Gadji beri bimba.

Gadji beri bimba.

#守月スズミ #鬼方カヨコ #音瀬コタマ #結晶化

 日が沈む。空が黒く染まる。街灯が灯る。月が昇る。空に雲が懸る。ネオンが煌めく。夜が来た。私の……日陰者の時間が始まる。

 アラームを止めて、ベッドから降りる。身体を禊いでから全身鏡の前に自然体で立つ。セーフティーを構える。体勢を戻す。何度か繰り返し体幹がぶれていないか、または姿勢が歪んでいないかを確かめる。……悪くない。

 セーフティーを置き、今度はマシンガンを手に取る。同じように射撃体制を確認する。それが終わったらサブマシンガン。それも終わったらショットガン。次にハンドガン。最後に、スナイパーライフル。手慣れた武器が一番ではあるが、いざという時に使えた方が良いのは、まあ言うまでもないでしょう。

 自主訓練を済ませ、手袋を外して透き通った指先を見つめる。ここには感覚はないものの、感覚があるように振る舞うことはできるはず。身体の感覚は案外簡単に拡張できる。銃の先端に何かが触れたのを、自分の身体に起きたように知覚できるのだから、それと大差はないはずだ。

 息を整え、結晶が伸びる感覚を思い出す。敵意を向けられた時に、勝手に結晶が伸びるあの感覚。想起して、再現して、まるで指が開くかのように結晶の崩壊と成長を同時に起こす。酷く緩慢に、そして不格好に手のひらが開いていく。

 その様子を穴が開くほどに見つめ、視覚から感覚を補いあたかも思い通りに手が動いているかと錯覚させる。

(思い通りに動かすにはあとどのくらいかかるやら……)

 それでもだいぶマシになった方だ。まだ完全に結晶化していない頃から右手が動かなくなっていたのを考えれば、むしろ大躍進と言っていいでしょう。

 ……さて、室内で出来ることは一通り終えました。手袋を着ける。ヘッドフォンを当てる。音楽を流す。さあ、パトロールを始めましょう。

 扉を開き、外套を纏い、暗がりを征く。大通りを、路地裏を、通学路を。

 砂糖の匂いを追いかけて取り上げる。売人から、依存者から、まだ無垢な者から。

 当然反撃だって受ける。腕の立つ用心棒を雇う者もいる。まれにヴァルキューレや正義実現委員会から脅威だと思われ撃たれることもある。だから無理はしない、確実に帰還できる程度に探りを入れ、誰も傷付けないように制圧する。

 追って駆けて縛って奪って、時々逃げて。頭が割れそうになったら砂糖を呷って。身体の芯が痛んだら砂糖を貪って。口元を拭いてからまたパトロールに戻る。


━━━━


「ふう、思ったより遠出してしまいましたね……。今日はこんなところでしょうか」

 じわりと汗の滲んできた額を拭う。

 残弾は多くない。グレネードも閃光弾も消耗している。帰り道で万一集団に襲われた時、離脱する程度の余力は残しておかなくては。

 深呼吸をして外套のフードを深く被り直し、気晴らしに夜の街を散策する。チカチカと液晶の瞬く電気街、そうだ何か掘り出し物はないかとレコードやCDを漁りにコーギータウンの一角に足を運ぶ。

 店に入り、まず向かったのはジャンクコーナー。出迎えてくれたのはダンボールに並べられ、正方形の厚紙に包まれたレコードたち。一枚一枚捲ってやればパタパタと音を立て表紙をこちらへ向けてくる。

 パンクロック、ジャズロック、ホワイトノイズ、環境音、機械音声、ポエトリーリーディング、ステルスメジャー、チップチューン、etc.

 大抵のジャンルが揃っている雑多なレコード屋。その中でもさらに雑多なジャンクコーナー。彼らは皆多種多様な面持ちをこちらに見せつけては、どうだい?聴いてみないか?と誘ってくる。

 一つ、また一つと物色する。ふと、目に留まったアルバムを取り出して中身を覗く。黒く硬いアセテート盤の上に、赤く丸いビニールが一緒についてくる。

「これは、フォノシート付きの……!」

 フォノシート。ビニールを材料にしたレコードで、音質は良くないが安価で大量生産に向く。その昔、よく雑誌の付録に綴じられ、限定音源を記録したものは高価な値段で取引されることも多々あった。

 なかなかのレア物を見つけた。これだからジャンク品漁りはやめられない。ここ数日でもとびきりの高揚感を感じる。だから、だろうか。

「動かないで」

「両手を上げてください」

 全く同時、背中と横顔に銃を突きつけられたのに気づけなかった。咄嗟に顔に向けられたハンドガンを逸らそうと手を添えた状態で止まる。こちらの銃を押さえられてしまった。

 視線だけ動かして顔に銃を向けている方の顔を確認する。長く豊かな金髪に黒縁の眼鏡、制服は……ミレニアムのものだ。……はて、どなただろうか?だが、後ろから銃を突きつける方の名前は、顔を見なくても心当たりがあった。気配の消し方、銃の形状、武装の解除……。

「カヨコさん。お久しぶりです」

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