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「ねえおばあちゃん、おばあちゃんがここで1番偉い人だって言われたんだけど、本当?おばあちゃんは校長じゃないのよね?」

大正時代のマホウトコロでよく見かけたような女袴姿をせんぱいに褒められ上機嫌の若い魔女が「ここで1番偉い人」の老婆に訊く。

「わしがここで1番エラいてか?だーれがんなこと言うたんや?」

案内役の職員コガワ氏が目を逸らす。

「ややこしい2重構造を説明するのが面倒だったんですね?ミスター・コガワ」

わざわざ早口かつ小声で問いかけた和装に身を包むその青年に、コガワ氏は尚も目を合わせようとせずにイギリス英語で囁いた。

「マホウトコロの長は間違いなく校長です。ですがマホウトコロに併設されている社に勤める神職たちの長はこちらにおわす御方様で、賢所に入れるのも御方様お1人だけなのです。ですからこの城郭全体の頂点に立つのが誰かと問われれば、間違いなくこの御方様です」

その説明で知らない単語がひとつだけあった青年は訊き返す。

「『カシコドコロ』ってなんですか?」

「社の御神体が安置されている場所です。つまり『神のおわす部屋』です。…………外国の魔法族は信仰心が薄いと聞きますが、我らはそうでもないので」

その返答に、青年は関心して声を上げる。

「僕らも、自分達が信じていないからって他人の信仰対象を蔑ろにはしないよ。それに君達日本人の『信仰心』は西洋のマグルのそれとは少々違う感じなんだろう?」

「それは私ごときが日本の全員を代表してお答えするわけにはいかない問いですね。しかし、個人的な考えを申し上げるなら―」

その時、若い魔女と共に先を歩く老婆から声がかかった。

「さっきから2人してコソコソコソコソと何の話をしとんの。ほらついたに修練場。あんたが手合わせしたいて言いよる『指南役』がおるんはここや」

100年ほど前、青年がホグワーツの学生だった頃。マホウトコロに関してひとつ噂があった。「マグルの教師が居る」「スクイブだと言い張っている」と。

「それは私の祖父の事ですね。私の2代前の『剣術指南役』です。マホウトコロでは『剣術』『槍術』『弓術』の内どれか1つは必ず履修しますので」

青年の質問にそう答えたタスキ掛け姿の男性は、腰に刀剣を鬻いでいた。

「『マホウ』トコロだって言ってんのに…………?不思議なカリキュラムしてるね」

「やってみればわかりますよ」

2人は向かい合い、青年は杖を構え男性は刀に手を掛ける。

「ステューピファイ!」

青年が放った呪詛を躱しながら、刀に手を掛けた男性が迫る。

「ステュ」

男性の抜き放った刃は青年の首に触れる寸前で止まった。

「参りました……………」

青年が望み挑んだ手合わせは、瞬く間に終わった。

「ひえ~、速いねえきみ!きみは『スクイブ』じゃないんだよね?」

「ええ。私もここ魔法処の卒業生ですからね」

そして暫しの歓談の後、青年の助手の若い魔女は部屋の端の床の間に飾られているものが彫刻などではない事に気づいた。

「ねえ、あの、あの鱗だらけの猿みたいなの…………もしかして本物のカッパ?」

助手のその発言を受けて、青年も気づく。

「………あ、ホントだ。ぜんっぜん動かないねあのカッパ」

「あの子ぉはあそこでじっとしとんのが好きみたいなんよ。ほらあんたもこっちきてお客さんに挨拶し。」

老婆がそう声をかけるとそのカッパは立ち上がり、ペタペタと歩いて青年と若い魔女に近づいてきた。

「こ、こんにちは……………」

カッパを初めて見た若い魔女が恐る恐る挨拶し軽く会釈するとカッパも会釈を返してきたが、その時それを見ていた青年が唐突に笑い始めた。

「ふっふふふふふふふふ…………」

「急にどうしたんですかせんぱい」

若い魔女は自分がカッパにした対応が何か変だったのかと戸惑っているが、その様子から助手の内心を察した青年は笑いを抑え込もうと努力しながら言う。

「いやね、僕がホグワーツ卒業したとき、卒業旅行したの。全員分のお金出すから着いて来てくれって頼んで同級生の友達みんなで一緒に世界一周旅行。その時日本にも来たんだけど、長野の山奥でカッパに遭遇してね。貴重な生き物だって情報も知ってたせいで討伐も撃退も躊躇しちゃって、お辞儀させた後どうしたもんか悩んでたんだけど『お辞儀させて頭のくぼみに溜まった水を全てこぼさせれば力を失う』って情報の割に、まだ結構力強くてレストレンジが服剥ぎ取られて泣いちゃったんだよね。それでそのあと僕みんなに言われてつきっきりで1日中一緒に行動したんだけど、つまり、今そのカッパその時のあのカッパと同じ表情してるなあって」

その発言で一気に目の前の初めて見る珍しい魔法生物に対して警戒心を露わにした若い魔女だったが、どうやらそれがいけなかったらしくカッパの方も明らかに興奮し始めた。

「こらあかん、尻子玉取ろうとしとる時の顔や。あんたらはよ他所行かなあかんわ」

老婆にそう言われて修練場を後にした一同は、そのままマホウトコロの城内を許可の出る限り見学して大満足大興奮し、そして落語研究会やらの感想を語り合いつつマホウトコロを後にしようとしていた。

「では、こちらで『ポートキー』を用意して送りますので、移動にはそれを用いてください。おそらくいきなり戦場に到着しますのでそのつもりで」

そう言った青年を引き止めたのは「ここで1番偉い」らしい老婆だった。

「これ持ってき」

老婆は風呂敷包みを青年と助手の若い魔女に1つずつ手渡す。

「このキモノをいただけるだけでも驚きと感謝に耐えないのに、この上さらに―」

若い魔女が社交辞令的に一旦拒否しようとするのを、青年が遮る。

「ありがとうございます。ご厚意嬉しく思います」

そして青年と助手の若い魔女は老婆と案内役のコガワ氏、そして「剣術指南役」の男性と生徒たちに丁寧に挨拶してから来た時と同じように巾着袋をその場に置くと不死鳥と共に炎に包まれて「姿くらまし」し、すぐまた現れた不死鳥は巾着袋を掴んで飛び立つ。

「ここでは『姿くらまし』できないはずなんですが、やはり不死鳥はそれに縛られないようですね」

空に消えていく不死鳥を見送りながらコガワ氏が老婆に言う。

「そらまあ不死鳥はな。何をどうやっとるやらわからへんのに防げるわけあらへん。さ、戻って晩飯にせな。子どもらが待ちきれんでよだれで溺れてまうかもしれんに」

老婆はそう言うと、皆を率いてスタスタと城の中に戻っていった。

「せんぱい、今からこれもうイギリスに戻ってるんですよね?」

不死鳥が空を運ぶ巾着袋の中、の中の旅行かばんの中に魔法で整えられた小屋の寝室で寛ぎながら傍らに寄り添う青年にそう訊いた若い魔女は、まだ着物に女袴姿のままだった。

「そうだよ。きみそれ気に入ったの?」

「はい!なんと言ってもせんぱいが褒めてくれましたからね!」

うんうんかわいいかわいい似合ってるよと投げやり気味に褒めた青年だが、それでも若い魔女ははにかんでモジモジと身をくねらせるのだった。

「100年前にも見ましたよ僕この光景。レストレンジ先輩の機嫌が一気に治ったの」

青年がかつて敢行した卒業旅行に実は密かに誘拐されて同行していたダンブルドア少年が、2人が座るベッドに面した壁の肖像画の中からそう言って呆れたように肩を竦め、その直ぐ側に他の友人達と共に飾られている、当のものすごい美人のスリザリン生レストレンジの肖像画は当時を思い出して赤面する。

「だっ、だってホラあんな事の後であんな褒められ方したら誰だってさ………!!」

「やっぱり魂までおぼこだねえアンタは」

隣の額縁の中のイメルダがさらりとそう言い、レストレンジは更に挙動不審になった。そして嬉しそうにはしゃぐ若い魔女は向こうに到着するまでこれを着たままでいようと心に決めていた。

「あの卒業旅行は楽しかったよねえアルバス」

「僕にとっては卒業旅行じゃないんですけどねアレ。あの時僕1年生ですし」

ダンブルドア少年の肖像画がそう言うと、壁に並んだ青年の友人達の肖像画が皆一斉に同意し、若い魔女がその話題に興味を示した事でその「集団卒業旅行」の思い出話は若い魔女が満足するまで順を追って詳細に続けられるのだった。

「私これ毎回言ってる気がしますけど、みなさん本当に仲良しだったんですね」

若い魔女がしみじみとそう言うと、スリザリン生の肖像画がそれに答える。

「そうだけど、どっちかといえば、コイツを中心に繋がってたね。コイツがみんなと仲よかったから、僕もみんなと仲よくなれた。僕らみんなそうやって一緒に過ごすようになってったのさ」

肖像画の中のセバスチャン・サロウはそう言って妹の肩を抱き、2人して笑った。



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