Howling Hounds #2「Endless, Nameless」

Howling Hounds #2「Endless, Nameless」


「おーい、こっち見てみろ!村があるぞー!」

「俺たちは助かったんだ!」

少年達が歓喜するのも無理からぬ事であった。セントラリア西実践技術学校、山岳部。実績と伝統のある強豪校あり、過去にはかのセントラリアとルルマリーナの一部境界線をなぞるエネリップ山脈を踏破している。しかし部の実績と個人の実力は必ずしも一致しない。グロワールにまたがるピアース山の登頂を企てていた少年達のチームは道しるべの岩を誤認し、そのために登山道から外れ、数日間の遭難の憂き目にあっていた。携帯した食料は底をつき、体力は限界であった。そのような中で、容易に移動できる近場に村を発見できたならば誰であれ不幸中の幸いと考えるであろう。登山隊は村へ向けて歩を進め、命からがらにも全員が到着することができた。


ここまでが後日学校へ届けられた手紙に記された内容になる。少年達のその後の動向は今なお不明である。


──

「996、997、998」

隻腕の女性の霊が、訓練室に順に現れるターゲットを次々に切り刻んでゆく。

「999、1000。まだ時間がかかるが…ここは少し休まねば…」

この女性、祭政技工はここ最近は訓練室に入り浸っている。坑道調査の初任務から数ヶ月流れた。その時失った片腕は痛みも痒みもしないが、違和感は募る。戦闘にもなると不均衡さは障壁だ。一刻も早く隻腕での太刀筋を掴まねばならない。

「技工、ちょっと来てください」

声の主はHoWLS監視官の一人、ヒズ。どうにも死神らしからぬ柔和な印象を受ける人物だ。ともかく、彼に呼び出されたのならそれ相応の事があるのだろう。任務の割当にしては上機嫌すぎる声色であったが、ここは訓練を切り上げて彼に同行することにした。


移動先はHoWLSの技術開発部である。HoWLS隊員に支給される武器や、監視官の死神が用いる鎌などの設計、制作を行う部署の事だ。しかしなぜ、私が連れて来られたのだろう?と、祭政技工は考える。私には技術開発部との接点などないし、HoWLSに入隊して日が浅い私が特別武器を支給されるとも思えない。ヒズが部署の戸を開くと、寡黙な男性が部屋の奥に腰掛けている。いかにも職人気質といったこの男性は、その格好から私と同じ幽霊に見え、恐らくは生前の咎によりここにいるのであろう。ヒズが男性に軽く会釈する。

「依頼していた品物は完成しました?」

「ああ…好きにもっていきなすんな。で、そいつは?」

「紹介しましょう。彼女は祭政技工、であなたが…」

この男性の名はフュリジナス・B・スミス。生前は武器鍛冶屋。戦乱の時代に生まれる。元は一般の武器職人であったが、武器の性能を増すために人間を殺害するようになる。人間から奪った魂を鋳込んだ武器を作り続け、その犠牲者は172人に及んだ…との事だ。

「当然、今は真っ当な方法でやらせていますよ」

ヒズが話を締める。

「ところで私はなぜここに…」

「それはですね」

スパン!と音がした。


「思った通り、良い鎌ですね!」

「わ、私を新しい鎌の実験代にするな!?」

「いいじゃないですか。あなたしぶといんでなんともなかったんでしょう?」

「それとこれは別だろう!?第一、鎌を振るいたいなら野ざらしになってる悪霊で試したらどうだ!?」

その時である。ヒズの手にしていたスクロールのアラートが鳴ったのは。システムが新たな特級害魂の存在を提示したのだ。フュリジナスが口を挟む。

「嬢ちゃんの言う通りだわな。それは別に構わんのだが、そのままここで暴れてると二人とも溶鉱炉につっこむが」

ヒズが冷や汗をかく。

「炎だけはやめてください」

「なんだ?死神の癖に…」

「技工は関係ないでしょう!ともかく、行きますよ!」

二人はピアース山にあるという山岳村へ向けて冥連本部を発つのだった。


「先程はすみませんでした。少し感情的になってしまって」

山道。周辺に例の山岳村があるという所を二人は歩いていた。

「いいさ。何かあったのか?」

「そうですね…」

語った所によると、ヒズには姉がいたらしい。弟よりも先に技術者として冥連で働いたようで、弟とその友人は数年前姉の所に下宿していた。冥連の採用試験を受けるためにである。二人は無事試験を突破する。その知らせが届いた日、姉は二人を祝う準備をしていた。しかし、祝の席は実際には用意される事はなかった。その日、後に「炎」と呼ばれる特級害魂がヒズの姉の家周辺を襲った。家は家事になり、姉は未だ見つかっていない。ヒズは未だ、その事がトラウマになっているようであった。

「村に、つきましたよ」

見たところ至って普通の山岳村である。高山の涼しい気温に特有の植物が、清涼な川辺に茂っている。

「いい村ですねー。空気は澄んでいますし、景観も良い」

村の老婆の一人がゆっくりと歩いてくる。

「お二人とも疲れたでしょう。ゆっくり休んで行きなさい」

「ありがとうございます」

老婆はいとも慣れているかのように、宿を手配する。

「ところで、この周辺で悪霊とか見なかったかい?」

「…」

老婆は答えない。

「では、悪霊の噂でもいい。どんな些細な物でもいいから教えてくれないかな。」

「…」

この沈黙はどうやら無視ではない。私の質問がまるでこの老婆の世界の外を通り過ぎたような感覚を覚えるのだ。質問が聞こえてるか怪しければ、その意味をそもそも解せるのかも怪しい。

「そうか…私は幽霊だしな…このような事もあるか…では、私は村に調査に言ってくるよ」

「お気をつけて」

ヒズが答えた。


「どうにもおかしいな…」

正午の太陽が川の水面に照りかける。

「私が見えていないわけではない…かといって悪霊やら異変の事に質問しても全く答えない。まるで設定外の事に対面した機械のような素振りだ…こいつら世間話する意外の能が無いのか?」

更に異様な物を目にしたのはその後である

「あの少年ら…まさか」

セントラリア西実践技術学校、山岳部の遭難していた生徒である。下調べの際、新聞記事で顔を見ていた。特級害魂の餌食になった物とばかり思っていたが生存は確認できた事は良しとしよう。しかし、あまりにも村に馴染み過ぎている。この村で生まれ育ったと言わんばかりの仕草で、道を闊歩している。都会の若者特有の不慣れさ等全くない。

「君達、西実践技術学校の生徒だろう…?」

「…」

「家に帰らなくていいのかい」

「家ならそがんとこにありますたい」

「そうではなくて、君達の親元に」

「…」

まさか…特級害魂の支配下におかれ強制的に“村民”とされているのか?

「ちょっと失礼するよ…思ったとおりだ…ここの村民は個人の魂に固有な物がごっそり削り取られて、画一的な“村民“に落とし込まれている!」

代表をやっていた頃なら興味をそそられたかもしれないが今は違う。今考えるべき事はこの学生を…そして恐らくヒズも、この村の支配から解き放つ事だ。時間はかけられない。時間が経つ毎にここを訪れた人はより一層“村民“となり、やがて村に同化してしまうのだろう。そうなれば手の施し用が無くなる。

「なんとかせねば…」

ふと、村に似つかわしくない近代的な建物が目に入る。どうやら既に破棄されたようだ。立て札には「記憶の反固執」とある。名前は聞いたことがある。確か、歴史的建造物の破壊を行ったヴァンデリズム集団だ。それがなぜこんな所で活動しているのか?ともかく先んじて調査している団体がいたのならばその資料から解決策がわかるかもしれない。建物の中に入り、大きくバツ印に封ぜられた書類に目を通した。


「かつて天変地異が起こるほどの災害に見舞われた時、村民は千年万年経っても変わらない村の暮しを望み、祭りを行った。結果村には“奇跡“が起った…村は広義のダンジョンと化し、村民はモンスターとなった。肉体はモンスターとして再生産され続け、そこに個性を失った魂が入る…」

どうしてこうも代表時代を思い出すのであろう。やりようのない不快さに襲われながら、ページをめくる。

「外来者が村に取り込まれる条件は一つ、村に長く居たいと思った時である。逆に村から離れたいと強く感じたのならば村の支配から逃れられる可能性がある」

…村から離れたいと思わせる方法…一つだけ思いつく事ができた。彼には悪いが、試させてもらおう。


その夜、ピアース山の山岳村は大火事に見舞われた。多くの村民が村から逃げようとしたが、村の支配力の外に出た今、何百年前の魂が現世にとどまる術はなく、昇天した。セントラリア西実践技術学校の生徒とヒズだけが、生存者となった。しかし、学生達は記憶や精神の混乱に見舞われ、しばらく入院する事となった。ヒズはトラウマにより取り乱したものの、それが逆に村の支配力を振り切る助けとなり、数日で職場に復帰した。

「あの夜の火事、技工がやったんですか?」

「さあ…」

「僕を思って?」

「いや、そっちのほうが手っ取り早いと思ったから」

「少しは気を汲み取って下さいよ…」

この件は多少の事後調査は行われたが、それだけだ。というのは観測された異常な魂の流れは実際は村民の総意による“奇跡“であり、特級害魂は確認されなかった。そしてその奇跡の拠り代である村が焼失してしまえばこれ以上こちらが立ち入る物もない為である。

「というわけで」

スパン!

「ぎゃあああああああ」

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