Humpty Dumpty
カワキのスレ主光の帝国、クレーター。
時刻は夜。一行は市街地を離れて、山間にあるキャンプ場で天体観測に勤しんでいた。
「星がきれいだねぇ……空気も澄んでて……。冬の夜空も良いけれど、夏の夜空も素敵。ね、ユーハバッハ?」
「当然だ。我が領土にあるものはみな、素晴らしいものであるに決まっている」
「あの子が作ったカレーも食べられたし、今日は大満足の一日だったね」
「……お前のせいでカワキと顔を合わせることができなかったのだぞ、わかっているのか?」
「ふふ、そうだねぇ。カワキちゃんは明日も仕事があるからって、コテージに泊まらずに帰っちゃったもんね。……ハイ、ポーズ。綺麗に撮れた?」
「ああ」
満天の星が輝く夜空を背に、エドガーは写真を撮った後、嬉しげに伸びをして星々を見上げた。
そして、どこか懐かしそうに目を眇めてユーハバッハへと語りかける。
「……ねえ、覚えてるかな? ずっと昔にも、星を観に出かけたことがあったでしょう? 夜にお城を抜け出して、丘を越えて、草原まで。二人一緒に」
「お前が私を引きずって行った、の間違いだろう」
半目で思い出語りに応じたユーハバッハに、エドガーは口元へ手をやって笑った。
「ふふ、勝手に君を連れ出したから、僕(やつがれ)、後からお城の人にすごく叱られたよ。……懐かしいなぁ。思えば、君のその姿を見るのも随分と久しぶりだ」
「……そうだな。この形になるのは、もう千余年ぶりか。お前と草原を駆けた、あの頃以来だ」
「大きくなった君は貫禄があったけれど、僕(やつがれ)はその姿のユーハバッハも懐かしくて好きだよ」
「私の能力を知っていてそれを言うのか。エド、お前という奴は……」
ユーハバッハの外見は力を蓄えるほどに成熟し、分け与えるほどに若返る。それを知らぬ友ではない、ユーハバッハは苦い顔でエドガーを睨む。
じっとりとした視線を向けられたエドガーは慣れたもので、朗らかな笑みでユーハバッハの視線を受け流した。
「怒らないで。僕(やつがれ)は自分の好きに嘘を吐きたくないんだよ。ほら、これでも飲んで機嫌を直して?」
エドガーが水筒から注いだスープを受け取ったユーハバッハは、小さく目を見開いて呟いた。
「……! このスープは、あの時の……」
「うん、覚えててくれて嬉しいなぁ。実はね、あの日のスープを作ってみたんだ。夏だけれど、夜の山は少し肌寒いからね。ああ、ユーハバッハ。熱いから気を付けて」
「…………。質素なスープだ。だが、あの時より腕を上げたな」
ボソリと呟いた言葉を耳にしたエドガーは、得意げに笑って胸を張る。
「まあね、お料理経験を積んだから。ふふ、愛する奥さんやかわいい子供たちに、美味しいご飯を食べさせてあげたくて」
「貴様のそれはわざとか? よほど私の神経を逆撫でしたいらしいな」
「わあ、怖い顔。さっきも言ったでしょう? 僕(やつがれ)は自分の好きに嘘は吐かないって」
「ちっ……」
舌打ちをしてスープを口にするユーハバッハを懐かしそうに眺めて、エドガーは静かに口を開いた。
「…………。ねえ、ユーハバッハ。スープ、前より美味しくできてたでしょう?」
「……? そうだな」
疑問に眉を寄せたユーハバッハに、エドガーは優しく微笑んで言い放った。
「そう。あの時と、全く同じ味じゃない」
「……エド」
「思い出は、振り返ることはできても、戻ることはできないんだよ」
「…………」
「割れた卵が戻らないように。溢れた水が還らないように」
黙り込んだユーハバッハに、エドガーは目を伏せて、なおも言葉を続ける。
「良いんだよ、何度でも振り返って。たまには思い出に浸る時間も必要だからね。それでも、前に進まなくちゃ。ずっと後ろを向いていたら、どこにも行けなくなっちゃう」
「……何が言いたい?」
「わかってるくせに」
「…………。エド、私は……」
「……これ以上は、先におしまいを決めちゃった僕(やつがれ)が言えた義理じゃないか」
視線を逸らして言い淀んだユーハバッハを見て、エドガーは明るい声で話を切り替えた。
「さ! スープのおかわりはいる? 今回はキャンプセットがあるから、軽食の用意もできるよ。ホットサンドでも作ろうか?」
「……もらおう」