Gastronomy sacrifice

Gastronomy sacrifice


「もう一度言いますわ。今すぐ、これを解きなさい」


 ゲヘナの外れ、スラム街の廃屋内

 常ならざる鬼気迫った様相で、触手で構成された壁から顔だけ出した黒舘ハルナは可能な限り威圧的にそう言い放った

 周囲からは彼女の同志達3名及び被害者1名の余裕の無い呻きや慟哭が聞こえ、美食研究会及び愛清フウカを捕らえたサラダ触手達が蠢く音が不気味に反響している

 つい先日起きた事象、そしてその時に味わった人生において最高峰の……同時に母親としては最悪の美味がハルナの味蕾に思い起こされ、強烈な吐き気を催しながらも制止の言葉を紡ぐ

 サラダ事変の最中で誕生した奇妙なマスク、メガストマックくん1号を被せられた口で


「との事ですが」


「良いのよ。だってハルナおばさん達も、いつもいつもお母さんの都合なんて無視して誘拐とかしてたんだから。私達も自由にやって構わないでしょ、ゲヘナの申し子らしくね」


「ですわね!」


 顔を見合わせ、柳に風とばかりにハルナの怒気を受け流したのは、ハルナの胎内より産まれ直したたまごサラダと、フウカから産まれ直したたまごサラダ……2人の娘だ

 無論、アカリ、イズミ、ジュンコから産まれ直した子供達もいる……アカリの子供だけは、妙に巨大な図体をしていたが


「お願い、止めて、考え直して……あの時は、ハルナの説得、聞いてくれたじゃな……う゛お゛え゛え゛っ!」


 落涙しながらフウカも娘達に呼びかける……途中で急速に死人じみた顔色になり、えづきながら

 あの時……数週間前、眼前の娘達が母達の為に開いた食事会

 何も知らず、無防備に料理を口にしてしまった母親達……至高の美味と評して……その後、その料理の材料が、サラダとしての本能に抗いきれなかった、娘達の身体を切除して材料にしたと聞かされて……食材扱いされた娘達の身体を、母親達が、食べてしまったと理解して……

 フウカもまた、その忌まわしき記憶がまざまざと思い返され、堪えきれずその場に嘔吐してしまったのだった


「流石にこれは、おイタが過ぎますよ……っ」


「うわぁーん! 私の赤ちゃん、赤ちゃんなんだよぉ!? すっごく美味しかったけど、また食べるなんて嫌だよぉぉ!」


「ああああああ! もう! いい加減にしてよ! なんで私達の言う事、聞いてくれないの!?」


 無論アカリ達3名も各々の感情と反応を娘達にぶつける

 さしもの美食研究会と言えども、実の娘を……生物学的に正しいかどうかは置いておくとして……平然と喰らえるほど、狂気に身を委ねてはいないのだ

 だがそこに冷や水をぶっかけたのは、ジュンコの激昂に平然と向き合う彼女の娘


「ナンデ? なんでって、母ちゃんさ……ゲヘナではこうやって良いんだって教えてくれたのは、母ちゃん達の記憶なんだよ?」


「は……?」


「ゲヘナでも校則とかあるじゃん? キヴォトス全体で見れば条例とかもあって、本当はそれを守らないといけなくて、他にも人としての良識とかモラルとかもあって……でも母ちゃん達美食研究会とか温泉開発部とか、決まり事をガン無視してるじゃん」


「だって、それは美味しい食事の為……っ」


 美食研究会にもある程度の良識やモラルはある、美食を前にすればかなぐり捨てられたりするようなものではあるが

 故にこの場においては、その程度の制限では娘達の暴走を止める要因たり得なかった


「じゃあ私ら供食研究会も、同じようにして良いって事になるよね!」


「そうだよママ! 美味しかったんだから良いんだよ!」


「母さん達美食研究会がEAT or DIEなら、私達供食研究会の方針はさしずめEAT and DIEになりますね☆」


 狂気そのものでしかない、とんでもない理屈

 いや、娘達は実際に狂気に冒されてしまっていたのだ、サラダとしての本能と、人としての本能の板挟みに遭って

 食に命を懸ける母達から受け継いだ矜持に殉ずる覚悟が、交流の中でフウカの子にまで伝染してしまったのは、悲しい事故であると言えなくもなかったが


「もう時間が無いわ。あの子に見つかっちゃってたから、きっと先生とか風紀委員とかに連絡されちゃってる筈」


「ジュリおばさまと先生の子ですわね。あの子もわたくし達の希望を理解して下されば良かったのですが……彼女には彼女の生き方があります。わたくし達だけでも、供食道に邁進致しましょう」


「おやめなさいっ!!!」


 優雅さをかなぐり捨て、ヒナにすら向けないであろう怯えた顔で怒鳴るハルナ

 そんな母の端麗な顔を、娘は穏やかに微笑みながら撫でる

 たちまちメガストマックくん1号が反応し、娘の指先が分解され、ハルナの口内に吸い込まれた

 娘からの愛情が成分を構成しているかの如き芳醇な香りと滋味深い味わいが口内を満たし、ハルナの内側で嘔気が暴れ狂った


「それでは皆さん、手を合わせて下さい」


 供食研究会会長であるフウカの子が号令を下し、たまごサラダ達は母の前で静かに目を閉じ、手を合わせた

 まさに生贄が処刑装置に飛び込み、神の御許へ召される時のように

 それぞれの言葉で娘達に思い留まるように叫ぶ母達の願いも虚しく


「召し上がれ」


 フウカの娘の一言と共に、たまごサラダ達は母に向けて突撃し、全身が解け、メガストマックくん1号を通じて母の腹の中へ母胎回帰を








「うふ、うふふふふ……おいし……おいしくな……おい……うふふふ、ふふふふふふ……」


「わたしの、あかちゃん……たべちゃった……また……」


「すばらしい、びみ、でしたわ……しこう、の……わたくし、の……」


 数分後、押っ取り刀で廃屋に駆けつけたヒナや雛、先生達が見たのは、ぶつぶつと譫言を漏らしながら、静かに涙を流す美食研究会とフウカの姿であった

 その後、美食研究会が解散しただとか、いや更に狂気じみた思想に取り憑かれて奇食方面に奔るようになったんだとか、退部した元給食部部長が美食研究会と共に食に関する恐ろしく異常な活動をしているとかの噂が少しの間ゲヘナで囁かれたが、サラダ触手の出現により激動するキヴォトスでは些細であり、すぐに忘れ去られていった

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