I will dance only with you

I will dance only with you

君が願う限り



キャメルが嬉しそうに取り出した音貝は興味のないクロコダイルでさえ名前を聞く程話題になっていたあの歌姫の曲だ。

世界中聞いていない者はないだろうという触れ込みは、今のキャメルの様子を見るとあながち大袈裟なものではないのかもしれないと思わせた。

「どこでそれを?」

「つい先日襲った船で」

「もういい分かった」

ええ今回のは結構強かったんだよ、と喋りたそうにしているが兄に負けた時点でクロコダイルにはどうでも良い事でありキャメルにとっても長く興味を引くモノにはなりえないので直ぐに忘れてしまうだろう。

「クロはまだ一度も聴いたこと無かったよね?」

デスクの上の書類や筆記具を乱雑に落として音貝を置き──彼にとって書類程無駄で邪魔なものは無いので扱いが雑になる──再生すると、クロコダイルの手をとった。

「そんな気分じゃねぇ」

「疲れてるって? そんな時こそ踊ろう! 昔は良く二人で踊ったじゃない。気分が落ち込んだ時は運動するのが一番だよ」

両手をとり部屋の真ん中へ優しくも力強い力で引きずられれば彼にもう拒否権はない。

「クロはいつも私と踊りたがっていたからね。ショコラもいつも楽しそうに見てたなあ」

クロコダイルの記憶ではショコラはとてもじゃないが楽しそうになどしていなかった。衣食住どころか戦闘すら共にできる彼女にとって唯一ダンスには付き合うことはできないので二人が踊る場を邪魔しないように少し離れて羨ましそうに静かにしていたのだ。二本足で立ち上がったらいよいよ駱駝と呼称できる生き物ではなくなるだろうと子供の時は考えていたが今は海の広さに触れて、

『もしかしたらできるかもしれない』

とショコラの進化を彼は少し恐れている。

──閑話休題。そんな訳でキャメルの得意とするダンスのパートナーはいつだって弟だけだった。踊りたがっていたのだって別に好きでもなんでもなく。

「良い歌だね」

今回も簡単なステップをゆっくりとやってくれるがそれは数分ともたずにヴェニーズワルツを高速で始めたかと思えばクイックステップに移行し最後にはジャイブという地獄のダンスメドレーになるのは間違いない。

横長の瞳孔を持つ瞳が楽しそうに輝く。


クロコダイルがこんな事に相手してきたのは自分のせいで兄が不自由な生活になってしまったから⋯⋯という理由では全くなく踊っている間は兄の考えている事が理解できるかもしれないと思ったからだ。

めちゃくちゃな踊りに振り回されながら観察しアニキは次はこのステップになるに違いないいやこうか、と毎回やっていき当たった時のあの安心感。

『アニキは化物なんかじゃない。ただの変人だ』

と両親の最期の言葉を否定する事ができる。


ショコラが好きで。

キャラメルが好きで。

踊りが好きで。

服を作るのが好きで。

気紛れで俺を助ける為に親を殺してしまった。

変わり者のアニキ。

だから考えてることだって、ほら。


「楽しいでしょ!」

「アニキはな」

サビに入りくるくると回りだしクロコダイルを見上げる様を見てクロコダイルは知らず知らずの内に声を上げて笑った。

『こんなのと踊れるのは俺だけだよ』
























踊る時に考えている事は特にない。楽しければ良い。

だから子供の頃からダンスを踊ると大抵相手から文句が出る。相手の事を考えて踊れ。それに返す答えは一つだ。

「嫌だ」



海賊ではなくなって半年。

通りかかった街がちょうど建国記念日だかなんだかの祭りの真っ只中、月が昇っても続く音楽に無意識に足がリズムを刻んでいた。 

そうしていたら急にクロが

「踊ってよ」

と言い出すものだから当然私は驚いた。

「私と?」

「アニキ以外いないだろ」

それは、その通り。

「一回も踊ったことないでしょう」

「そんなもん適当にやってればできるだろ」

「どうしたの突然。今日も疲れてるでしょ早く寝なきゃ大きくなれないよ」

その言葉に一瞬ぐっと詰まったものの睨みながら手を出す。

「踊れ」

こんなShall We Danceは中々お目にかかれないに違いない。私は思わず笑って手をとった。

「いいよ」



踊ってる最中、考えている事は特にない。あるとすれば踊りの相手の事だろうか。

「クロ、下を見てちゃだめ。顔をあげてこっち見て」

踊っていると相手の考えている事が何となく分かる。上手い人は自分と同じで思考せず感覚で踊るのでつまらないし下手な人は大抵下らない事を考えているのでやっぱりつまらない。だから直ぐに一人で踊りたくなる。

「そうそう、最初はそれだけ考えて足なんていくらでも踏んでいいんだから」

クロはなんだか不安な事があるようで、踊ってスッキリしたいらしい。

「クルクル回るだけはいや? じゃあ⋯⋯」

テンポを上げてもついてきてくれるクロに気持ち良くなってステップはもういつも通りだ。

「凄いねクロ! こんなに楽しめるダンス初めて!」

クロは息を切らして微笑んだ。

「じゃあ、これからも踊ってやる」

「踊れるからさ」

「いつでも言えよ」

そう、そうだね。

「クロだけと踊るよ」


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