In vino veritas
✂クロコダイルの酒の強さについての妄想
✂ダイス設定外の捏造要素
✂クロコダイルは酔っ払い
以上がよければ
「おやおや」
ボトルを手にとってラベルを見ると
『酒の悪魔』
と書かれている。確かにこれは今度カイドウさんに土産に持っていこうと買っておいた物だ。巨人族でも一本で満足してぶっ倒れるという触れ込みの通常より大きめのワインボトルは半分と少し、減っていた。
「知らなかったよ。クロはずいぶんお酒に強くなったんだね」
ソファに視線を落とすとそこにはぐったり横たわったクロの姿があった。
クロに小さい頃からお酒のつきあい方を教えた甲斐があって酔う前に止めるから失敗もほぼ無い。
ただ、疲れが限界を越えるとカイドウさんの様にガバカバ呑んで酔い潰れ翌日二日酔いになりしかも記憶も飛んでいるというおよそ賢いとは言えない事をする。
「最近はしなくなったのに。最後にお説教したのが⋯十七年前?」
わあ、という特になんの感慨もない感想を漏らしてボトルをテーブルに戻して肩を軽く揺する。
「起きて。お風呂に入った後に呑むくらいには理性が残ってて良かった。ベッドで寝なさい」
クロ、と名前を呼ぶとゆるゆると目を開けて。
次の瞬間胸ぐらを掴まれて引き寄せられた。
「アニキ?」
「ただいま」
「⋯⋯毛布じゃねェ」
「お兄ちゃんだよ」
酔っ払いを怒ることの無意味さは百獣海賊団から聞かされる愚痴と今までのクロの行いで良く分かっているのでお説教は後。無駄に力の入った手の指をベリベリ引き剥がして水をピッチャーに入れて持ってくるとソファに座ってぼんやりしているクロにコップを渡す。全く誰がこんなに疲れさせたのやら。
やっぱりあの道化かな明日皮を剥がして家具にしようか。ランプシェードが良いだろうあの鼻をスイッチの紐先に
「毛布」
「どうしたの」
「もうふ」
考え事をしながらラフな服に着替えている間に水を全部飲み干していたクロは私の服の裾をグイグイ引っ張ってくる。
「これは毛布じゃ」
ヒョイと突然肩に担がれて流石に目を丸くする。
酔っているとは思えないしっかりした足どりでベッドに向かい私を放って上に倒れこんできた。受け止めると重みと乱暴な扱いにベッドが悲鳴を上げる。
「危ないでしょ。私は」
「毛布が喋るなうるせェんだよ」
「さっき私の事見えてたのに」
早く寝かしつけて片付けをした方が良いと判断して背中を撫でるとグリグリと胸に顔を押しつけてくるので懐かしさを感じる。子供の頃海賊狩りを失敗して軽く腸が出る怪我をしてしまい病院行きになった時こうしてずっと離れなかった。
いやあれは本当にうっかりしてたまさか苦し紛れにサーベルをぶん投げてくるとはでもクロはきちんと守れたし止めは刺せたからその賞金で入院代は払えたし結果オーライだろう。
「寝たかな」
「毛布が動くな」
「起きてた」
もう良いや今は毛布になろうと試しに昔寝かしつける時に使っていた歌を歌う。
「⋯⋯好きなのか」
「潮の向こうで──なにが?」
「好きなのか」
「この歌のこと? うーん毛布は別に」
「お前はアニキだろ」
「あれ?! 私毛布でしょ?」
「なに言ってんだ」
毛布か兄なのか存在があやふやになりそう。
「海賊が皆唄ってた曲だって聞いて⋯⋯クロが喜ぶかな、って思ってね。子供の時覚えて唄ってた」
今日はやたらと昔の事を思い出すなあ。
「好きだ」
「歌が?」
「毛布が」
「毛布が。私は?」
「酒は嫌いだ」
「お酒じゃなくて」
「トマトは好きだ」
うーん駄目だ。でも話してると疲れてきたのか眠そうになってるのでこのまま取り留めない会話を続けて寝かせよう。
「じゃあそうだね早口言葉できる? The sixth sick sheik's sixth sheep's sick.を三回言える?」
「言わねェ」
「そっかあ。じゃあなぞなぞはどうかな。食べると育って飲むと死ぬのは?」
「砂」
「はずれ。答えは」
「面白いこと言え」
「突然だなあ⋯⋯バギーの服にタグ付いたままだったから鋏でまとめて切ったら首が飛んでってね」
「つまらねェ」
「ううん。⋯⋯ずっと前に私の店に押し込み強盗が来たから捕まえて海軍行く途中でね、向かいから赤い洗面器を頭にのせた男が歩いてきたんだ。たっぷりの水が入った洗面器。それを一滴も溢さないようにゆっくり歩いてくる男が不思議で「何で頭に赤い洗面器なんて乗せてるの?」って聞いたら」
「ワイン⋯⋯」
「美味しかった?」
「不味いから全部呑んだ」
「残ってるけど」
「アニキが隠してたからのんだ⋯⋯」
「普通にラックに入れてたけど」
「誰かに渡す前にのんだ」
お土産だって知ってたらしい。お説教の項目に追加していると気持ち悪いのか唸っている。
「明日は一日お休みだね」
「寝れねェ」
「この体勢は寝にくいよ」
はい。と寝っ転がったままクロを持ち上げて横に寝かすと引っ付いてくるし鉤爪が背中を引っ掻いてくすぐったい。アルベルくん曰く、こういう風になるのは甘え上戸というらしい。
「ショコラはどこだ」
「先に寝てるよ」
何か言いながら枕を引くところを見るにショコラは今枕らしい。ショコラの毛質が変わったことに言及してるけど駱駝の毛皮と枕の生地は大分違うだろう。うとうとし始めたので頭を撫でる。
クロは時々こうして寝つきが悪かったけどあの船に乗って別々に寝ていた頃一人でどう寝てたんだろうか。
気づいたらクロが産まれていつの間にか私は兄になっていてよく周囲の両親の部下から
「似てない」
と言われてたし、
「でも同じ腹から出てきたんだよな」
そう頷きあう船員たちを見ていた。もう顔も覚えていないが。
「本当におれはお前の弟なのか」
そんな風に尋ねられても私は産まれた瞬間は見てないので正直に
「知らない」
と答えて食器を片付けに去った記憶もある。例え繋がってなくても弟だと親に言われたのだから家族だろう。例えば今、昔の船員が現れて
「実は二人は実の兄弟じゃぁないんです」
などと言ったとしても私は無視するだろうしつこいなら切るかも。そのくらいどうでもいい。
私の前に弟として現れた事だけが事実だ。
「無視するんじゃねェよ」
「え? なに? ごめん考えごとして」
乱暴に頬をつねられる。クロは無理やり私の腕をとって枕にすると毛布ならきちんと暖めろと文句を言っている。とりあえず本物の寝具をかけ直す。
「好きだよな」
「なにを?」
「おれのこと」
「毛布が?」
「アニキが」
どうやら気づかないうちに兄に戻った様だ。
「大好きだよ」
クハハとなにやら満足げに嗤うので深夜に大声を出さないよう注意する。
「なら来いっていったら来い」
「くるよ」
「仕事中でもこい」
「うん」
「処刑台にいてもこい」
「それ死んでない? まあ行くけど」
当然だ、というようにちょっと悪い顔をして笑うクロはちゃんと海賊になった私の弟だ。
「お前の好きな弟の頼みくらい聞け。わかったな」
「うん」
「アニキ」
繰り返すうちに寝息に変わったのを確める。クロは酔うと毎回当たり前のことを聞いては笑う。酔っ払いとは皆こんな感じなのか機会があったらアルベルくんに聞いてみようカイドウさんは参考にならないと言っていたし。
眠る前にテーブルの上やらデスクの下を片付けようとしたがたった今毛布なら暖めろと言われたのを思い出してベッドに戻る。
大好きな弟の頼みは聞くものだ。
私は昔と同じようにクロを暖めた。
In vino veritas《酒の中に真実がある》