Laz-34B
Laz-34Bはウマムスタン海軍航空隊が戦間期に運用した双発爆撃機。ウマムスタン海軍航空隊初の全金属製単葉爆撃機となった。後の第二次大戦においても輸出された各国で運用された。
開発
1930年、新型戦術爆撃機の研究を進めていたウマムスタン海軍航空隊は、ラズワルド航空技研、そして国内に工場及び研究拠点を置いていたユンカース社に共同での新型爆撃機の開発を依頼した。当時の列強諸国では未だに布張りや箱型胴体、複葉爆撃機が主流であったものの、いずれ全金属製、単葉の爆撃機が主力となることは確実だと航空隊上層部は考えていた。特に1930年に仮想敵国たるアルビオンが初飛行させた先進的爆撃機、フェアリー・ヘンドンはウマムスタン海軍航空隊に大きな衝撃を与え、これに対抗する爆撃機の開発は急務とされた。
この冒険的な試みは航空隊内部でも多少の議論を巻き起こしたものの、当時の急速な軍事予算の拡大、ウマムスタンの工業力からこの時点での爆撃部隊主力の全金属製爆撃機への更新は可能と判断された。設計作業はその年の内に開始され、エンジンには当初離昇580馬力の9気筒空冷星型エンジンが採用された。
冒険的な新鋭機らしく、Laz-34Bには全金属製以外にも多くの新機構が盛り込まれた。引き込み式着陸装置、密閉式コックピット、機内爆弾倉、フルエンジンカウル、設計中に新たにダートなどからの情報から盛り込まれた回転式銃座といった特徴はその後数十年に渡って爆撃機の標準装備となった。
1932年8月には試作機が初飛行を果たし、海軍航空隊からの意見を聞いた上で再設計された。この際に回転式銃座は完全に密閉型になった他、エンジンカウルもより流体力学的に最適化されたものに変更された。エンジンカウルの換装と共にエンジンの出力も700馬力に強化され、速度性能が向上した。1933年に飛行した改良型は高度2000mで速度310km/hを記録し、当時としては非常に高い性能を発揮した。
運用
1934年7月より海軍航空隊に納入が開始された同機は1936年11月から始まったワジリスタン事変で初陣を飾った。ウマムスタン海軍の爆撃機開発を一気に進める要因となったフェアリー・ヘンドンを開発したアルビオンであったが、ヘンドンはその先進性ゆえに数多くの問題に見舞われていた。そのためアルビオンの主力爆撃機は複葉機のハンドレページ ヘイフォードが担っており、ウマムスタン海軍航空隊側はアルビオンに比べ効率的に爆撃作戦を遂行することが可能であった。
1937年には後継となるLaz-37Bが配備されはじめ、ワジリスタン事変終盤には主力機の役割を開け渡すことになったものの、1930年代のウマムスタン海軍航空隊を支える航空機となった。事変後は交戦国に売り払われた同機が各国で運用された。流石に第二次大戦期には旧式化していたため大半は後方任務や夜間爆撃に使われたものの、一部では昼間の爆撃任務に使用された記録も残っている。
諸元
Laz-34B-11(初期生産型)
最高速度 310km/h(高度2000m)
上限高度 8500m
航続距離.2200km
爆装 1000kg
武装 7.5mm機銃3丁
補足
はい、だいたいB-10のパクリです(カブールとかの高度考えるとウマムスタン海軍航空隊としては2000mは当然飛べないと困るレベルなので多少高高度性能とか航続距離、それに合わせて速度微調整しましたが)
最初はLaz-37Bあたりやろうとしたんですがね…同時代の爆撃機色々見比べて性能決めるのがハード
こんな先進的な爆撃機作って良いのかって?
まあ1930年代に14000mに手をかける国ですし大丈夫でしょう、多分
B-10
https://ja.wikipedia.org/wiki/B-10_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)
フェアリー ヘンドン
ハンドレページ ヘイフォード
https://en.wikipedia.org/wiki/Handley_Page_Heyford