Its phoenix name is
requesting anonymity「本当に君も来るのかい?ここで待ってても良い、というか待っててくれた方が安心なんだけど…………」
心配そうな雇い主に、助手の若い魔女は決然とした面持ちで告げる。
「私だって『闇祓い』です。それにホグワーツの卒業生ですから」
そう言った若い魔女は1年以上袖を通していなかった闇祓いの制服に袖を通していた。
「アルバスに僕が守ってくれって頼まれた『生徒たち』の中には君も入ってるんだからね?……………死んだら嫌だよ」
「それはこっちのセリフです、せんぱい」
若い闇祓いの魔女は緊張した面持ちで、対面する青年はいつもの気軽な笑顔で、お互いの持ち物と身だしなみを確認していく。
「はいこれ君の持ち物。中のもの使う時は杖の先突っ込んで『アクシオ』ね」
自分の前髪を整えてくれている若い魔女に、青年は赤い巾着袋を渡した。
「薬色々と、不死鳥の涙と、包帯と着替えと下着の替えと、あと予備の杖も3本入ってるから、いざって時も慌てないで、さあ、準備は良いかいみんな!」
青年が振り向いて声をかけた先には、数匹のデミガイズが各々大きな布を持って待機していた。その目はまっすぐに青年を見つめている。
「君達に1人1枚ずつ渡したその布は『ポートキー』だ。ここから出たらもうすぐ……あと10分くらいでそれは起動して、それぞれ定められた場所に飛んでいく。そしたら向こうに居る人たちに、君達にもたせたその手紙を渡して。で、またそのポートキーで皆をこっちに連れてくるんだ。いいね?よし、さあ行って!」
デミガイズ達は言われた通りに外へと出ていき、その少し後に青年も続いた。
そして、ヴォルデモート率いる死喰い人の軍勢が迫るホグワーツ城。
「ハリーポッターはあそこよ!早く捕まえて!」
パンジー・パーキンソンがそう叫んだ瞬間、グリフィンドール生の全てとハッフルパフとレイブンクローの生徒の大半が立ち上がり、ハリー・ポッターを守るようにスリザリン生の前に立ちはだかった。
「最初に、スリザリン生がここから避難なさい」
劇的な光景にハリーが感動している中、マクゴナガルが告げる。
「続いてハッフルパフ、そしてレイブンクロー、グリフィンドール生の内、17歳になっていない者も避難なさい。先生方は引率をお願いします。ハグリッドはグリフィンドールの引率を」
スラグホーンがスリザリンを率いて大広間を出ていく。
「ハリー・ポッター。何をしているのです?探すものがあるのでしょう?」
マクゴナガルのその言葉で我に返ったハリーも、ロンとハーマイオニーと共に大広間から駆け出して行った。
「こっちだ。列からはぐれないように!」
スラグホーンが早足でホグワーツ城から離れて行き、その後ろに続くスリザリン生達の中でスラグホーンの目を盗んで城に戻るタイミングをドラコが伺っていた時、ドラコのすぐ前を歩いていたスリザリンの7年生が唐突に声を上げた。
「君達、本当にこれでいいのかい?」
スラグホーンは驚いて振り返りスリザリン生達は声のした方を向いて、全員が歩くのを止める。そしてドラコも「こいつは何を言い出すんだ」と思いながらその自分のすぐ前の男子生徒を睨む中、その生徒の着るスリザリンの制服は急激に色褪せていき、くすみ、いったいそれは何十年前のものなのかと訊きたくなるほどの年季が露わになった。しかし手入れはされているのか、古くはあれど破れてはいない。
「スリザリンだってホグワーツの一員だろう?君達は『ホグワーツのスリザリン生』と『死喰い人』のどっちなんだい?マクゴナガル先生が仰ったろう?スリザリンは、今こそ、旗色を鮮明にすべきだ」
そう言ったスリザリン生がその手に旅行かばんを持っている事にドラコが気づいた瞬間、その旅行かばんが大きく開かれ、中からドラゴンと競るサイズの蟒蛇が現れた。
そこでやっとスリザリン生たちとスラグホーン教授は、その「7年生の男子生徒」が誰なのかに気づいた。
「そうだろう、オミニス?」
男子生徒は傍らの巨大なバジリスクを撫でる。バジリスクは目を開き、スリザリン生たち一人ひとりを穏やかな眼差しで見つめている。
「かわいそうなトム君がきみのご両親をどのように扱ったか思い出すんだ、ドラコ。きみともあろう者があんな暴力を振り回すだけのやつについていくのかい?僕らが卒業してからの100年でスリザリン寮には誇りも何も無くなったのかい?」
そして男子生徒は、スラグホーンにも発言を求める。
「ホラス君。きみはかわいそうなトム君の学生時代をご存知だよね?どうだった?率直に、どんな生徒だった?」
スラグホーンは言い辛そうにしながらも、口を開いた。
「とても優秀だった。誰よりも優秀で、そして誰よりも魅力的だった。品行も良く、少なくともそう取り繕う事に長けていた。今にして思えばだが―皆が見本とするべきだと、思っていた。ああ、お気に入りの生徒だったとも」
「今は、どうだい?今の彼はどんな人だい?」
「ダンブルドアに言わせればまた違うのかもしれんが、私には…………かつてと同じ人間には思えん。本性を隠さなくなったのもあるのだろうが………前は、もっと知的だった。今の奴は単に力を振り回すだけで、その力の使い道も、それを向ける先も判っておらん。あの体たらくで何が『帝王』なものか」
それを受けて、男子生徒はスリザリン生に問いかける。
「スリザリンの諸君。スリザリンの、17歳以上の諸君。よく考えてほしい。このままホグワーツを離れるのか、それとも君達はホグワーツの一員なのか。はたして本当に『闇の帝王』が君達を導くべきなのかを」
それだけ言った男子生徒は、答えも訊かず反応も見ずに踵を返し、巨大なバジリスクを連れてホグワーツ城へと戻っていった。
ドラコはその男子生徒と共に離れていくバジリスクの頭上が突如燃え上がり、そこに不死鳥が現れるのを見た。
そしてすでに火の手が上がり轟音が響いてきているホグワーツに向かいながら、青年は隣の不死鳥を頭に乗せたバジリスクに杖を向けた。
「さあオミニス、君が敵だと思われないようにしとこうね……『オブスクーロ』!」
青年がそのバジリスクに「目隠し呪文」で装着させたのは、正気とは思えないド派手なデザインのパーティーグッズらしきメガネ、それもバジリスクのサイズに合わせた大きなものだった。イカれた造形な上、色のついたグラスの向こうにバジリスクの閉じたままの目がしっかりと覗いており、そも目隠しになっていない。
「ホグワーツ城を見て回って、防衛の状況を確認してきてくれるかい?それで危なそうなら助けてあげて。勿論きみも気をつけて。きみの鱗でも『アバダ・ケダブラ』は防げないと思うから。さあ、僕もすぐ行くから、先に行って」
バジリスクは蛇語を使うわけでもない青年の指示に素直に従いスルスルと先を急いで行った。そして周囲に不死鳥と自分以外には誰も居ない事を確認してから、青年は己の頭の上に移った不死鳥に話しかける。
「ねえ、覚えてるかい?あのころ。皆がきみの名前を知りたがってて、僕がずっと『秘密』だって言い張ってた頃。きみと出会ってまだ2年くらいの頃だったね。勿論、秘密だってのはホントにきみとの約束だけど、それを抜きにしたって言えるわけないじゃんね。だって僕、きみの『燃焼日』を初めて見た時、本当に目の前で目撃して、しかもちょうど朝日が差してきたのと合わさって視界が真っ白になっちゃってさ。それでやっときみが納得してくれる名前を思いついたんだったでしょ?なのにその2年後に同じ名前の子が入学してくるんだもん、参っちゃうよね」
不死鳥は当時を思い出したかのように、楽しそうに一声鳴く。
「さあ、僕らも行こうか。『アルバス』」
青年がそう言った瞬間に不死鳥は炎を上げ、青年とともに「姿くらまし」した。
「残りたい方はここに居ていただいて構いません。ここはみなさんの為に整えた場所ですから。―本当に、戦うのですね?」
青年の旅行かばん内に整えられた「難民キャンプ」で、大勢のマグル生まれ及びマグル生まれだと決めつけられた魔法使いたちが、杖を手に決意に満ちた目で若い闇祓いの魔女を見つめる。
「あたしらだって戦うよ。傍観者でなんて居られるもんか」
中年の魔女は隣の夫と共に声を上げる。
「娘が、ルーナがホグワーツに戦いに行ったと聞いた。なら私も行く。パンドラもそうしろと言っただろう」
ゼノフィリウス・ラブグッドの心の恐れは、家族愛によって抑え込まれていた。そして、周囲の全員が意気軒昂であるのを見てとった若い闇祓いの魔女は皆に告げる。
「申し訳ありません、全員分の杖を盗…………取り戻す事はできませんでしたので、手元にあるのがご自身の杖でない方は、誰かから杖を奪い取ったらそっちを使う事をおすすめします。と、オリバンダーさんが仰っていたとせんぱいが仰ってました」
そして若い魔女が続けた言葉は、全員を驚かせた。
「あ、あとバジリスクを見かける事があると思いますが、せんぱいの飼ってるやつで味方ですので攻撃しないようにお願いします。チーズケーキと日向ぼっこが好きな優しい子ですので」
ホグワーツは城内も城外も押し寄せる死喰い人とその軍勢と、それを迎え撃つホグワーツ側の勢力が入り乱れていた。四方八方を呪詛が飛び交い、絵画は額縁の中を走り回って伝令役を務めている。
そんな中、死喰い人もホグワーツの人々も、ほぼ同時に気づいた。
「蜘蛛が…………」
アーニー・マクミランが飛んできた呪詛を避けながら呟き、一方のそれを放った死喰い人も杖を構える姿から迫力が消え、あっけにとられていた。
誰彼構わず襲っていた筈の巨大蜘蛛アクロマンチュラの群れが、いつのまにやら一目散に逃走を開始しており、先を争うように雪崩を打って禁じられた森の方へと駆けて行く。そしてすべての方向から響き渡る戦いの物音に紛れて、歌が聞こえてきた。
「不死鳥か…………?しかし校長のフォークスは去った筈では…………」
城内の廊下で戦っていた闇祓いの男性は事態を飲み込めないながらも、それをすぐ意識から捨て去り、遠くに見えた死喰い人に失神呪文を放つ。
一方、味方から孤立してしまい杖を弾き飛ばされたラベンダー・ブラウンは、自分に覆いかぶさろうとしたフェンリール・グレイバックが急に動きを止めた事に気づく。
「なんだ、おまえ」
状況が全く理解できないせいで本来感じるはずの恐怖がどこかにいってしまって呆けたように立ち尽くしているグレイバックの見つめる先に居たのは、ご陽気なデザインの眼鏡をかけた巨大なバジリスクだった。
派手な色の眼鏡のレンズの向こうから覗くバジリスクの黄色い目はゆっくりと開き、グレイバックを見つめる。
「なんだってんだ」
自分が死んでいない事に一瞬遅れて気づいたグレイバックは慌てて杖を構えるが、放つ呪いはバジリスクの鱗に尽く弾かれ、なんの効果も発揮しない。
そしてグレイバックが次に何を唱えるよりも早く、その身にバジリスクの巨大な頭が覆いかぶさり、牙が腹に深く食い込む。
〈このおじさんマッズ………。やっぱ僕はチーズケーキのほうが好きだな〉
グレイバックをすぐ吐き出したバジリスクが周囲に危機にさらされている人が居ないか見渡してからそう言ったが、しかしその場に蛇語がわかる人間はおらず、バジリスクの独り言は誰の耳にも届かない。グレイバックはまだ弱々しく息をしていたが、その生命が残りわずかなのは明らかだった。
さらにバジリスクは起き上がろうとして起き上がれていないラベンダーの姿をその目にとらえ、怖がらせてはいけないと思いすぐに目を瞑った。
「その眼鏡……………ルーナと同じやつ……?アナタは………??」
そしてバジリスクと、上半身だけなんとか起こしたラベンダーの間の空中にオレンジ色の炎が輝き不死鳥と青年が「姿現し」した。
「やあ、ミス・ブラウン。危なかったね」
青年はそう言いながらボトル入りのハナハッカのエキスを取り出し、周囲に転がる瓦礫を1つ「呼び寄せ」てそれを銀の粉末に変える。
「この傷は消えないけれど、そんな事で君の価値は落ちない。君にこの傷をつけた時のグレイバックが変身していなかったなら、君は狼人間にはならない。………多少狼っぽい嗜好を獲得することはあるらしいけど、それだけだ。ビル・ウィーズリー君は生に近いステーキが好きになったそうだ。他にもやたら鼻が効くようになったって子にも闇祓いやってた頃会ったことがある。そして、その傷をつけた時のグレイバックが変身していたなら君は狼人間になる。さ、どっちだったか教えてくれるかい?」
そう言いつつ銀の粉末とハナハッカエキスで手際よくラベンダーの胴体の傷を止血していく青年の横で、歌い続けている不死鳥が青年の持っていた旅行かばんを開く。
「ここは………城の中の廊下か!ルーナはどこだ」
「とにかく音がする方に、違う、絵画が状況を教えてくれるはずよ!」
「そこで倒れてるの、グレイバックか!ステューピファイ!!!」
「うお、コイツが言ってたバジリスクだな!…………なんだそのイカれたメガネは」
「来ました、せんぱい!」
「今窓の外を落ちてった生徒、知ってる子だ!!くそ!!!」
次々現れる大勢の大人たちは複数の集団に分かれ、加勢をするべく走り出していく。
「きみは、ブラウン家の娘か!無事か!いや無事ではないな」
そう言った老人は青年に叫ぶ。
「この子は私が看ておくから、きみらは他を助けてやってくれ」
その言葉に頷いた青年は旅行かばんを手に持ち、若い闇祓いの魔女とバジリスクを伴って不死鳥が放つ炎に包まれ「姿くらまし」した。
「この歌、不死鳥か?」「満タンのつもりだった勇気が追加で沸いてくるな?」
フレッドとジョージは死喰い人と戦いつつ、何が起きているのかを薄々察していた。しかし次の瞬間、とんでもない勢いで廊下の向こうから溢れ押し寄せてきた青い炎が死喰い人たちもフレッドもジョージも、その場の全員を飲み込む。
「どういう魔法だ?」「熱くないのに、死喰い人どもだけ消し飛んじまったぜ」
すぐ嘘のように消えた青い炎の後には、ホグワーツ側の人間だけが残されていた。
「『プロテゴ・ディアボリカ』悪魔の守り、って呼ばれてるクソ難しい闇の魔術だ。あの火はそれを放った人間とその心からの味方を守り、敵だけを燃やす………」
フレッドとジョージに守られていた血だらけのレイブンクロー生が言う。
「お前まだ喋んないほうが良いぜ」「ほら、立てるか?パース!手伝ってくれ!」
ジョージがレイブンクロー生を慮り、フレッドは離れた位置にいる兄に声を掛けた。そして一同は壁の絵画から戦況を伝えられつつ、急いで階段を降りていく。
城のすぐ外、ベラトリックス・レストレンジはさっき殺した闇祓いの死体を片足で踏みつけ、その上に立とうとしていた。
「ぐにゃぐにゃしやがってこのやろうめ、安定しないね!」
しかしすぐに足を退け、全身に悪意を漲らせて危険極まる呪文を唱えようと意識を集中し始める。
「やあ大臣!」
下の階に降りてきたパーシー・ウィーズリーとフレッドとジョージはハリー達3人と合流できたものの、死喰い人にも出くわして各々交戦する。そしてそのうちの1人が「魔法大臣」パイアス・シックネスだと察したパーシーは杖をむけて呪詛を放った。
「辞職すると申し上げた筈ですが?」
「お前が冗談を言うとはなあ、パース!」
フレッドが兄を茶化したその時。
全てがバラバラになるかのような衝撃と爆発音が響き、ずっと聞こえていた不死鳥の歌も一瞬かき消された。
「なんだ、何が起きた!」
「みんな無事?!!!」
緊迫した声色の状況確認が飛び交う中、その2人の声はみんなの耳に届いた。
「無事かどうかは、考え方によるな」「まだ耳がキーンとしてるぜ」
ジョージに助け起こされたフレッドは、城の外側の壁に1番近かった自分達をその身を挺して守ってくれた巨大な影の主と見つめ合っている。
「…………………おいおい、おれ達2人の命の恩人バジリスクかよ。冗談キツイぜ」
そう言ったフレッドは、そのバジリスクの頭に不死鳥が留まっているのに気づいた。
「うげーーー、城壁が無くなっちまった」
バジリスクの大木のような胴体の上に乗ってその向こうを覗いたジョージが、自分達が居る廊下の壁に大穴が開いているのを見ながら唸る。外では巨人やらホグワーツ側の魔法使いやら生徒やら死喰い人やらが入り乱れて戦闘が続いていた。
「お前、ありがとな」
フレッドは手を伸ばしてバジリスクの顔を撫でている。
「まさか、ダンブルドア?」
ロンがバジリスクの頭の上の不死鳥を見て呟き、それを聞いてパーシーが呆れた。
「おいおい、今ので脳をやられたかいロニー坊や。まだ気づいてないのかよ?」
ジョージもそう言って弟をからかう。
「「先生が来てる」」
双子はピッタリ声を揃え、ニッコリと笑った。