HANABI

HANABI


ここはカミキプロダクションの社長室。一人の男が社長室の椅子に背を預けて座っている。

整った顔立ち。美しい黄金色の髪。星を宿したような両の眼。

きっとその場に居合わせた100人中100人が心を奪われ、魅了されるであろう。

―その、おぞましい内面を知らなければ、の話だが。


「どうでしたか?『十五年の嘘』関係者の様子は」


彼は専用の通信機でスピーカー越しの懐刀に話しかける。これを使うのは大抵4つの場合に限られる。

『害虫駆除依頼』

『雑草取り依頼』

『摘果依頼』

そして……『収穫の合図』。


「駄目だな、常に集団で動くように喚起されているみたいだ。一人になる瞬間を狙えない」


懐刀が答える。10年以上に渡り、自身の依頼を完璧にこなし続けてきた彼ですら手をこまねいている状況らしい。


「それどころか、そこかしこにガードマンが居る。先月別件でやったみたいにタンクローリー爆弾を突っ込ませて良いなら、多少の警備は無視できるんだが」


「それはやめておこう。やったが最後、こちらに捜査の手が及ぶのは明らかだからね。むしろあちらとしては、こちらに手を出させて尻尾を掴むのが目的でもあるだろうし」


当初の計画では、映画に関わった人々を事故死や病死に見せかけて葬り、同時並行でネット上に不穏な噂話を流し、スポンサーや配給会社に無言の圧力をかけて映画製作を中止に追い込む……はずだったのだが。


「警察関係者に警備会社、私費で雇ったと思われるボディガード……とんでもねぇ面々があいつらを守ってやがる。いったいどこにそんな金と人材があったんだ?それに……」


彼が解せぬ、と言った声色で続けた。


「……なぜその輪の中に暴力団が加わってる?犬猿の仲じゃなかったのかあいつら」


護衛にあたっている時間帯が違うのでかちあうことはない、とはいえ、警察と暴力団が手を組んで同じ対象を守っている。誰が見ても異常事態であることは明らかだ。


「恐らくだけど、護衛の依頼主が複数人いるんだろうね。それも日本や世界を裏から動かせるレベルの財力と権力を持つ者が、それぞれの分野で守りを固めている」


「じゃあどうすんだ?このまま映画を公開されて大人しく身を滅ぼされるのを待つか?お前らしくもない」


「映画については放置しよう。でも破滅を受け入れるわけじゃない。その代わりとなる提案があるんだ……乗ってくれるかい?」


スピーカーの向こうで彼が不敵な笑みを浮かべたのが、息遣いで分かる。


「あぁ、いいぜ……お前と俺の仲、だからな」


「じゃあ今日はこの辺でお開きにしよう。また明日、おやすみ……リョースケくん」


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通話を終えた後、彼―カミキヒカルは机の引き出しを開け、紙の束を一つ取り出した。

そこに記されていたのは、名前、名前、名前……各界の錚々たる著名人の名がずらりと並んでいた。

これらの名前に共通している項目は2つ。

一つは、現在五反田泰志監督の下で撮影が行われている映画、『十五年の嘘』の製作に深くかかわっているということ。


そしてもう一つは。


「秀知院、か」


日本が誇る名門校の一つ、秀知院学園出身のOB・OGである、ということだ。

日本政府や財界、司法や裏社会など、あらゆる世界の富豪名家の子息令嬢が通うことで有名な学校、それが秀知院学園である。

実際、映画の製作企画が持ち上がってから寸刻も経たないうちに、彼らがスポンサーや支援に次々と名乗りを上げたそうだ。


……まるで、誰かがそうなるように根回しをしていた、かのように。


「無価値な硝子玉だと、高を括っていたのは認めるよ」


カミキは引き出しの中に入っていた一枚の写真に目を向けた。

その写真に写っていたのは、まだあどけなさを残す顔貌の、どこにでもいそうなごくありふれた、茶髪の青年。


「あの日、君を助けずにその場で息の根を止めていれば、こうはならなかったかもね」


わざわざ応急処置をした上救急車まで呼んであげた、あの日を思い出す。

ヒカルの口元にはもはや先ほどまでの笑みは浮かんでいなかった。


「これは君が招いた悪手だ。僕を本気にさせた……その代償は、払ってもらうよ」


―5万人を超える罪なき人々の命と、それを遥かに上回る大衆に刻み込まれた一生消えない心の傷で。




カミキヒカルがB小町ラストライブ当日、東京ドームで盛大な「花火」を打ち上げるまで、あと―Xカ月。

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