校に居てもあまりいいことありませんし……。」

「えっ大丈夫なの? あなたその格好、トリニティよね。いじめられてたりしない? 困ったことがあったら何でも言ってね。本当に辛かったらミレニアムに来てもいいから。」

「だ、大丈夫です。後、心配してくれるのはありがたいのですが、ミレニアムはちょっと雰囲気が苦手で……。」

「えっ、あっそうなの。ごめんね。でも何かあったらすぐに先生に相談するのよ。大抵のことはなんとかしてくれるわ。」

"何でも言ってね。"

「あ、ありがとうございます。」

 その後はみんな黙々と仕事に取り組み、ユウカは帰っていった。

"えっとミスズ……。"

「何ですか。私がここにいるのは先生を見定めるためですよ。それに情報を引き出すために演技をする、と言うのは潜入任務の基本です。」

"そうなんだ。まるで別人のようだったよ。"

「私たちがSRTで学んだことはこういうことです。それじゃあまた、先生。」


 また別の日。少し席を外している間にミスズがミヤコと相対していた。

「あ、あなたが月雪ミヤコですか?」

「はいそうですが。あなたは?」

「あ、あのあなたに聞きたいことがあって、少しいいでしょうか!?」

「えっと、あの、少し落ち着いてください。」

「す、すみません。少し悩んでいることがあって、そんな時あなたのことを聞いて、話してみたいなって。そう思って。」

「そういうことならお聞きしますよ。何を聞きたいのですか?」

「あのミヤコさんはどうしてあんなことを? 連邦生徒会長がいない以上、SRTの再建は絶望的です。なのにどうしてあんなこと続けられるのですか? そこに何の意味があるのですか? 何があなたをそこまで奮い立たせるのですか?」

「……なるほど。難しい質問ですね。……これはあくまでも私の話ですが、私はたとえSRTの再建が難しくともそんなことは関係なくて、揺るがないSRTの正義を掲げ続けることに意味があるのだと思っています。私たちが諦めない限りSRTの正義の戦いは続いています。そこには確かな意味があると信じています。……まあ、私がこんな風に思えるようになったのはRABBIT小隊の仲間と先生のおかげです。ですので、あなたも悩んでいることがあるのなら先生に相談して見てはいかがですか。」

「SRTの正義……。私たちは……。一体何をしているの……。結局、それを言い訳に……。」

「えっと、大丈夫ですか?」

「えっ、あっ、ごめんなさい。聞かせてくれてありがとうございました。」

 沈んだ表情のままミスズが去っていく。部屋を出るときに一瞬だけこちらを見たような気がした。


 そしてまた別の日。

「先生、サボりに来ましたよ。おや、あなたは……。」

「えっと、どうも。」

「はいどうも。これはサボれそうにありませんね。」

「すみません。」

「別に構いませんよ。それより、サボれないならさっさとこの書類の山を片付けてしまいましょう。面倒事は早めに済ませるに限ります。」

「あ、はい。」

 その後は、しばらく紙をめくる音やキーボードを叩く音だけが響いていた。

「ふぅ……、やっと終わりましたね。」

"お疲れ様。何か飲み物淹れてくるよ。何がいい?"

「暖かいエスプレッソでお願いします。」

「私は何でも構いません。」

 飲み物を淹れるためにお湯を沸かしていると、二人の会話が聞こえてきた。

「えっとその制服って万魔殿ですよね。」

「そうですが何か?」

「少し聞いてみたいことがあって、自分が苦労してやってきたことが全て台無しになってしまったときってどうやって折り合いをつけていますか? ゲヘナならそういうことも少なくないかなと思って、よかったらでいいんですけど……。」

「はあ……。別にいいですよ。先生が戻ってくるまで暇ですし。……そうですね、起こってしまったことはどうしようもありません。結局、なるようにしかならないんですよ。でも、それで全てが無駄になるわけではないと思いますね。自分がやってきたことはちゃんと残るのではないかと。」

「……そう言う考え方もあるのですね。答えてくれてありがとうございます。……あっ、すみませんもう一つだけ聞いてもいいですか?」

「……どうぞ。」

「あなたにとって先生ってどんな人ですか?」

「それはどういう意味ですか?」

「あっ、えっと、私は先生に会って間もないので、どう接したらいいかわからないんです。」

「そういうことですか。そうですね……私にとって先生は、サボり仲間、ですかね。」

「ふふっ、サボり仲間ですか。えと、すみません。少し意外で……。」

「別に構いませんよ。」

"飲み物淹れてきたよ。"

 ミスズは飲み物を受け取ると、急いで飲み干してそそくさと出ていってしまった。

「気を遣わせてしまいましたか。」

"そうかもね。"

「あの子何なんですか。ただ者ではないですよね。」

"うーん。今は少しそっとしておいてあげてほしいかな。"

「そうですか、それでは見なかったことにしましょう。面倒事に首を突っ込む気はありませんから。」




 ミスズとイロハが出会ってから数日後。

「先生。」

 仕事を片付けた後、飲み物を淹れてひと息ついているとミスズが声を掛けてきた。

"どうしたのミスズ?"

「ここで先生を観察して、いろんな人と話をして、色々とわかった。……私は先生を信じるよ。だから私の話を聞いてほしい。」

"もちろん。ぜひ聞かせてほしい。"

「SRTが閉鎖になって私たちは行方をくらました。納得できなかったから。だって、私たちの役目は無くなっていない。戦争が終わった後の傭兵のように私たちの役割が無くなった訳じゃない。SRTが取り扱うべき犯罪は依然としてあって、SRTの正義はまだ世界には必要だった。なのにどうしてって……。でも違った。結局のところ私たちが抱えているのは、ただの感情に過ぎなかった。SRTの正義や役割なんてのはただの言い訳。私たちは自分たちが費やした思いや捧げる決めた覚悟と決意が意味をなさなくなったことがやるせなくて、悔しくて、辛くて受け入れられないだけ。ただそれだけだったんだって……。」

 ミスズが俯き、手にしていたマグカップに影が落ちた。

「はあ………………。なんかすっきりした。私たちはもうとっくにSRTじゃなかった。後輩たちが眩しいな。」

"ミスズ。"

「大丈夫。ただ、まだ少し気持ちの整理がついていないだけ。あっそうだ、これ。」

"これは?"

「モモトークのアドレス、私たちの最後の一人の。私が先生を見定め終わったら渡すように頼まれた。それじゃあ先生、また。」

 ミスズは少し肩を落としながらシャーレを去っていった。



・正体不明

「今からここに来てくれませんか。できれば一人で。」

 突然、モモトークにそんなメッセージと座標が送られてきた。差出人の名は壬生 ユラギ。MOLE小隊の最後の一人だ。

"わかった。すぐに行くよ。"

 そう返信して、送られてきた座標に向かう。そうしてたどり着いた場所は廃墟と化した建物だった。

「あなたが先生?」

 中に入ると、奥から声が聞こえてきた。

"そうだよ。"

「じゃあこっちに来て。」

 姿を表したユラギが手招きする。それに従ってついていくと少しだけ整備された部屋があった。

「さっそくだけど本題に入るね。」

"……。"

「MOLE小隊が掲げる正体不明、あれは元々は私個人のものだったの。」

"どういうこと?"

「今からそれを見せる。先生なら受け入れてくれるはず……。」

 ユラギがウィッグを外す。地毛と同じ色のウィッグを。

"!!?"

 その瞬間、ユラギの輪郭が揺らぐ。先ほどまで認識できていた肌の色や表情、背丈なんかが認識できなくなる。

「これが私。」

 ユラギの声が響く。抑揚も感情も声色も全てが認識できず、ただの音にしか聞こえない。まるで機械音声のように。

「決して他人に認識されず、誰にも正体を知られない。それが私。これが私の力。」

 ウィッグを付け直したのか、ユラギの姿を再び認識できるようになった。

「でも、みんながいた。MOLE小隊のみんなはどうにかして私を捉えられるようにと方法を考えてくれた。それがこれ。私が私に変装することで、私は間接的にだけどみんなに認識してもらえるようになった。」

 ユラギが何かを思い返すように微笑む。

「だから私はもう十分。みんなが、三人が、私を見てくれるから。覚えてくれているから。でも……。」

 ユラギの表情が沈む。

「みんなは違う。MOLE小隊になるにあたってみんなは自分を捨てた。小隊内の仲間以外には誰にも本当の自分を見せることができなくなった。元々そんなもの望めなかった私とは違う。」

"それは……。"

「ミスズから聞いたはず。これがみんなの覚悟と決意。踏みにじられた思いの根幹。……私はみんなと違うから。みんなの思いを同じように感じることはできない。だけど、私はみんなが他の何よりも大切。だから私は反対したの。ミスズを孤立させないために。私の理由はそれだけだから。私にはもう先生に反発する理由はない。……だから、みんなをよろしくお願いします。助けてあげてください。」

"まかせておいて。でも、助けるのはユラギもだから。"

「うん。期待してる。それじゃ。」

 そう言うと、ユラギは廃墟の奥に消えていった。



・提案

 MOLE小隊の4人全員との交流が終わった。彼女たちの抱えている事情はわかった。私がしてあげられること。彼女たちを助けられる方法は……。


"ということで君たちに必要なのは、一度離れて落ち着いて考えることだと思う。"

"だから、ヴァルキューレじゃない他の学校に編入してみない。"

 モモトークでMOLE小隊のみんなをシャーレ呼ぶと、私はそう切り出した。

「それは……。」

「なるほどね。」

「……そう。」

「有り、なのか? 考えたこともなかった。」

「確かに一理あります。私たちではたどり着けなかった発想でしょう……。しかしそれは、私たちにSRTの正義を捨てろと言っているのですか?」

「何言ってんの。捨てるも何もSRTの正義なんてもの、私たちにはもう存在しないでしょ。それはシズカもわかっているはずでしょ。」

「ミスズ!?」

"そんなことないよ。"

「先生?」

"何も特殊部隊になることを諦める必要はないよ。"

"ただ一度離れて、別のことをやってみてからでも遅くはないと思う。"

"君たちは、まだ子どもなのだから。"

"悩んで迷って考えて、そうやって前に進んでいけばいいと思う。"

"私はそれを大人としてできる限りサポートするから。"

「先生、そういうこと言ってくれるんだ。……私は賛成するよ。」

「私は……。」

「私も賛成。」

「私は先生がそう言ってくれるなら信じてみてもいいと思う。」

「後はシズカだけだよ。リーダーだからとかそういうのどうでもいいから。あんたはどうしたいの?」

「私は……、みんなが苦しまないならそれでいいよ。……だから、賛成。」

「シズカ……。ごめん。」

「別にいいよ。ミスズが憤りを露わにしてくれたからあの時私たちは感情を整理する時間が持てた。この結果にたどり着くにはミスズが必要だったと思ってるから。」

"みんな賛成ってことでいいかな?"

「はい。問題ありません。」

"じゃあみんな編入先の希望はある?"

「それじゃあ私はトリニティに行きたいかな。あそこは色々と複雑だから諜報の腕を落とさず済みそうだし。先生が応援してくれるなら私はまだ特殊部隊員になりたいと思ったから。」

「それではトリニティに……。」

「私はミレニアムに行きたい。」

「ユラギ?」

「あそこには全知と呼ばれる人がいるみたいだから。私のことも少しはわかるかもしれない。」

「それじゃあミレニアムか?」

「別に全員が同じ場所にいく必要はないと思う。先生の言うようにSRTやヴァルキューレから一度離れて考えるなら、むしろバラバラの方がいいかもしれない。」

「確かに、それもそうですね。そういうことなら私は百鬼夜行にします。」

「シズカまで……。私は、私は……どこがいいのだろうか。」

"すぐに決める必要はないよ。大事なことだからゆっくり考えて大丈夫。"

「そうか。ではそうさせてもらおう。」

"3人の手続きはしておくね。今日はもう帰って大丈夫だよ。ゆっくり休んでね。"

「先生。本当にありがとうございました。」

 MOLE小隊のみんなは頭を下げると、みんなで微笑み合いながら帰っていった。



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