Kar-20F

Kar-20F


Kar-20Fは第二次大戦期のウマムスタン軍の戦闘機。第二次大戦中期以降におけるウマムスタン軍の主力戦闘機であった。


開発


1938年から量産が開始されたTe-1Fによりウマムスタンは戦闘機の国産化を始めたものの、Te-1Fの性能はウマムスタン海軍が満足するものではなかった。日中戦争が激しさを増し、欧州の緊張がより一層高まる中で高性能戦闘機の需要はより一層高まっており、また防共協定を通じてゲルウマンに接触しているウマムスタンが頼みの綱たるガリアから戦闘機のライセンスを手に入れられるかも不透明な状況だった。


こうした状況を受け、Te-1Fの採用が決定されると同時にウマムスタン海軍航空艦隊は次期主力戦闘機の計画を立て、各社、設計局に開発を命じることになった。


当時ウマムスタン軍が求めている機体は主に二種類存在し、それぞれ


1, 長距離爆撃機を護衛し、敵国本土への攻撃を行う長距離高高度侵攻機

2, 中低空域で敵の近接航空支援機を迎撃し、味方の近接航空支援機を援護する制空戦闘機


であり、この内カラ設計局は侵攻機の開発を行うことになった。


1940年1月にKar-20F試験機が初飛行を行った。試験機は増槽なしで1900kmという長大な航続距離と最高実用高度14000mを実現すると同時に優秀な上昇力、機動力を発揮し、これはウマムスタン海軍を満足させるものであった。西方電撃戦が始まりガリアからの新型機の入手がほぼ絶望的になると急ピッチで試験が進められ、1940年7月に量産が始まった。


同時に、Kar-20Fの改造計画も進められることとなった。Kar-20Fと同時並行で開発が進められていた制空戦闘機には優秀な性能を発揮したCak-120Fが採用されたものの、同機は数的主力を務めるには製造コストが非常に高く、単価はKar-20Fの1.7倍であった。そのためKar-20Fの中低空型の開発がKar-20Fの試験中に開始され、1940年9月に試験機が飛行した。同機は実用最高高度11000m、航続距離は1100kmに低下したものの、高度6000mで最高時速605km/hを発揮し、軽量、小型化された機体はより高い機動性を実現した。


長距離侵攻型はKar-20F-11、制空戦闘機型はKar-20F-21とされ、後者は1941年1月より生産が開始された。


実戦投入


ゲウ戦争開戦後、ウマムスタンは連合国に対し大規模な兵器の販売を開始した。1941年中には早くも300機を赤色空軍に供給するとの契約がなされ、Kar-20F-21が1942年2月に東部戦線で初陣を飾った。当時のウマエトでは生産工程の混乱から自国生産の戦闘機の不具合が多発しており、また純粋な戦闘機としての性能でもゲルウマン空軍の新鋭機たるBf-109Fに劣っていた。ダートから供給される予定であったP-39も未だ多くが到着していない中で、即座に入手可能な高性能戦闘機であるKar-20Fを赤色空軍は重宝し、親衛航空隊を中心に配備を進めた。1942年中にはKar-20F-21乗りのウマエトのエースパイロットが多数登場し、Kar-20Fの供給も順次拡大されていった。


アルビオンに対してもKar-20Fはかなりの数が供与された。北アフリカ戦線では1942年6月のガザラの戦いからDAF(Desert Air Force)の元で戦闘に参加し、Bf-109などと激しい空中戦を行った。こちらでも主力はKar-20F-21であり、同機の高い空戦性能は未だスピットファイアが配備されていなかったDAFの貴重な戦力となった。アルビオン空軍、ダート空軍ではKar-20F-11系統が「バクトリアン」、Kar-20F-21系統が「ドロメダリー」というあだ名で親しまれた。


また、同時期の1942年の夏頃にエンジンを新型の最大1750馬力を誇るTOR-9に換装した新型であるKar-20F-12、Kar-20F-22が配備され始め、さらにKar-20F-11,21の機体をそれぞれ改良、軽量化したKar-20F-32,42がロールアウトを果たしていた。


長距離侵攻機として


1943年中頃よりダート陸軍航空隊をはじめとした連合国はゲルウマン本土奥地に対する大規模な昼間戦略爆撃を開始することになっていた。ここでダート、アルビオンが共にB-17をはじめとした戦略爆撃機を護衛可能な戦闘機を保有していないことが問題となった。既に配備されていたP-47では航続距離は足りず、P-38は暖房や急降下時の特性、エンジン故障の問題で護衛機として使うには問題が多すぎ、新型の護衛戦闘機は未だ完成していなかった。追加増槽の引火問題などその他にも様々な問題があり、連合国はB-17やB-24を護衛可能な戦闘機を欠いた状態となっていた。


そこで連合国は長大な航続距離を持つKar-20Fに注目、同機を護衛戦闘機として大量に運用することを計画した。1943年の初めにはウマムスタン政府宛にKar-20F-12及び32の大量購入を申し入れ、西部義勇航空艦隊にも作戦への参加を要請した。これに対しウマムスタン政府はダート、アルビオン合わせて1943年度中に800機の侵攻型Kar-20Fを提供することで合意し、ダートの第8航空軍などの部隊で大規模に運用されることになった。


一方で義勇航空艦隊司令であったクリチュ・ヤイラック空軍代将が作戦への参加を拒否し、代わりに艦隊が運用する侵攻型を提供すると連合国軍と取り決めたため、ウマムスタン軍が運用するKar-20Fが本来の目的を果たすことはなかった。それでもKar-20Fはゲルウマンに対する数々の戦略爆撃に参加し、1944年に入り連合軍でP-51Dが本格的に配備されるまで主力護衛機としての役割を全うした。当初予定された800機の購入は実際にはさらに拡大され、タイダルウェーブ作戦、シュヴァインフルト=レーゲンスブルク作戦など1943年中の連合軍の戦略爆撃作戦のほとんどに参加し、ゲルウマン空軍と激しい空戦を繰り広げた。


型式


Kar-20F-11

最初に設計された長距離侵攻型。1450馬力TOR-7エンジンを搭載していた。


Kar-20F-12

Kar-20F-11のエンジンを1750馬力のTOR-9エンジンに換装した型。最高時速は620km/hに向上した。


Kar-20F-21

短距離、低中高度用の制空戦闘機型。Kar-20F-11と同様に1450馬力TOR-7エンジンを搭載。


Kar-20F-22

Kar-20F-21のエンジンを1750馬力のTOR-9エンジンに換装した型。速度は高度6000mで655km/hを記録した。


Kar-20F-32

Kar-20F-11の後継となる長距離侵攻型。最高時速は630km/hに向上した他、運動性も上昇した。


Kar-20F-42

Kar-20F-21の後継となった型。最高時速670km/h。


Kar-20F-52

1943年中のKar-20Fの活躍を受け開発されたKar-20F-32の改良型。Kar-23Fシリーズの登場により試作のみ。


Kar-20F-63

Kar-20F-42をやや大型化し、Te-3Fに搭載されたSMN-5エンジンを搭載した型。高度7500mで最高速度740km/hを発揮する高性能機であったが、燃費の悪化により航続距離は悪化した。また、エンジン出力に機体が追いつかず扱いにくい機体でもあった。


補足

制空戦闘機型:

Yak-9とYak-3みたいなアレ。前線での迎撃任務ならどう考えても無印Kar-20Fのあれやこれやは過剰なので…。東部戦線では(少なくとも生産が混乱している当時の)ウマエト軍機を凌ぐ高性能機たるKar-20F-21、アフリカ戦線でもスピットファイアと渡り合えるレベルの性能を持つコイツが、本土にはKar-20F-12や32が飛来するとなるとゲルウマンからすれば厄介なことこの上ない機体だったでしょう。数は比較的少ないけど。


エンジン名:

上手い命名方法が思いつかなかったので、先のティニスのSMNなどもそうですが設計局の名前をパシュトゥー語に変換した上で、それを更にラテン語アルファベットに直しています。カラ設計局は黒、すなわちتور(Tor)、ティニス設計局は海でسمندر(Smndr)。数字は適当です。


Kar-20F-11系統が「バクトリアン」、Kar-20F-21系統が「ドロメダリー」:

バクトリアンが「フタコブラクダ」、ドロメダリーが「ヒトコブラクダ」の意味。空の騎兵だからね。


クリチュ・ヤイラック空軍代将:

いつもの架空人物。名前からわかるようにサンデー系の将校。レッドゴッドやロベルトの影響力が強いとはいえ将校には他氏族の貴族も沢山いるだろうと思い設定。

代将なのは海軍時代の名残。実際この規模なら大佐〜少将が率いるのが妥当だしおかしくはないはず。


一方で義勇航空艦隊司令であったクリチュ・ヤイラック空軍代将が作戦への参加を拒否:

本国に宛てた報告書では

・無差別爆撃は戦争犯罪であり、義勇軍たる我々が積極的に参加することに意味を見いだせない

・我が国は枢軸国から見れば「裏切り者」であり、その国のパイロットが無差別爆撃に参加し撃墜され、捕虜となれば非人道的な扱いは免れない

と述べ、「命令があれば参加する」としつつも本国に事後承諾を求めた…みたいな感じを想定。何なら他の将軍と同じように「ゲルウマンには頑張って少しでも多くの損害をアルビオンやウマエトに与えてほしい」ぐらいにしか思っていないんじゃなかろうか。

六代目も自国にとって特に必要ない無差別爆撃は肯定しないだろうし事後承諾されたでしょう、多分。Laz-41B開発しといて白々しいと言えば白々しいですが。Laz-41Bもゲルウマン本土爆撃には参加していない可能性が高そうですね。


連合国の爆撃拡大してない?:

まぁ石油攻勢は史実でも絶え間なく行われてる上に、シュヴァインフルト=レーゲンスブルク作戦で標的にされたボールベアリング工場の爆撃は余剰在庫と工場分散であまり意味がないと言われてるので…誤差よ誤差。


さらに妄想になるんですが架空戦記だとKar-20Fシリーズはバトルオブアルビオンにしょっちゅう登場する機体になりそうですね。ゲルウマンが零戦を持っていたらなんて言われることもありますが、そっちよりも実現性ありますし。某魔王がTe-3F-21に乗って暴れ回っているのも「いつもの」扱いされてそうです。



Report Page