HERO IS NO ←[W]→ HERE

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 ヒーローなんて居やしない。

 日夏ケイは、以前からそう思っていた。

 数年前に起きた事件の日から。それまでニュースや噂でしか聞いたことがなかった怪物に襲われた時から。家族を失った瞬間から、彼女はそう思っていた。

 自分はヒーローを名乗る人物に助けられたが、自分しか助けられなかった彼は決してヒーローじゃない。

 彼に素質があると言われてヒーローを名乗る人物たちの組織に所属することになったが、家族を守れなかった自分がヒーローなんてあり得ない。

 それでも敢えて所属していたのは、そうしていれば衣食住などの恩恵に与ることができるからという打算的な理由でしかなかった。

 だから、誰かを助けることに熱意などない。ヒーローにしか太刀打ちできない怪物と闘うのも、所詮は自分のため。最低限のこと以上には、何もしなかった。

 そう考えると、やる気がなさすぎると組織から除籍されたのは当然だろう。

 いかに貴重な人材とはいえ、他のヒーローたちの士気を下げる要員ならいないほうがマシ。除籍の前になされた再三の改善要求を受け入れなかったのだから、自業自得といえる。組織に所属する恩恵に与れなくなったのは聊か痛かったが、それを理由に態度を改める気にすらならなかったからには仕方ない。

 幸い、やる気がないなりにヒーローを名乗って活動していた間の蓄えであと数年は経済的にも余裕がある。今の高校生活を送るにも、大学に通うにも充分だ。その後は普通に就職して、ヒーローとは無縁のまま生きていこう。彼女はそんな風に将来を考えていた。

 ほんの数分前まで。放課後、町で怪物に襲われるまで。友人と共に遊んでいるところを襲われて、逃げ遅れるまでは本当にそのつもりだった。

 が、彼女の夢はここで揺らぐ。

 ヒーロー組織から除籍されたとはいえ、力を失ったわけではない。多少は腕が鈍ったにしても、襲ってきた怪物を倒す程度のことはきっとできる。

 しかし、力を振るえばもうヒーローと無縁ではいられなくなるだろう。除籍の際に力を振るわないと誓わされているし、破れば相応の処罰があり得る。緊急避難を認められても、監視は避けられない。場合によっては、力を振るうなら組織に戻れと言われる可能性も考えられる。

 それを避けたければ、大人しくヒーローの到着を待つしかない。数秒後か。数分後か。あるいはもっと後か。怪物に怯える友人と一緒に逃げ惑い、ヒーローを待つ以外にできることは何もない。

 でなければ、自らが怪物を討つ。選択肢は、ふたつにひとつ――

 ――いや。実質は後者ひとつだけだ。

 怪物はもう、彼女たちを捕捉している。一方、彼女と一緒の友人は腰が抜けて逃げられそうにない。未だヒーローが到着する気配はなく、彼女が友人を守るためには力を振るう他に選択肢はなかった。

 即ち、ヒーローの力を振るうしか。一度は縁を切ったモノの力を振るうしか。なりたいとも、なれるとも、この世にいるとも思えなかった存在のように振る舞う他、友人を守る術はない。

 わかっていながら逡巡する彼女に、友人が言う。

 逃げて。自分のことは気にしないで。あなたは動けるんだから走って。すぐにヒーローが来てくれるはずだから。それまで逃げきって。

 と、友人は怯えきっていながらも彼女のために言う。

 瞬間、彼女の決心がついた。

 力を振るう。ヒーローがどうとか、組織がどうとかいう話は関係ない。そんなものにはなりたくなかったことも、なれると思っていなかったことも関係ない。友人を守る。怯えながらも自分に逃げろと言ってくれる友人のため、それほど自分のことを大事に思ってくれる大切な人のため、捨てるつもりだった力を今ここで振るう。

 友人がヒーローを待っているなら、今更でもそれを名乗ってやる。

 決心した彼女が、友人を庇うようにその前に立つ。友人は馬鹿なことをせずに逃げろと叫ぶが、そんな言葉は聞かない。

 代わりに、振り向かず友人に告げる。

 ヒーローを待つ必要はない。

 獲物を前に嗤う怪物を恐れず、背後の友人を安心させるように宣言する。

 ヒーローはここにいる。

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