LIVING WILL

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【結晶パターン・ヘイロー、二重照合適合。守月スズミさん入室を許可します】


機械音声が流れ、分厚い頑丈なドアがスライドする。扉の向こうは無骨な研究室といったところだ。


「……おや、調月リオさんは?」


【諸用にて外出中です。これ以上は安全確保のため秘匿情報となっており、お伝えすることができません】


「そうですか」


いないなら仕方ない。解析装置に腕を差し込み、その横の椅子に腰を掛ける。しばらくして小さく駆動音がして解析が始まる。


━━━


「ん……」


カタカタとキーボードを叩く音が微かに聞こえて目を覚ます。透明な仕切りで隔てられた向こうの部屋には作業をしている調月さんがいた。解析装置はずっと前に止まっていて、通話用のスピーカーからキーボードの音が鳴っている。

腕を引き抜いて、机の上に置かれた薬瓶から錠剤を一粒飲み下す。結晶化の抑制薬ということらしい。


「すみません。眠ってしまったようです」


「構わないわ。どちらかといえば、普段からちゃんと寝ているかの方が気がかりね」


「眠れないんですよ。ずっと、煩くて」


嫌味っぽかっただろうか。


「……ごめんなさい」


やはりそう聞こえてしまったらしい。


「構いません。むしろ嗤ってください。……ああ、そうだ調月さん」


「何かしら」


キーボードの音が止まる。


「もう既に、いえ、私よりずっと先に、この腕の価値に気づいているはずです。……抑制薬があるなら、促進薬もありますよね?」


「…………」


「ある、という前提で続けますね。本当の本当に、私が終わる時が来たら、それを私にください。道端で事切れて、雨風に晒されては勿体がないですから」


「それで……あなたは、それでいいの?」


「……ふふっ、終わった後のことなんて私には分かりません。切って捌いて、砕いて融かして。好きなように使ってください。ああ、もちろん、皆さんの役に立つように」


「……わかったわ」


「……もちろん、歩き続けますよ。最期まで」


じゃらじゃらと薬瓶を振りながら言い、分厚く重苦しいドアを開いて秘密の研究室を後にした。空を見れば今日も月が照っていた。

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