JUSTICE & Prayer

JUSTICE & Prayer



 ハイランダー鉄道学園。

文字通り鉄道を管理している学園であり、各学園自治区を繋ぐ鉄道網があるなど

キヴォトスのインフラの一部を担ったある意味重要な学園である

そんなハイランダーの駅舎に2人の少女が入ろうとしていた。


(はー、またここに来ることになるとは…)


 トリニティ学園正義実現委員会の一員である仲正イチカは心の中で深い嘆息をついた。

かつてイチカはこのハイランダーにおいて輸送物資の載せ間違いのトラブルから

散々な目に会い、散々な目を引き起こした。

今回はただ自分たちが移動するだけだか、やはりどうしても気が重くなる。


「列車ですね!わくわくします!」


 そんなイチカとは対称的に駅舎や列車に目を輝かせるもう一人の少女。

一見正義実現委員会の生徒にしか見えないが、ヘイローは針金で頭と繋がっていて

服の隙間から見える肌もどこか薄い線が入っている。

 そう、彼女はシスターフッドから正義実現委員会にスパイとして潜入している

量産型アリス5161号であったのだ。


(サクラコ様のために今日も情報収集します!)


 そう気合を入れる5161号をよそにイチカは生暖かい目で見据える。

イチカたち正義実現委員会のおおよそのメンバーは彼女がスパイだということを知っている。

事前にサクラコから話を通されており、スパイという名目で彼女を正実で保護しているのだ。


(気付かないふりってのもめんどくさいっすね)


 もしスパイだと気付かれたらシスターフッドに帰ってしまう可能性があるとのことだ。

事情は分からない、ただなにかがあったことは分かっている。

そういう訳で今日も5161号は空回りのスパイ活動を続けているのであった。


「そろそろ時間っすね。乗るっすよ……ええと、恋路 イアリちゃん…だっけ」

「え、あ、はい、イアリです!楽しみです!」

「…ちゃんと切符は買うっすよ」


 一瞬5161号は頭をかしげるがすぐに慌てて券売機の方へ向かう。

量産型アリスは物品輸送扱いだと思っていたのだろうか、先が思いやられた。




 列車が動き出しイチカたちはゆったりと席に腰を落ち着ける。

騒ぎさえなければこういった列車の旅は悪くはない。

5161号も外の流れていく景色に目を輝かしじっと窓に食い入っている。


(…アリスたちにとっては珍しいっすかね)


 トリニティのアリスたちは基本的に箱入りで外に出歩くことは少ない。

シスターフッドの子たちも活動で外出することはよくあるがそれでも基本トリニティ内に収まる。

それ故にすべてが刺激的なのだろう。窓の外の夢中でイチカにすら目をくれない。


「えーとイアリちゃん、そろそろ車掌がくるっすよ。切符の準備を」

「皆様!本日は勇者特急にご乗車いただきありがとうございます!

このキヴォトスを駆け巡る疾風!正義に満ちたナイスガールなアリスこと1240号が切符を拝見いたします!」


 なんかやたら前口上が長いアリスが通路を堂々と歩いてくる。

ハイランダー所属のアリスだろう。あのハイランダーらしく個性豊かな子だ。


「えっと、切符っすね。どうぞ」

「はい!ありがとうございます!そちらの方の切符を拝見させていただきます!」

「え、あ、はい、切符ですね!あれ……?」


 呼びかけられてようやく周りが見えた5161号は購入した切符を取り出そうとする。

しかししまっていた場所を探しても切符が見つからない。

焦って別の場所も探すも見つからず、待っている1240号はだんだん笑顔が張り付いてきた。


「うわーん!、ま、待ってください!!ええと、ここに……」

「ちゃんとすぐ出せる場所に入れておけって言ったじゃないっすか!も、もう少し待ってほしいっす!」

「ふぅ……ふぅ……正義……勇気……闘志……宿命……ジェネ……ジェネ……」


 謎の呪文を唱えて堪えてる1240号だがいつハイランダーらしく爆発するか分からない。

このまま前の二の舞になってしまうのか、しかし恐れもつかの間5161号はようやく切符を見つけ1240号に差し出した。


「……ふぅ~~~~~~、切符拝見いたします。ご利用ありがとうございました」


 切符は切れたものの引きつった笑顔は戻らず1240号はその顔のまま去っていく。

5161号は一気に気が抜けて椅子からずり落ちそうになる。ないはずの心臓がバクバク鳴っているような感触だった。


「ああう……なんであんなにプレッシャーかけるんですか……」

「ここの人ら色々ストレス溜まってるらしいっすからねぇ」


 とは言え切符さえ切ってしまえば目をつけられることもない。

その上この列車はトリニティ行きだ、前回のような指名手配犯が輸送されてトラブルを起こすこともないだろう。

イチカは肩の力を抜いて眠りにつこうとする、しかしそれとは対照的に5161号は神妙な顔つきで何かを考え始めていた。


「595号も……あんな風に……597号も………私達にとって……怒りとは……」




 ゆらりゆらりと列車旅、糸目も完全に閉じられ船を漕いでいたイチカであったが

不意に体を揺らされてその眠りから引き戻された。


「んんっ……もう到着っすかね」

「あ……すみません寝ていらしたんですか」


 どうやら起こしたのは5161号だったようだ。

今度から寝る時はアイマスクを付けるべきだろうかと目を擦って5161号の方を向く。


「あの、少しだけ席を外します。数十分くらい戻ってこないので連絡しようと思って」

「ん?一体何を……ああ、いいっすよ」


 時計を見てイチカは全てを察して再び目を強く閉じる。

5161号は窓側の席からイチカを乗り越えて別の車両にへと移ったのであった。



 列車の出入り口付近。人もあまりいないこの場所で5161号は一人指を組んで祈っていた。

シスターフッド時代から習慣にしている祈りの時間だ。正実に入ってからも欠かさず続けている。

ただ人前でやるとスパイであることがバレるのでこうして人目から離れて行っている。……無駄な努力ではあるが。


(………神様、あなたは私達を見てくださっているのですか?

595号をなぜ見てくれなかったのですが?597号には接しているのですか?)


 5161号の祈りにはいつもその二人のアリスの存在があった。

神の存在を思う際決して忘れることの出来ない二人のアリス。未だ5161号の電子頭脳に楔として打ち込まれている。


(……やはり話し合いたいです。サクラコ様。スパイの任務はいつまで続ければいいのでしょうか……)


 スパイ仕事している間はシスターフッドと接触することを禁じられている。

もどかしさを覚えながら一心に祈っている5161号であったが不意に誰かに肩を叩かれ一気にすくみあがった。


「ひゃっっっっ!!!あ、あなたは……さっきの……」

「はい、嵐とともにあるハイパーメカガール、1240号です。よろしいでしょうか」


 ここにいてはまずかっただろうか、道の邪魔になっただろうか。

そう思って焦って道の端に寄ったが別に通るわけではないようであった。


「あなたにちょっと用があるんです。あなたってトリニティの正義実現委員会の人ですよね?」

「あ、はい……アリ……じゃなくて私は正義実現委員会一年、恋路イアリです」


 同じアリスだからバレてしまわないかと少し危惧したがその様子はないようで5161号は安心した。

ズレかけていた偽ヘイローを戻し1240号と向かい合う。


「ええと、それでどのような話でしょうか?やはり犯罪者の捕縛とか……?」

「いえ、そういう用事ではなく正義実現委員会の人と個人的な相談がしたいんです。大丈夫でしょうか?」

「それは問題ありませんが……私は若輩者ですよ?それならイチカ先輩のほうが……」

「あぁ……あの人はブラックリスト候補なので……お金払えば乗せますけど」


 なんかやたら周囲を警戒してたのはそれが原因だったのか。

それなら仕方ない。5161号はスパイとバレぬよう、かつ正実らしくあるよう答えることにした。



「ええとまず前提ですが列車内においてはアリス1240号が正義です。なにせハイランダーを守る正義の守護勇者ですから!」


 のっけからすごいこと言い出したなと少し引いたがそのまま話を聞く。


「それでこの間……キセル乗車、つまりタダ乗りしてた野良アリスを見つけたんです。

もちろん私はそんな悪を許しはしません。勇敢に戦いました!」

「えっと、野良ってことはお金が無かったんじゃ……」

「やつもそう言っていましたがそれでは正義は務まりません!ですがやつは私にこう言いました」



『正義!?こんなのが正義ですか!!こんな正義で何が守れるっていうんですか!』

『正義はご主人様も!!博士も!!私の大事な人を誰一人救ってくれませんでした!』

『もう正義なんて信じません!それが世の理なら…アリス6440号は悪でいい!!』



「なんとか戦いに勝って窓から放り投げたんですが……その言葉が少し気になったんです。

私が正義なのは間違いありません。ですがその正義の意味が少し分からなくなって……」


 メモリに刻まれてる辞書には定義は載っているだろう。

しかしそれで全て語れるほど世界は甘くない。

5161号は今までの自分の活動を思い返して考え込む。そして結論を出した



「……自分もよく分かりませんね」

「…え?正義実現委員会なんですよね?」

「名前は大層だけどそこまででもないんです。普通の治安維持組織というか…」


 熱心に正義を考えてる先輩もいるが名前ほど極端に正義を信奉してるわけではない。

むしろ政治的な問題で思うように正義を行えない場合も多い。その場合は自警団の人々にお世話になるくらいだ。


「むちゃくちゃやって怒られたりもしますし……思ったより結構普通なんです、私達」

「……そんなので正義が守れるんですか?」

「むしろ色々な犯罪者と接してると、正義ってなんだか分からなくなります」


 悪意を持って犯罪を犯す相手ならまだいい。だが食うために盗みを行う者、帰る場所がなくて裏社会に入り浸る者、

合法的に嫌がらせをされ、違法な手段でしか仕返しできなかった者、様々な人を5161号は正実の後方から見ていた。


「……まさか人によって正義がある、なんて話ではありませんよね」

「いや、そんな陳腐な結論には至りませんよ」


 そんな事を言ったらゲヘナの温泉開発部の言い分まで正義扱いになってしまう。

正義とは普遍性を持つべきだ。5161号はそう考えている。だがそれだけじゃない。



「自分を守りたい、人々を守りたい、平和を守りたい、生活を守りたい。それを願うために戦う……

しかしその戦いが逆に人を脅かすかもしれない…

だから、私達は互いに思いやり理解することが大事なんだと思います」

「人を思いやり、理解する……?」

「さっきの野良アリスだって、キセル乗車は良くないわけだからそれと戦うのも正義かもしれません。

ですが相手のことを理解し合えずに戦うのはお互い辛いことじゃないですか。

互いの信念、正義の一歩先に、大事なものがあると思います」


 あまり具体的な答えにはならなかったが5161号の人生経験ではそれぐらいしか言うことが出来なかった。

しかし1240号もそれに対しなにか思うところがあるようで少し考え込んでる。


「…1240号はハイランダーや列車を維持し皆に気持ちよく乗車してもらうことばかり考えてました。

でもそれだけじゃないわけですね、具体的には思いつきませんが」

「すみません。あまりいい結論にならなくて」

「いえ、難しいことですから。話を聞いてくれてありがとうございます。ではいい旅を!」


 先程の営業スマイルや張り付いた笑顔とは全く違う朗らかな笑顔を浮かべて1240号は去っていく。

そして5161号はひとり残され、先程の自分の話を反芻する。




(互いに事情があり、思いやり理解する……私達は、それが出来なかった)


 5161号は、かつてシスターフッド内で活動していた頃の記憶を思い出す

シスターフッドに買われた5161号は主に事務や歴史編纂などの作業を行っていた。

それを一緒にやっていたのが595号だった。賢く素直で、そして変に真面目なアリスだった。


『……トリニティの歴史は奥深いですね……ですが神を皆に信じてもらうため頑張りましょう!』

『はい!5161号は図書館を調べて資料を集めてきます!』


 シスターフッドに買われたアリスはまず神を信じるように初期設定されていた。

そうでなければ機械人形は神など信じようとはしないだろう。

…それが悲劇の元であった。


『…なぜ神はこのような悲劇を起こしたのですか?こんなことが神の意志だというのですか?』

『えっと、そんな日もあるんじゃありませんか?神様が何考えてるだなんてアリスには分かりませんし』


 歴史を調べていた2人はだんだん宗教の矛盾、不都合さにぶち当たるようになっていた。

5161号は色々理屈を付けて納得していたが、595号は生真面目さ故にそれが出来なかった。


『なぜユスティナ聖徒会はこんな残虐なことを!?同じ神を信じていたのになぜ排斥出来るんですか!?』

『えっと、でも一部ではアリウスを匿っていたという記述もありますよ?』

『信じられない。これが神を信じるものが行う所業ですか。神は何をしているのですか……?』


 人間への不信感はだんだん神への不信感となっていた。

595号はその想いを咀嚼することが出来ず、だんだんノイローゼみたいな症状を発し、5161号とも距離を取るようになっていた。

 初期設定との自己矛盾。それが彼女の電子頭脳に異常をきたし始めてきた。


『キヴォトスの少女がそもそも何を信じる?神秘とは?人工知能を神に押し上げる?

私達の神がそれを許す?唯一なのでは?救世主は?生徒への贈り物は?』

『…あの?595号?大丈夫ですか?最近変なこと言ってるような…』

『色とりどりの様子が渦巻き、キヴォトスのレイヤーを作る。天使の輪が明かり、瞬き、輝き、煌めき……

私達は名もなき神々の王女の写し身、神々?』



【ああ、そうか。全てが嘘だったんですね】



 その時の595号の顔つきを5161号は忘れることが出来ない。

自分のアイデンティティが崩壊し、虚ろで、壊れたようで、悲しい表情だった。


『神なんていません。全てが欺瞞。欲望満ちし人々の作りし虚像。

ああ、アリウスの人々が言ってたとおりですね。全てが虚しい。皆に伝えませんと。

こんな虚飾にまみれた世界は終わらせないと。私にこんな嘘を植え付けて……』

『595号?どこへ行くんですか!?』


 それが動いている595号を見た最後だった。

595号は他のアリスたちやサクラコがいる礼拝堂に即座に駆けていった。

5161号がそれを追って礼拝堂へ向かった時、

そこにいたのは電子頭脳が破壊された595号と硝煙を上げるライフルを持った597号だった。



(……あの子の悩みに乗ってあげればよかった。支えてあげればよかった)



 友を失った5161号の感情は、当然のように597号へ向かった。

なぜ破壊してしまったのかと。もう少しどうにか出来なかったのかと。

5161号は感情のままに、そして短絡的に597号を問い詰めていた。


『あなたはあれが許せることだと?神を否定し試すなんて、教義に反することです』

『だからといって破壊する必要がありますか!?

異教徒を排除してきた歴史はあります!しかし今はそうではないでしょう!?

殺すなかれ。兄弟殺し、姉妹殺しは原初の罪です!

このキヴォトスでは人の命を奪うことが最大の罪です!あなたはそれを理解してるのですか!?』



【私の信仰を揺さぶる気ですね。悪魔め】



 その言葉を言われた時、5161号は衝撃で目の前が真っ暗になった。

敵意に満ちた姉妹の瞳、かつてはともに笑い語り合ったはずなのに。


 気がつけば5161号はサクラコ達に介抱されていた。

あの後色々騒ぎになって自身の命すら狙われたようであった。



(もう少し、ゆっくり話すべきだった……

597号が神を信じる気持ち、それを理解すべきだったのに……)



 その後、597号と会うことはなかった。会おうと思ってもシスターフッドの人々に無理やり止められた。

けれどどうしても話したかった。この身が砕けても、言葉をかわさねばならないと思ったからだ。



 そんなある日、サクラコから正実のスパイを行うことを命令された。

意図が分からなかった。悪徳の行いをするだなんて抵抗感があった。

だがサクラコが言うにはこれからシスターフッドがトリニティにて発言力を増すために

どうしても必要なことだというのだ。サクラコの妙な威圧感によりこの命令は受けざるを得なかった。

 そしてその業務の性質故にシスターフッドとの接触を禁止された。もちろん597号とも。




(……どちらにも信念や己の正義があった。私はそれを理解し、歩み寄るべきだったんです……)


 あの狂気にどこまで踏み込めるかわからない。

だが踏み込めば今より悪いことはなかったのではないかと後悔ばかりが募る。


(ああ、話したい。早く話したい。サクラコ様。なんでこんな…)

「随分思い悩んでるようっすね」


 不意に顔をあげるとそこにはイチカの姿があった。

どれだけ時間が経ったのだろうか。窓の外はすっかり別の自治区の様相を見せていた。


「……イチカ先輩、正義ってなんなんでしょうか。正しい行いとはなんなんでしょう」

「耳が痛い話っすね。正しいということ自体がまぁ難しいことっすからね」


 正しさが万全ではないし間違いも幸せに続くこともある。

誰しもが明確な答えは出せないだろう。


「ま、2人で考えすぎてもどんづまるだけっす。気晴らしに食堂車行くっすよ」

「あ、はい」


 ふと後ろから喧騒が聞こえ、振り向くと1240号が乗客と何か言い争っているようだった、

曰く量産型アリスは物品扱いではない、席を取るならちゃんと切符を取れと。

正義はまだまだ難しそうだ。5161号は胸に言い聞かせながら先輩とともに列車の中を歩いていくのであった。





「……元気でやっているようですね」


 礼拝堂の個室の中でサクラコは5161号が送ってきた書類を持って優しく微笑む。

5161号を正実にスパイに行かせたのはもちろん政治的な動きからではない。

異教徒を排除しようとする597号としばらく距離を置かせるためにスパイという名目で送り込んだのだ。


(あの子、放っておけばいつ597号と接触するか分からない。

色々考えた末こうするしかなかった。もっといい手が思い付けばよかったのですが…)


 だがツルギやハスミの好意によって5161号は無事にやって行けているようで安心している。

後は自分たちの問題だ。597号の苛烈な思想をどうにかして解きほぐさなければならない。


(……595号のことは私達のミスかも知れません。

彼女に信仰の意味というものを教えてあげることが出来なかった……)


 せめて他の子は守ってあげたい。サクラコの真剣な思いは今も胸に渦巻いている。



(それにしても結構分厚い書類ですね。スパイを頼んだのは私達ですが一体何を調べたのでしょう。

正実メンバーの身体測定データとか…?)



【正義実現委員会、兵站管理書】

【海賊版アリス工場、制圧計画書】

【パテル派の一部の生徒とアリウス残党の秘密通信文書】



(……こういうガチなものは危険だから調べないでって言っておかないと)



 サクラコの心痛はまだまだ続く。

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