IFルート

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「お、おはようルフィ!」

「……」


今日も今日とて私の言葉は無視される。

同じ屋根の下に二人で住んでいるというのに、ルフィはまるで私をいないもののように扱う。

それが堪らなく悲しくて顔を歪めても、ルフィは顔色一つ変えない。


学校に行ってからもそう。

お昼休みにルフィの教室へ行きご飯に誘ったけど、


「ル、ルフィ!一緒に食べに――」

「……チッ」


私の方を見ないまま、舌打ちをされた。

昔からルフィを知ってるけど、こんな態度を取られたのは私だけだろう。

ビクリと体が震え、彼の友人達も気まずそうにしている。


「…行こうぜウソップ」

「お、おいルフィ。その、本当に良いのか…?」

「良いんだよ」


何にも良くないよ、そう口にする勇気も出せず。

恐ろしい程に冷え切った顔のルフィが横を通り過ぎていくのを、黙って見送るしか出来なかった。


どうしてこんな事になったのか。

…私のせい、私がルフィを傷付けたからだ。


数日前、ルフィが女子更衣室を盗撮したという冤罪を掛けられた。

犯人は3年生の男子と複数人の女子達。

何でも元々は私へよからぬ事をする気だったらしく、それを止めようとルフィが身代わりになった。

男子達はルフィに盗撮を強要させたが、ルフィの方も大人しく言い成りになる気は無い。

友人一同と協力して逆に彼らの悪事の証拠を集め、先生たちの前でそれらを曝露。

結果、ルフィを陥れようとした連中は全員退学処分となり一件落着。


…尤も、あくまで学校での問題は、だけど。


ルフィが盗撮をしたかもしれないと聞き、私だってルフィの無罪を信じた。

幼馴染として断言するが、ルフィはそんな卑劣な真似をするような男じゃない。

けど私は、ルフィが盗撮をしたと決めつける言葉をぶつけた。

たとえ冤罪だとしても、ルフィが別の女の子の裸に興味を持つのが腹立たしくて。

私にはそんな素振り見せない癖に、私の体にはそういう目を向けない癖に。

ルフィに片思い中であり、一向にルフィからは女としてじゃなくお姉ちゃんとして扱われる現状への不満と焦り。

それらが私に最低の行為へと走らせた。


あえてルフィを疑う言葉をぶつけ挑発。

ルフィ本人の口から私へもそういった性的な興味があるという言葉を引き出す。

その時の私はどうかしてたと今になって後悔している。

おれはやっていない、そう訴えるルフィを何度も嘘つき呼ばわりした。

人気者で先生たちからも人望のある○○君が嘘を吐く筈が無い、よりにもよってルフィより赤の他人、盗撮を強要させた犯人を信じる発言をした。


結果だけ言うなら目論見は見事に成功。

挑発しながらルフィの前で服を脱いだら、顔を真っ赤にして目を背けた。

初めての反応に加え、ルフィ本人の口から私の体に興味があると出で大満足。

目的は達成したのでネタバラシをし、盗撮の件について本当は何があったのかを聞くだけ。


そんな私の甘い考えは、一瞬で崩れ去った。


ネタバラシをされたルフィは俯き一言も発さない。

怒らせたかな?そう不安になって冗談交じりに「おっぱい触るくらいだったら良いよ」なんて言おうとした直後。

ルフィは私に背を向け、温度を感じない声でこう告げた。


『悪いウタ。今日は友達の家に泊めてもらう』

『えっ?ま、待って、何で急に…』

『暫くはお前と話したくねェし顔も見たくねェ』


凍り付く私にそれ以上何も言わず、ルフィは家から出て行った。


翌日、帰って来るなり「もうおれの分の飯は作らなくていい」と言われた。

ルフィの言葉を無視して二人分のご飯を作ったけど、一口も食べようとはしない。

あれだけ美味い美味いと言って食べてくれたのが嘘みたいだ。

ルフィが私をいないもののように扱い出したのもその辺りから。

最低限の、本当に必要な時には会話をするけど、それ以外は私が何を言っても反応してくれない。

そればかりか、あんまりしつっこく構うと明確な苛立ちを籠めた目で睨まれる。


「あんたねぇ…そりゃ幾らルフィでもそうなるわよ……」


ルフィの友だちであり私にとっても仲の良い一人であるナミちゃんに相談したところ、頭を抱えた様子で言われた。


「焦る気持ちが分からない訳じゃないわ。色気より食い気のルフィを意識させようなんて、普通の方法じゃ難しいもの」

「そ、そうでしょ!だったら…」

「でも、あんたのやり方は正直私も擁護出来ないわよ。幾ら嘘とは言っても、ルフィからしたら一番信じて欲しかったあんたに犯人扱いされたのよ?」

「それは……」


言葉に詰まる。

あの時は後でちゃんと嘘だよって言えば大丈夫だと思っていた。

でもそれだけで丸く収まる話ではないだろうと、今更になって私も感じ始める。


「そうね…。あんたがルフィにしたのを自分に置き換えてみなさい」


言われて想像してみる。

冤罪を掛けられたのが私で、犯人扱いするのがルフィ。

盗撮…じゃ無いにしても万引きとかイジメの主犯格とかそういうの。


『ウタ、お前何であんなことしたんだよ!?』


『頼むから正直に言ってくれよ…。やってない?嘘つくんじゃねェ!』


『○○って知ってるだろ?皆からすげー人気あるアイツがお前が犯人だって言ってたぞ?は?○○が嘘なんて言う訳ねェだろ!』


「あっ……」


心臓が突き刺されたように痛い。

実際に言われたのではなくあくまで想像、それでも物凄いショックだ。

10年以上一緒にいた幼馴染の私じゃなく、大して面識も無い人の言葉を信じるルフィ。

その逆を私はルフィにやってしまった。

それはまるで、ルフィと共に過ごした時間は無駄だと言っているようで。


ルフィの心をどれだけ踏み躙り傷付けたのかを、今になってようやく理解した。


「あ、ど、どうしよう…私、なんてこと……」

「分かったんならどうすればいいか、もう分かるでしょ?」


ナミちゃんに言われ、私は弾かれたように走り出す。

ルフィに謝らないと。

冗談交じりにごめんごめんと言ったあんなものではない、誠心誠意頭を下げる。

許してもらえるかは分からない、もしかしたら今更遅いと怒鳴られるかもしれない。

もしそうなったら……。


「ウタ?」


名前を呼ぶ声に振り向くと、今正に会おうとしていたルフィがいた。

偶然にしてもタイミングが良過ぎる。

ともかく謝ろうとしたが、先にルフィが言葉を発した。


「丁度良かった。おれお前に言いたいことあったんだ」


ルフィの方からも話があるらしい。

謝罪をしようとした出鼻を挫かれたが、お構いなしに彼は言う。


「実はよ、おれ彼女ってのが出来たんだ!」


…………え?


「おれの為に証拠集め手伝ってくれた友達の一人なんだけどな?そいつから告白されたんだ。おれもあいつと一緒にいると楽しいし、恋人になったんだ。いやー、あいつすっげェ喜んでたなぁ」


待って


「おれが盗撮したって聞いた時もずっとおれがやってねェって信じてくれてな。ほんとに良い奴なんだ!」


待ってよ


「それでよ、良かったら一緒に住もうって言われてな?流石に気が早いんじゃねェかって思ったんだけど、向こうの家族もその気になっちまってさ!実はおれもあいつと一緒に暮らせるの楽しみなんだけどな!」


お願いだから


「そういう訳だからよ、ウタ」


「おれ家を出てくから、お前との生活も終わりだ。あともうしつこく話しかけてくるなよ。おれの彼女はあいつだけなんだから」


そう言ったルフィの顔は、私への関心を完全に失った無表情だった。


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「いやあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」


目を見開いて飛び起きると、そこは見慣れた私の部屋。

心臓が五月蠅いくらいに鳴り響いている。

周りを見てもルフィの姿はいない。


「夢……?」


呟いた直後、壊れるんじゃないかと思わんばかりの勢いで部屋のドアが開いた。


「ウタ!どうした!?何かあったのか!?」


入って来たのはルフィだ。

血相を変えて私の肩を掴み揺さぶって来る。

シャワーの途中でやって来たのだろう、ポタポタと雫が髪から落ち床を濡らす。

ちゃんと乾かさないと風邪引いちゃうよ。

なんてお姉ちゃんぶった言葉は出ず、私はルフィに抱きついた。


「るふぃ…!ごめんね…ごめんね…!わたし……ごめんなさい…!」

「ウタ…?心配すんな、おれはちゃんとここにいるから」


私を安心させようと強く抱きしめ返すルフィに、首を横に振る。

すると彼は困ったように笑うけど、抱きしめたまま頭を撫でてくれた。

…ルフィはこんなにも優しい、こんなに私を想ってくれる。

なのにあの時の私は、そんなルフィをどれだけ傷つけたのか。


ナミちゃんに相談し自分の過ちに気付けた後、私はルフィに謝り許してもらえた。

というかルフィの方からも逆に物凄い頭を下げられた。

ずっと酷い態度ばかり取ったこと、私が悲しんでるのを無視し続けたのをルフィも後悔していたと言うのだ。

そんなの全部私が悪いからなのに、ルフィが謝る必要なんて全然無いのに。

とにかく私たちは無事に仲直りをし、それから間もなく正式にお付き合いを始めた。

告白したのは何とルフィから。

後で知ったのだが、実はルフィも前々から私が好きで近々告白しようと友人達に相談していたらしい。

ところがいざ実行しようとした矢先に件の盗撮事件が起き、先延ばしになってしまったのである。

ルフィも自分を好いていてくれた嬉しさ、余計なタイミングで事件を起こした犯人たちへの怒り。

…何より、馬鹿な真似に走り告白しようとしたルフィの勇気を踏み躙った事への後悔。

全部がごちゃ混ぜになりわんわん泣いた私をルフィが今みたいに抱きしめてくれたのは記憶に新しい。


でも時々思う。

私が今こうして幸せを噛み締められるのは、ルフィが本当に優しくて私を大切に想ってくれるからだ。

もし、何か一つでもボタンが掛け違えればこうはなっていない。

きっとあの夢のように、取り返しの付かない事になっただろう。

馬鹿なことをしてしまったと、今でも後悔している。


「落ち着いたか?」

「うん…。ごめんね、お風呂の途中だったでしょ?」

「あー…気にすんな!今日はもうこのまま上がるから…」

「だーめ!ちゃんと最後まで入るの!ばっちぃんだから!」


こうやってルフィとまた一緒にいれる、それも今度は恋人として。

それがどれだけ幸福化を今一度実感しながら、私は誓う。

二度と彼を傷付けないと。


「えぇ…でもなぁ…」

「しょうがないなぁ…。じゃあ、一緒に入る?」

「っ!お、おう」

「ふふ、えっち♡」


おしまい

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