Just for you

Just for you

感情クソデカ激重ヤンデレエアちゃんが好きなので初投稿です

チリチリ、と項の辺りがヒリつくのを感じる


「…………」


最近になって621はそんな感覚を覚える事が多くなった
どこかから自身の全身を舐めるように見つめてくる、気色の悪い感覚。そんな銃を突き付けられた時のソレともまた違う気持ち悪さを彼が感じる様になってから、既に一か月が経っている

最初の一週間では気のせいだと思う様にしていた
次の一週間では徐々に本当に誰かに見られているのではないか思い始めた
その次の一週間ではようやく己が誰かに監視されている事を認めた
一か月も経つ頃には、一体何が目的で自分の事を監視しているのかと疑問に思った
そう彼が思ったところで意味がないという事は重々承知の上だったが


「……ハァ」


溜息を一つ付いて私室に戻る。ウォルターに相談出来れば話は早かったのだが、あいにく彼は野暮用とやらで長い間留守にしている。それをわざわざ呼び戻して相談する程直接の害を被った訳ではないし、そもそも「誰かに見られているかも」と言う幻覚は、彼の様な旧世代型の強化人間にとっては「あるあるネタ」だ


(もっと直接的な、それこそ自身の住んでいる場所に直接乗り込んで来た、だとか。そんな誰が見てもヤバイだろうと判断出来る状況になったら相談しよう)


そう内心で結論づけて彼は端末を起動した
特に仕事があると言う訳ではないが、色々と確認しておかなければならない資料は幾つかある。手始めに明日のブリーフィングで使う資料の事前確認を……とデスクトップを眺め始めた時の事である
自分なりに整頓していたデスクトップに、見慣れぬフォルダが配置されていたのが目に留まった

フォルダ名は「Just for you

雑な翻訳をすれば「貴方の為に」だとか「貴方だけに」と言った意味になるそれは、当然のことながら621が作成したものではない
そもそもこの端末はメールだとか資料を受け取る為にしか使われていないと言うのが現状だ

もちろんネット検索機能や各種娯楽サイトへにアクセスする事は可能なのだが、あまりにも多すぎる娯楽サイトに621が混乱した事と、そもそも彼自身にそこまで娯楽に対する欲がなかった事が重なり、それなりに高性能で優秀なはずの彼の端末は「お仕事メール受け取るくん」扱いを受けていた


閑話休題


しかし、そんな怪しさ満点のフォルダを前にして、621は少し悩む素振りを見せた
普通ならばこんな怪しげなフォルダは削除して、ウォルターなり何なりに報告すべきなのだろう。こんなもの「俺様の名はウイルス入りフォルダでゲス」と言っている様なものだ。わざわざ開いてやる義理もない

だがもしかしたら、最近自分を悩ませている視線の正体に迫れるかもしれない

そんな甘い期待が彼の脳裏に浮かぶ
もしかしたら、このフォルダを開けばあの視線に悩む事もなくなるかもしれないとも
そうして、日々自らを見つめて来る視線によって無意識のうちに精神をすり減らしていた彼の脳味噌は、目の前にあるソレを十中八九ろくでもない物と理解しておきながら、そのフォルダを開く事を選択した

数秒の間を置いてフォルダの中身が表示される
中には大量のウイルスが、と言う訳ではなく、代わりに大量の動画ファイルが配置されていた。一つ一つ丁寧に撮影日付が書かれたファイルを幾つか吟味し、適当なファイルを開封する
そして数秒の後に画面に表示されたソレは、拍子抜けしてしまう程普通の動画に思えた


○○○


無数のロッカーが配備されたその見た目からして、恐らくは更衣室を映した物なのであろう。全体を見渡せる絶妙な場所に配置された複数のカメラは、そう広くはない更衣室を余すことなく画面に捕えていた
そうして特に異常なく思える映像が数秒続き、不意に更衣室のドアが開かれる


【フゥ……】
(……ッ!?)


ドアを開けて部屋に入って来たのはあろうことか自分自身だった
突然現れた自分と、まるで彼の入室を待っていたかの様に画面内の自分にズームしていくカメラに脳内を困惑と混乱で充満させられた621を置き去りに、動画は更に進んで行った

何かの任務を終えた後の動画なのだろう。全身汗だらけになった621の全身を舐め回す様にじっくりとカメラが動く
じっとりと汗ばんだシャツ、汗と湿気で濡れほそぼった後ろ髪、上気した頬
部屋の隅どころかロッカー内にもカメラが仕込まれていたのだろう。肌に張り付くシャツを脱ぎ捨てる様や、使い古したタオルで全身を乱雑に拭うところさえ余すことなくカメラは捕えていた。まるで腹筋の溝をなぞるかの様に画面内の621へとカメラが更にズームしていく


○○○


(これ、は……)


予想よりも遥かに生々しい欲望を見せつけられて、思わず621は絶句する
例えば621自身が大豊娘娘の様な巨乳の美女だったならばまだ、このカメラに籠められた欲望に対して理解が出来た。だが、現実の621はそれなりにガタイの良い独立傭兵だ

”カワイイ”だとか”エロイ”という概念とは正反対の位置に存在すると自認している自分に対して、このような露骨な欲望を向けられていたと言う事実を突きつけられ、621の顔から血の気が引いていく

だが、動画はそんな621に対して気遣いを見せる事もなく、ドンドンと次のシーンに移り替わっていた
私室で食事を取っているシーン、訓練室で筋トレをしているシーン、寝室で着替えているシーンは勿論、ベッドの上で寝ている621に対してもカメラはその欲望を突き付けていた。画面を埋め尽くす様に、621の寝顔が撮影されている


「…………」


まだまだ左端を進んでいる最中のシークバーを止め、動画ファイルを閉じる
恐らくは他のファイルも似たようなモノなのだろう。画面に収まっているだけで数十個、更にフォルダ内のスクロールバーの小ささから見るに、数えるのが馬鹿馬鹿しく思えてくるほど大量の動画が収められているのはまず間違いない

フォルダを開いてしまった事に対する後悔やら、動画内で散々露呈した自身に対する何者かの欲望に対する恐怖やらで悶々とする彼の元に、声が掛けられる


『レイヴン……? どうかしたのですか?』
「……エア、か」


紆余曲折あり、彼の脳内から彼の仕事をサポートする事になった実体なきルビコニアン、エアである
端末の前で項垂れている621の事を心配してくれたのだろう。気遣うような素振りを見せる彼女に、自らに対して向けられたあれやこれやを説明すべきか、621は悩んだ。この件は、あくまで自分自身の問題であり、彼女は全く関係ない


(ただでさえコーラルと人間の関係性について悩んでいるエアに対してこれ以上面倒を掛ける訳には……)


しかし、そんな彼の内心を察する様に、エアが更に問いかける
『何かあったのですか?』「なにも?」『何かあったのでしょう?』「いや……」
そんな会話を数分程続け、とうとう621側が折れた

どう言葉を選べばいいのか、と悩みながらここ最近自身を悩ませていた視線のことや、いつの間にやらデスクトップに配置されていたフォルダのこと、そしてそのフォルダの中身のこと。全てを洗いざらい話すことになった

正直621自身も今の状況を受け止め切れている訳ではないし、上手く喋れている自信もない。同じ話を何度もしてしまった様な気もするし、そもそもコーラルに生じた波形であるエアに彼の悩みを理解して貰えるかどうかも怪しい所だ


『……そうでしたか。レイヴン、きっと辛かったでしょう。そのフォルダは私の方で処分しておきます。今は、ゆっくり休んで下さい』
「……ありがとう」


しかし、意外にもエアは冷静に621の言葉を受け止め、彼の事を慰めた
彼女の優しい声色が、ささくれ立った621の心に染み渡る
本当ならそのままベッドに倒れ込んで泥の様に眠ってしまいたかったが、重い身体に鞭を打って立ち上がる。色々と忘れてしまいたい事ばかりだが、今のうちに終わらせておかなければ明日に響くだろう
肉体的にではなく、精神的に


「エア、仕込まれたカメラの位置を教えてくれるか?」
『教えるのは別にいいのですが、大丈夫なのですか? カメラの方はウォルターに報告してからでも……』
「いや、この程度の事でウォルターの手を煩わせたくはないんだ。それに……」
『…………』
「……早いところ、終わらせてしまいたいんだ」
『分かりました、レイヴン。それではまず……』


そう言って二人はあちこちに隠されたカメラを撤去し始めた
更衣室を初めに、訓練室、私室、寝室、その他諸々。最終的に集められたカメラの数は数十個にも渡った。その全てを処分し、ようやくベッドに横たわる


「エア、タイマーのセットを頼む」
『分かりました。……今日は、ゆっくり休んで下さいね』
「ああ。ありがとう、エア」
『気にしないで下さい、レイヴン。私が好きでしているのですから』
「……ははは、俺もエアの事が好きだな」
『もう、レイヴン……!』


そんな会話をしながら瞼を降ろす。動転していた脳内も、徐々にではあるが落ち着いて来た。気を利かせてくれたエアの流すヒーリング音楽を耳にしながら、深呼吸を繰り返す

正直、これで全てが解決するとは思っていない。あくまでも今回のは対処療法だ
そもそも誰がカメラを仕掛けたのか、誰かが仕掛けたとして、どうやってセキュリティを突破したのか、何が目的で、誰の依頼で?

そんな答えの出ない問答を頭の中で回しているうちに、621の意識は微睡みの海へと沈んで行った


○○○


『…………』


レイヴンが寝静まったのを確認し、隠していた義体を起動させる


『可愛らしい寝顔ですね、私のレイヴン』


技研製の義体を調査する為、と621を言いくるめてエアが回収させた義体の調子は、思いのほか良かった。特に関節部が痛んでいるだとか、内部機器に異常があると言う訳でもない。おまけにそれなりに胸の大きな女性型の義体だ

最初こそ義体の取り扱い方に戸惑ったものの、数日間練習を重ねればそれなりに人間らしい動きが出来る様になっていた。621が普段行動しているあちらこちらに隠しカメラを仕掛ける事も


『強さだけではなく可愛らしさまで兼ね備えているだなんて。……貴方と言う人は、本当に』


溜息交じりに621の額に口づけを落とし、卓上の端末を操作する
先程の約束通りデスクトップに配置した隠し撮りフォルダは削除した。とは言ってもあくまで”わざと発見させたフォルダ”は、だが

持ち前のハッキング技術等を行使して作った隠しフォルダの中を開く
その中には先程消したフォルダとは比べ物にならない程大量のデータが保存されていた。動画だけには飽き足らず音声データ、画像、音声を切り貼りして作った合成音声等々
621が見たら顔面蒼白どころか失神するのではないかと言うほど濃密な欲望が秘められたデータ達を見ながら、エアは満面の笑みを浮かべていた


『ああ、私のレイヴン。好きです、大好きです。……愛しています♡』


義体の頬を赤く上気させ、画面に映る621の顔に口づけをする
画面に映る彼の頬に、額に、唇に。挙句の果てには画面に映る彼の顔面を舐め始める始末。そのまま彼女は数分程画面内の621と口づけを交わした後、思わず股間に手が伸びていくのを鋼の理性で押し留めながら、自身の唾液で濡れほそぼったモニターを掃除する

今回の件はエアにとっても賭けではあった
もし621がウォルターにカメラのこと、そして映像の事を相談していたら全てが終わりだ。ウォルターの指揮の元に一斉捜査が行われ、コツコツと撮り溜めたデータは愚かこの義体も奪われる事になるだろう


『それでも、貴方は私を選んでくれた……!』


ウォルターよりも自身の事を頼りにしてくれた、と言う事実がエアの心を弾ませた
思わず口角が上がるのを隠そうともせず、眠る621に寄り添う様にベッドに潜り込む

義体を手に入れてようやく堪能する事が出来るようになった、彼の匂いと体温。胸一杯に彼の匂いを吸い込み、背中から張り付くようにして彼に抱き着く。一人で生きていた時には知る由もなかった幸福感が、彼女の内を満たしていた

そして更に、彼自身から「俺もエアの事が好きだな」と言って貰えたと言う事実
流石にそれが彼女の求めるソレと同一の物ではないと判別できる程度の理性は残っていたが、それでも嬉しい事に変わりはない


『レイヴン、私のレイヴン。これからも、いつまでも、貴方の傍に居させて下さいね?』


未だ微睡みの中にいる621にもう一度口づけを落とし、エアは621の鼓動に耳を傾ける
夜が明けるまでの数時間、彼女がずっとそうしていた事を、621は知らない


『愛しています、私のレイヴン』

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