Immoral love
「ひいいいいいい! 来ないでェェェ! 嫌ァァァァ!」
「ア、アイエエエエ! 海から触手! 触手ナンデ! アバババババーッ!」
「チィッ! なんだって水中専用触手なんか溢れ返ってるんだよ!」
海原に吹く爽やかな潮風を遮る、沖合のホバークラフトより放たれた恐怖と混乱に満ちた絶叫
キヴォトス全土の優等生も落伍者も区別無く襲った未だ名付けられざる災禍、後にサラダ事変と呼ばれる非常事態
それに巻き込まれたジャブジャブヘルメット団の娘らの叫喚である
普段通り小賢しい小悪党の小大人共とつるんで小遣い稼ぎを目論んでいた彼女達であったが、ゲヘナ学園から溢れ出してきた得体の知れない触手の襲撃を受け、ビジネスパートナーであったロボ大人が触手共にボコボコにされ、ゴミ捨て場に放り込まれている間に拠点であるホバークラフトへと逃げ帰る事を余儀無くされ
そして報道機関の自称アイドルレポーター及び悪名高き美食研究会の1人が触手の集合体に襲われ、人生終了級の辱めを受けている様を見て背筋を凍らせつつも他人事である事実に安堵する事になった
そこまでは良かった
ゲヘナ自治区から逃げ、ミレニアム自治区やD.U.等他の地域の港に辿り着いても、すぐさま増殖してキヴォトスを占領していた触手サラダに襲われ続けた事
その最中で枯渇しつつあった食料やら何やらを無理にでも調達しようとしたジャブジャブヘルメット団隊長の河駒風ラブが、触手に飲まれてしまった事
地獄から逃げおおせたにも関わらず、まるで幸運の女神に見放されたかの如く悪い事象が発生し続け、それでも彼女達は時間が全てを解決すると信じて海上にホバークラフトを移動させ、残り少ない食料で細々と食いつなぎ籠城を続けていた
そして数週間が経った今日、テヅルモヅルあるいは海藻サラダめいた触手共が突如として海中より湧き出しホバークラフトの移動を封じ、哀れな不良生徒達を襲ったのである
「がああああ! がああああ! ちくしょう絶望がハンパねェ!」
「こんなのってないぞ! キヴォトスいい加減にしろよ!」
「やめっ、口にっ、入るな、う゛お゛げえ゛え゛え゛え゛え゛え゛っ!?」
逃げ道の無い海上で四方八方より襲われた彼女達の敗北は、最初から明白であった
元々残弾数が心許なかった各々の銃は既に撃ち尽くされ、海水だか謎の粘液だか判別不可能な液体に塗れた触手に囚われ、1人また1人とヘルメットを奪われて口に入り込まれてゆく
最早これまで、自分達もこんな悲惨な姿を晒すのだ、と顔を歪めて恐慌する未だ無事な団員達
だがその最中、海藻触手共の動きが突然止まった
何が起こった、まさかなんかこの異常事態の根源が打倒されて助かったのか、そうであってくれ、と無事な者達は願ったが、そんな都合の良い事は起きたりしない
絶望を告げるべく、海辺より海藻サラダ達が集合して一本道を造り出し、その上を歩んでくる影があった
「あ、あれ……隊長か……?」
「隊長と、緑の、たいちょ……いや、アレ、まさか……」
数週間前に触手共に攫われてしまった河駒風ラブと……彼女を姫抱きで抱えて運んでくる、もう1人の河駒風ラブ
ただし抱き抱えている方は、髪の色が深緑であり、足蹴にしている触手達を思わせる粘液を全身から滴らせて
抱えられている赤髪のラブは、腹を大きく膨らませ、どろりと瞳を濁らせ、もう1人の自分の横顔を心底愛おしそうに眺めていた
ネット上にばら撒かれていた情報から、緑髪ラブの正体をラブの子宮から卵子を利用し産まれ直したサラダ触手だと理解してしまった不良達は慄き、中には吐き気を堪えきれず嘔吐している者までいた
そして船上に辿り着き降ろされ、まるで恋人に接するように娘の擬態腕に自身の腕を絡ませたラブは、慄然たる恐怖に震える部下達の前、大量の触手を宿した腹を撫で、狂気に満ちた展望を語る
「ごめんね、皆……うち、娘ちゃん達に味方して、人類を支配して貰う事にしたから♡ でもね、それがうちらの本当の幸せだと思うの♡ キヴォトスをまるごとサラダちゃん達の苗床として捧げて、うちら人類は永遠にサラダちゃん達に御奉仕させて貰って、社会の一員として必要として貰えて……きっとそれだけが、うちらが安寧と本当の幸福を得られる、唯一の方法なんだ♡」
キヴォトスの秩序に相容れず反発していた集団、その首魁であったとは到底信じられぬ、服従に悦びを見いだした堕落染めの妄言を吐き、淫蕩に緩んだ笑顔を向けた
「た、隊、長……」
「ウ……ウソやろ! こ……こんなことが! こ……こんなことが許されていいのか!」
「ナンデ……ナンデ……私の隊長、私の……ナンデ……」
「大丈夫、あんたたちはただ、サラダちゃん達に身も心を委ねればいいだけ……あ゛っ♡ お、お腹、動いて……うまれ、産まれう゛っ、ん゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っ♡」
まるで元隊長の堕ち果てた姿に絶句し怖れる不良達の精神を更に甚振ろうとしているかのように、ラブは娘に身を預けたまま、肛門からどぼどぼと触手を産み落としてゆく
うねうねと蠢くそれらは、まるで腐肉に集る蛆めいて哀れな贄達にじり寄ってゆき
やがて母の口から溢れた出産による絶頂の声を号令としたかのように、未だ苗床とされていない不良達へと躍りかかっていった
「ひいいいい! 嫌アアアアアあ゛ぶお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っ!?」
「アイエえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛っ!?」
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
「はぁ、はぁ……あは♡ ここの皆を苗床にしたら、次はオデュッセイア……♡」
「そうね。あそこは孤島要塞同然だから雛達でも攻略は難しいって話だけど、海に対応したうちらなら問題なく落とせるよ、オフクロ」
「この悦びを知らない可哀想な皆を、うちらで幸福な人生に導いてあげなきゃ……♡」
仲良く寄り添いながら不穏な言葉を交わす母子の前、安寧や幸福という言葉とは到底無縁としか思えない不良達の絶叫や吐瀉音、排泄出産音が響き渡り続けていた