I choose who I obey
requesting anonymityホグワーツ領内「禁じられた森」で、10人以上の死喰い人と蛇のナギニを背後に控えさせたヴォルデモート卿を相手に、真正面から立ち向かっている青年が居た。
「ダンブルドアより老いぼれのお前が、俺様に敵うと思っているのか?」
「何言ってんの、僕がきみに勝てるわけ無いでしょ」
発言とは裏腹に青年は普段の気軽な笑顔のまま、力を抜いたスマートな立ち姿でヴォルデモートに杖を向けている。
「僕は君を倒しに来たんじゃない。それは僕の役目じゃないからね。僕は、ここに、君に無駄な時間を使わせに来たんだ」
なにを指示されたわけでもなく手を出すなとも言われていないのに見守ることしかできずに居る死喰い人達が杖を握る手に力を込めずにはいられない中、向かい合う2人は同じ呪文を唱える―どちらもお辞儀をする気など無かった。
「「クルーシオ!!」」
未だこの目の前の「ダンブルドアの先輩」をその極めて乏しい知名度のみを根拠に侮っていたヴォルデモートは、そのへんの穢れた血やマグルにそうするように、苦しむ姿を見るためにその呪文を唱えていた。
一方の青年は、ここ暫くの間アズカバンの吸魂鬼達や哀れな死喰い人や「人さらい」達から容赦なく徴収し蓄えていた全ての「感情」をこの呪文1つに総動員していた。
そして、ハリー・ポッターがかつてベラトリックスに教えられアミカス・カロー相手に理解した通り「磔の呪文」の効果を最大限発揮するには、本気になる必要がある。
ヴォルデモートはもちろん古今東西の他の誰よりもこの類の呪文に精通していたが、今どちらのほうがより「本気」かと問われれば、答えは明白だった。
「我が君!!」
死喰い人の1人が思わず叫ぶ。ヴォルデモートのみならず周囲の死喰い人達の一部までも、どういうわけか「磔」に苛まれていた。
空前絶後の苦痛に表情を歪ませ片膝を地面につかされたヴォルデモートは、それでも青年に杖を向けたまま17年前のあのゴドリックの谷での手痛い「破滅」を否応無しに思い起こさせられていた。
一方の青年は闇の帝王の「磔」に襲われているにも関わらず汗1つかいていない。それは精神力のみによるハッタリで、ようするにただ我慢しているだけなのだが、周囲の死喰い人はそんな可能性には露ほども思い至らず戦慄している。
「アルバスが世話になったね。トム君」
青年はホグワーツの生徒に授業をする時の穏やかな口調でヴォルデモートに言った。
「優秀なきみが見抜いた通り僕はきみよりずーっと弱い。アルバスよりも弱いしあのゲラートくんにだってたぶん勝てない。………………1対1でやったら。」
ヴォルデモート卿にも他の死喰い人の誰にも、どころか在りし日のダンブルドアすら見ることはできなかった「古代魔法の呪い」が、青年にだけはハッキリ見えている。
そしてまた2人は同時に唱えた。
「「アバダ・ケダブラ!!!」」
青年はヴォルデモートが放った死の呪いを素早く飛び退いて躱し、一方青年が放った死の呪いはそもそもヴォルデモートを狙っていなかった。
「何?!!!!」
必死の形相でギリギリ身を躱したルシウス・マルフォイとナルシッサ、そして狙われなかったナギニを含む数人の「磔」をくらっていなかった者達以外の尽くを、樹木のように枝分かれした緑の閃光が稲妻のように貫いて跳ね回り、10人近くを一瞬で鏖殺せしめた。生き残った数人の死喰い人も、自分に迫った死の呪いの1本を力任せの杖捌きで捻じ曲げ地面に叩きつけたヴォルデモートすらも、驚愕が顔に現れている。
「何者だ貴様!」
ヴォルデモートは呪いを放つ事すら忘れて叫ぶ。
「は、え???きみさっき自分で言ったじゃん。僕は『ダンブルドアの先輩』だよ」
そう言った青年の背後の木々の間の暗がりから、茂みをかき分けて巨大なバジリスクが現れた。それを見たヴォルデモートはすかさず蛇語でそのバジリスクに命令する。
〈5年前ポッターの奴にやられたと聞いていたが、まあ良い。さあその男を殺せ!〉
〈え、誰いきなり。何やめてよ馴れ馴れしい。友達いなさそうな人だなあ〉
ド派手な眼鏡をかけたそのバジリスクの頭上の空中が燃え上がり、不死鳥が現れる。そしてヴォルデモートと死喰い人達が何をするより早く、何かをヴォルデモートに投げてよこした青年とバジリスクを伴って不死鳥は再び炎と共に「姿くらまし」した。
「ご無事ですか我が君!!」
「いらん!」
ルシウス・マルフォイを制止したヴォルデモートは青年の置き土産である羊皮紙の束に記された名前を見て何かを察し、それに杖を向ける。
「変身」させられていた羊皮紙の束は元の姿に、100人近いヴォルデモートの部下や使い捨てのならず者達の刈り取られた首の山に変わった。
「ッ!!!!!」
闇の帝王の怒りを敏感に察知して逃げ出そうとした死喰い人はしかし、緑の閃光が撒き散らされない事に気づいて我が君の方を恐る恐る見つめる。
「構わん。構わん…………あやつが誰だろうが、コイツらごとき殺されようが………結局はポッターの小僧めをたった1人始末すれば済むのだ……………」
直後、逃げ出そうとしたのをしっかり見られていたその死喰い人を緑の閃光が襲い、それを放ったヴォルデモートは杖を収めてホグワーツ城の方向を見つめた。その傍にはナギニが寄り添い、そんな我が君の背中を数人の死喰い人たちが見つめる。そしてルシウスとナルシッサのマルフォイ夫妻もまた、戦いが続くホグワーツ城を見つめていた。
「ステューピファイ!………ああもう!」
ホグワーツ城の直ぐ側の屋外で続く戦いの中、自分よりもかなり大きい巨人に苦戦しているグロウプを、離れた位置の生徒たちが援護しようとしていた。
「まーじで頑丈だな巨人ってのは」
アリシア・スピネットが放った失神呪文が当然のように弾かれたのを見たリー・ジョーダンが唸る。
「頑張れグロウピー!やり返せ!!」
アンジェリーナ・ジョンソンが死喰い人に呪詛を放ちながら叫ぶ。グロウプには難しい言葉は解らなかったが、それでも周囲の小さい奴らの誰が味方なのかは判っていた。異母兄弟のハガーが自分に向けてくれるのと同じ暖かさをその言葉から感じ取っていたから。
「「「「ステューピファイ!!」」」」
4人一斉に放った失神呪文も、またあっさりと弾かれて効果を発揮しない。
「じゃあもう胴は狙うだけ無駄ね……目とか?ちょっとなにしてんのジョーダン」
スピネットの隣のリー・ジョーダンは半分に割られた飴らしきものをガムか何かでくるんで玉を作り、それに「肥大呪文」をかけていた。
「フレッドとジョージの『ゲーゲー・トローチ』と『鼻血ヌルヌル・ヌガー』だ。ガワが丈夫だってんなら中から狙う………エンゴージオ!!」
意図を理解したスピネットがそのクアッフルほどもある大きな塊に杖を向ける。
「ウィンガーディアム・レビオーサ!」
「ソイツに口を開けさせられるか?グロウピー!!!」
リー・ジョーダンの言っていることはグロウプにはよく解らなかったが、そのジェスチャーで求められている事を理解し、自分より5フィート以上も大きいその巨人の背中に回って後ろから組み付いてかかり、どれだけ殴られても離さない。そして巨人が怒り狂って吠えたその口の中に、「浮遊」させられた大きな玉が飛び込む。
効果は劇的だった。
「わあああああああああ!!!!!!インパービアス!」
大慌てのアンジェリーナのみならず、周囲の闇祓いも「人さらい」も死喰い人も、その光景が見えた全員が必死で自分と周囲の味方に「防水呪文」をかけた。
巨人の顔からは滝のように鼻血と吐瀉物が流れ出続け、仰天したグロウプは慌てて距離を取る。そんなグロウプの顔をちらりとでも見た誰もが、その「小柄な」巨人の心中を察せた。
「前から行かなくてよかった。って思ってるねアイツ」
顔を抑えて溢れ出る鼻血と止めどない吐き気を止めようとしながら退散していく巨人をよそに、アンジェリーナがグロウプを見て言った。
「「絶対もっとマシな方法あったって…………」」
アンジェリーナとアリシア・スピネットがリー・ジョーダンを睨むが、当の本人は「こっちが負けるより良いだろ」と笑っている。
そして防水呪文が間に合わなかったらしい死喰い人が戦意喪失しているのを見つけた闇祓いはそこにすかさず「全身金縛り」を飛ばした。
「退いてくれないか、パンジー・パーキンソン」
叫びの屋敷から戻ってきたばかりのハリー達は目の前に立つスリザリンの7年生の女子に杖を向けるが、返ってきたのは呪詛でも罵倒でもなかった。
「ハリー・ポッター。…………本当にごめんなさい!!!!」
深く深く頭を下げたパンジーにロンが皮肉を言う。
「さっきのマルフォイといいお前といい、スリザリンは気でも狂ったのか?」
「『旗色を鮮明に』する気になったってわけね?パーキンソン」
ハーマイオニーは未だ杖を向けている。
「『あの先生』に言われたの。『ホグワーツのスリザリン生なのか、死喰い人予備軍なのかどっちだ』って。それで、みんなで話しあって、こうするって決めた」
パーキンソンは素早く杖を構えてハリー達3人が何をする間もなく呪詛を放つ。それはハーマイオニーの頭上を超えて飛び、ロンに杖を向けていた薄汚い身なりの男に命中して「気絶」させた。
「私達だってホグワーツが好きなのよ………あの先生の授業、楽しかった……」
口ではそう言いつつもまだ恐怖を抑え込むのに必死なパンジー・パーキンソンの体は小刻みに震えていたが、ロンでさえそれを指摘しようとはしなかった。
「城まで退くぞ!早く!!」
顔見知りのグリフィンドール生の遺体を肩に担ぎ、反対側の手で杖を構えて叫ぶオリバー・ウッドは、死喰い人と亡者の群れと巨人に迫られながらもどうにか撤退する味方を指揮していた。
「先に行け!先に行け!!!」
何十年もタンスに仕舞い込んでいたと思われる古びた闇祓いの制服に袖を通した老人がそう叫んで死喰い人アントニン・ドロホフに「失神呪文」を放つが、防がれる。
オリバー・ウッドにも、周囲の誰にも逡巡する時間などなかった。隣を走るハッフルパフ生の女子を紫の閃光が掠め、その先を走るスリザリン生に命中する。そのスリザリン生を顧みる余裕は無い。元闇祓いらしい老人が1人で食い止めようとするのを背に、ウッドはレイブンクロー生の遺体を飛び越え、上半身だけになった闇祓いの死体を避けて必死で走る。ドロホフは老人に杖を向ける。
「アバダ・ケダブラ!!」
若者たちを守る為に命を投げ出したその老人は、懐かしい声を約80年ぶりに聞いた。
「プロテゴ・ディアボリカ!」
突如青年を伴って現れた不死鳥が緑の閃光を飲み込んで炎に包まれる。そして青年の杖の先から放たれた青い炎は瞬く間に広がりドロホフと周囲の他の死喰い人や巨人、そして亡者達との間に燃える壁を形成した。
「先輩」
老人は、信じられないという顔をしている。
「久しぶりだね。相変わらず本当に勇気があるねきみは」
そう言いながら青い炎を操っていない方の手で地面の灰の山をかき分け、雛になった不死鳥を拾い上げた青年は、亡者たちを次々焼き払いつつ、反対側の手で不死鳥に着火し、一気に成鳥に変えてみせた。
再び飛翔した不死鳥が倒れたスリザリン生に降り立って涙を流し、「悪魔の守り」の青い炎が目の前まで迫ったドロホフは杖を振るってどうにか対抗しようとしている。
その時、一方的に1時間の休戦を告げるヴォルデモートの声が響いた。